観察では分からない憶測を立ててみるが無駄だと思い考えるのをやめて、信介に問いかけた。
「その池の名前わかるかい、酔ってた時に行っていた、池。」
「ここから離れた神社かお寺だったか忘れましたが、そこにある池です。いつでも水がすごく綺麗な池って感じです。」
そんな池あったかなぁ、決まった道しか歩かないし知らないだけか。
ていうか、情報、解像度低すぎて、何も参考にならんな。
「その池ってよく足運んでるの?」
「はい、悩んだ時に心を落ち着かせるために行きます。ほんとは部屋でゆっくり引きこもって寝てたいんですけど、あそこの池の波紋を見てると落ち着くんです。癒しの効果でもあるんですかね。」
マイナスイオンっていうの有るけど、あれは何か違うよなぁ、まず目に見えないから、信用できんしな。
水の波紋で落ち着くかぁ、なんか焚火は脳を休ませるのに良いとか聞いたけど、波紋もそんな感じなのかな。てか波紋出るって事は風が吹いてるのか、生き物やらが居て水面が動いてるって事だよな、ずっと波紋出てるのか?
「まぁ、いいや。本題に入るね、信介は命狙われてるぽいから守るわ。」
軽く言い放つ。説明するの面倒だし、適当に言っちゃった。
「あの?からかってます?自分が変な奴だからって、からかって遊んでますよね?ちょっとツラいですよ。それは。弥辻󠄀さんがそんな人だとは思いませんでした。ネガティブになります。」
ネガティブにしてしまった。ポジティブに助けてあげようと思っているのに。
「僕は、からかったりしませんよ、そうですね。今日の天気は晴れです。そして、嫌な気配がします。次に起こる事を当てます。大家さんが14秒後に来ます。僕の事、信じてみようね。」
すると、少し間を置いて信介の玄関からノックがした。
扉を開けると、ストレートの髪に赤のラインが入った髪型で、ダボッとしたミリタリーなズボン履いて、上の服は、タンクトップに革ジャンを羽織っている。可愛らしい?顔をした女の子が居た。
そう、この女の子が大家の、根室タシギさんだ。
こんな女の子が家賃収入って羨ましいなぁ。幼い顔をしてるけど19歳って言ってた気がする。でも、ファッションはミリタリーで、戦場系の映画に出てきてもおかしくない様な恰好をいつもしている。たまに迷彩服だったりするけど迷彩にもバリエーションが有り、緑、青、茶と着こなしている。似合ってるか似合ってないかと言われると分からないが、それなりにカッコいい。顔は可愛いのにカッコいいという、矛盾が一つの人間で成り立ってるイメージだ。
「おはようございます。男2人で何しているのですか?弥辻󠄀君と信介君。」
弥辻󠄀は、めんどくさくなって嘘をつく事にした。
「一緒に昨夜から、お酒を飲んでました。男同士、盛り上がりましたよ、今度、大家さんも飲みますか?で大家さん何かようですか?」
弥辻は酒を飲まない。水分は、ほぼ水しか飲まない。まず、酒を美味しいと思った事が無い。喉が熱くなるのが不愉快でしかたなかったからだ。
信介は大家が来る事を言い当てた弥辻󠄀が気になっていた。信介からしたら隣人の弥辻󠄀は、天気やら何でも予知できる様な変な奴なのである。
守る?とか言ってたのは信じてみてもいいかもと思う。
「お酒は20歳になってからですよ、弥辻󠄀君、それより信介君。」
大家が信介を睨み、言った。
「家賃。」
一言だった。
信介は慌てて部屋の奥に行き封筒を持って小走りで戻ってきた。
「すいません。お渡ししようと思っていたのですが、二度、タシギさんの部屋に訪ねたのですが、お留守だったようで、お手数かけて申し訳ないです。」
そう言って封筒を渡す。
タシギさんは封筒の中を確認すると、納得した様な顔をした。
「こちらこそ、留守にして御免なさいね。今時、手渡しなのも悪いけど、貴方達2人しかアパートに住んでないから振込確認とか、時間かかるし。それより私は住人とは近く仲良くありたい。と思っているから。少しくらい家賃が遅れてもいいわ。それじゃ」
と言いたい事を言ってタシギさんは、扉を閉めて行ってしまった。
何かとスマートな言動、行動をするタシギさんは、どこか大人びて見える。
すると、バイクの音が聞こえてくる。
何だっけ?タシギさんのバイクなんだけど名前あったな、ブレル?レブ、なんか250とかも言ってたようなぁ、デカいバイクってのは覚えている。小柄なタシギさんには似つかわしくないな。ミリタリーとバイク好きって、男っぽい趣味しているなぁ。まぁ、他人の趣味なんでソッとしておこう。
「家賃払えて良かったね、んで、信介守ってええか?」
「任せます、弥辻󠄀さんは正直、信頼はできないが、信用はできますので。何から守るのですか?」
「めんどくせぇ者かな、まぁ何かあるだろうから。2人で、その池とやらに出かけようか。」
信介の部屋の玄関を開け外に出ると、太陽が目に痛いほど眩しく刺さる。
「んじゃ、とりあえず行こうか、信介が綺麗だと言っていた水の場所に。」
「行ってもいいですが、ここからだと、歩いて2時間はかかりますよ。暑いですし、何か飲み物でも無いと倒れます。」
「んじゃ、水筒持ってくるね。ちと待ってて、信介も何か用意しなよ。」
そう言って弥辻󠄀は隣の部屋に行ってしまう。
信介は部屋に戻ると。冷蔵庫に入っていた500ミリリットルのスポーツドリンクを手に取り、外に出た。
弥辻󠄀も同じタイミングで出てくると、水筒を首に掛けて、こちらを見た。銀色に輝く水筒が太陽に反射して、ギラギラと光っている。
「準備いいね、んじゃ歩きますか。バイクも車も無い貧乏な僕たちで。」
「はい、貧乏ですよ。筋肉にしか、お金使いたく無いんです。」
そうして二人は歩き出した。