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第4話 盤上の目

(秩序を変える。それしか生き延びる手段はない)


 ヴィポが強いのは、その腕力でも体格でもない。人間の見た目でありながらまるで金属を相手にしているかのような異常なまでの頑丈さだ。ヴィポのその特質は、人間とゴーレムのハーフという特殊な出で立ちが関係していた。


 基本、ヴィポにはどんな攻撃も効かない。やいばは通らず、魔法も無傷、ドラゴンのブレスだろうと表面が焦げるだけで済む。


(だけど、さすがに目は別だろう)


 んぎゃあああああああ、と醜い叫び声が上がった。地面に足をついたアレンのナイフはぬらぬらと真っ赤な血が光に反射して光っていた。


 観客のどよめきが聞こえる。次の瞬間にはわっと歓声に変わった。


 呆気にとられているのか、他のユニットは一人を除いて動けないでいた。皆、実力で言えばアレンよりも何倍も上だが、それゆえに予想外の人間が予想外の行動を取ったことで反応処理が遅れているのかもしれない。


「貴様、貴様ぁ!!!!!!」


 ヴィポが動き出す。まだ痛むのだろう抉り取られた目を片手で抑えながら、石床を震わせて前進してくる。


「マズイぞ! ヴィポの奴……!」「あの小僧、なんてことしてくれたんだ!!」


 同時に動き出したユニット達は、危険を察知したのかすぐさま互いに距離を取った。見えていないが、アレンは各ユニットの移動範囲がどんどん離れている映像を想像した。


「貴様! このクソガキが!! 情けで生きてるようなお前が、この俺に何をした!!」


(クソガキ……ではない。前世の年齢を足せば一応、37+18歳だからな。精神年齢は)


 アレンは何も言わない。ヴィポの足元をただただ見ていた。


「お前ッ! アレン! 今さら怖気付いても遅いぞ! お前は俺に攻撃したんだ!! 万死に値する!! 死ね!!!!」


(死ね、とは最上級の人格否定だな。あまりにも直接的すぎて下品に聞こえるが)


 ヴィポの拳が風圧とともに迫る。今、目の前で起こったように人の頭を簡単に破裂させることのできる拳だ。まともに食らえば一撃で人生が終了する。まともに食らえば、だが。


 青いユニットがアレンの視界に入った。恐れもおののきもせずに顔を上げると、青色をまとった老コボルトが眼前に現れ、ヴィポの拳をメイスで止めていた。


「なっ……」「えっ……?」


 またも会場に動揺が走る。アレンはその状況を目で見て肌で感じ、口の端をほんの少しだけ上げた。


「アレンは殺させないぞ、ヴィポ」


 老犬コボルト──グリング・ブラウンフロアは拳を弾くと、魔法を詠唱した。


大地の鎧ストーン・ウォール


 グリングの前に反り立つ石の壁が出現した。


 観客席からは歓声と拍手が送られた。弱者が力を合わせて絶対王者のヴィポに対抗するあり得ない展開に、会場全体の興奮が増していることが空気感で伝わってくる。


 【盤上の目】。アレンは自身のこの能力スキルをそう名付けた。前世の記憶を思い出したときに突然身についた能力だ。


 発動すれば自分を含む四方の空間が3次元的な盤面へと切り替わる。前世の記憶で言うところのテーブルゲームやボードゲーム、あるいは最も近いのはやはり、SRPG──シミュレーションロールプレイングゲームだ。


 一般的なRPGとは違い、マス目上に区分けされたフィールドの上をユニットが入り乱れ動き回り、戦う。ゲームのプレイヤーは戦術を駆使してあるいはユニットを成長させて盤面を支配し、敵に勝利する。アレンの見ている世界はそれと酷似していた。


 言わば無秩序の現実に無理矢理秩序を与える力。どこから攻撃されるか、誰から攻撃されるか本来ならば予想不可能な世界を、今のアレンは予想可能な世界に変えることができる。


 子どもの時分からSRPGを遊んできたこと。そして、戦場カメラマンという職業を選んだこと。何の因果か、はたまた偶然か、身につけた【盤上の目】は、アレンにとってどんな武器よりも重要な武器となって、これまで生き続けさせてくれていた。


 「悪運のアレン」──そう呼ばれているのは力も技術も何もないアレンが10年以上も、闘技場のなかで生き抜いてこれたことが一種の奇跡として認識されていたから。だが、実際にはひっそりとこの能力を発動させることで生きてきたのだ。


「逃げろ! アレン!」


(言われなくてもわかってるよ、グリング)


 闘技場にいるユニットの中で唯一グリングだけは青色を纏っていた。赤色が敵ユニットならば、青色のユニットはアレンにとって味方を示している。──これも、ゲームのそれと同じ。


 グリングはこれまでもずっとアレンとともに戦ってきた。というよりも、グリングが幼いアレンを庇護してきたと言った方が正しい。10歳にも満たない年齢で闘技場へ売り飛ばされたアレンを守り、戦いの手ほどきを教えてきたのはグリングだった。


 大きな音とともに魔法で創られた石壁にヴィポの拳の跡がくっきりと浮かび上がった。通常の手段では石壁など簡単に壊せるものではないが、ヴィポの腕力と硬さなら話は変わってくる。突破までは短時間しか稼げない。


 ユニットの移動範囲が示される。ヴィポと他のユニットのオレンジの攻撃範囲は十分に重なっていた。アレンは移動範囲外の一歩外に避難すると、グリングの方を振り返った。何度目かの重い打撃によって石壁にヒビが入っている。


(頭に血が上っているな。わざわざ石壁なんて壊す必要はない。回り込んで攻撃した方が楽だしよっぽど速い)


 真正面からヴィポに挑んでも勝ち目はない。冷静な状態なら。手傷を負っていなければ。もしかしたら万が一にも、怒り狂った状態ならば倒すことができるかもしれない。


(──と、他の奴隷たちがそう思ってもおかしくない)


 石壁を灰色の拳が抜いた。次の瞬間には雄叫びが上がり、身体ごと突き抜けてくる。その脳天めがけてグリングは思い切り鉄製の鈍器――メイスを振り下ろした。


 グリングのメイスは、全部が木で構成された棍棒と違い金属製の頭部と柄からなる殴打用武器。本来なら、それなりのダメージを期待できる武器だったが。


「なんだ、ちくしょう!!!」


 それでもダメージはないに等しい。普通なら昏倒してもおかしくない一撃を食らったのにヴィポは素手でメイスを掴むと、そのままグリングの身体ごと振り回した。赤子がガラガラで遊んでいるかのように、簡単にグリングの体が地面へ放り投げられる。


「グリング……おいぼれ犬め。まあ、いい。そこで大人しく倒れてるなら今回は見逃してやる。問題はぁ……アレン! てめぇだ!!」


 ヴィポはアレンを指差し、片方残った黄色の瞳をカッと開いて睨みつけた。


「許さねぇ、許さねぇ、この俺の目をよくも……よくもっ!!」


 またも雄叫びを上げて突進してくるヴィポの体を、突如分厚い炎が覆った。


(作戦、成功だ)

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