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第6話 機会をみて皇子殿下を誘惑してきなさい。腐っても皇子だ!(レノア視点)

「レノア! ライオット・レオハード第一皇子殿下がリース子爵領でおきてる反乱の制圧に向かわれるらしい。お前も救援支援として参加しなさい」


コットン男爵、血が繋がっていることさえ恥ずかしくなるような私の父は、

娘がどうなろうとどうでも良いらしい。


リース子爵領はうちの領地と同じくらい田舎で貧しい。

鉱山などの資源もなく土壌も悪く食物を育てるにも向いていない。


そこで私の父と同じくらい欲が深いリース子爵が自分が贅沢がしたいがためにしたことは、

土壌に対し何ら対策を施すわけでもなく、領地の税率を上げたことだった。


そこに暮らす民も貧しく他の領地に引っ越すような余力もない。

どうしようもなく追い詰められ、反乱を起こしては制圧されるそんなことの繰り返しだ。


下位貴族の領地の反乱などに駆り出される不遇の皇子、それがライオット・レオハード皇子殿下だった。


「機会をみて皇子殿下を誘惑してきなさい。腐っても皇子だ」

本当に下衆な父親で吐き気がする。


私の母は男爵邸で働くメイドだったが、私を産んだ後、数少ない男爵邸の宝飾品を持って逃げてしまった。

逃げ出した母が惜しいのではななく失った宝飾品が惜しくてたまらないコットン男爵は、私を換金したくて堪らないらしい。


貧乏男爵令嬢で平民の血が混じった私は周囲から卑しい血筋などと心無い言葉を浴びさせられてきた。

しかし、そんな私から見てもライオット・レオハード皇子殿下の境遇は失礼ながら可哀想に思えた。


弟君が生まれて以来、皇太子の座も、母親も、婚約者になる人も全てを奪われ、

死を望まれ、戦地に送られる皇子。


「了解しました」

子爵領の反乱は、生きるか死ぬかの激しいものだと聞いた。

父は私が戻って来なければ食い扶持が減ったと喜び、皇子の誘惑に成功したら大喜びするだろう。


しかし、反抗したところでムチで打たれるだけだ。

ならば、父から離れられる機会と思い皇子軍に参加しようと思った。


「レノア、こっちをお願い」

救援に参加しているのは平民の娘ばかりで苗字がなく、

戦地では男爵令嬢ではなく、レノアと呼ばれた。


もともと自分を貴族令嬢とは思ったことはないが。

皇子の誘惑などする暇もないくらい怪我人が運ばれてきた。


「税率をさげてください!」

子爵領の私と同じくらいの年の女の子が狂ったように鍬を振り回し、皇子軍の騎士に制圧されていたりした。


「生きていけません! 人殺しー!」

悲鳴のように暴動する人たちをみて、私は自分の心の叫びを代弁してくれているような気がした。

救援活動に必死になり、最初はぐちゃぐちゃだった包帯の巻き方も慣れてきた。


「一度、仮眠をとったらどうだ?」

振り返ると真っ赤な髪に黄金の瞳をしたライオット皇子がいた。

初めて近くでみたけど、思ってたよりずっと親しみやすそう。


「大丈夫です。こちらの列の方たちの手当てが済んだら休みます」

区切りの良いところまでは、手当てを終えておきたかった。


「そんなことやっていたらお前が倒れるんじゃないのか?」

心配をされたことなどないので、少し驚いた。


「体は丈夫なので平気です。それにこれが私の仕事ですから」

救援が目的で来ている仕事はしっかりしなければと思った。


「お前名前は?」

皇子殿下が私に興味を示して来た。


「レノア・コットンと申します。ライオット・レオハード皇子殿下にお目にかかります」

私に苗字があったことに驚かれたようだ。


「貴族令嬢なのにこんなところで救援支援をしているなんて珍しいな?」

皇子なのに田舎の領地の反乱の制圧にきている方が珍しいですよ。

言えるはずのないことを、心の中で呟いた。


「本当に、関心するよ。危険を顧みず人々を助けようとするなんて⋯⋯」

私に好意的な視線を向ける彼を見て、皇子の関心を得るチャンスかもしれないと思った。


「皇子殿下を誘惑するように父から言われて参加しただけですよ。本当はこんな所来たくなかった」

しかし、私はいつのまにか本音を口にしていた。


父の思い通りになりたくない反抗心だろうか。

「正直なんだな。じゃあ俺の凱旋祝いのパートナーを頼もうかな。そうすれば、あとで父親に怒られないだろ」


そんなことがあって、私はライオット・レオハード皇子の凱旋をお祝いする宴会にパートナーとして付き添うこととなった。

ドレスを着て皇子様にエスコートされる、夢心地な時間だった。


♢♢♢


「ライオット・レオハード皇子殿下から伝言です。負傷兵の50人程の受け入れと、馬車を2台お願いします」

皇子軍の騎士が急いで伝令してきた。


「分かりました」

突然のことに驚いたけど、負傷兵には悪いが私の心臓は別の高鳴りを感じていた。

あの凱旋の宴会以来だわ、ライオット皇子とお会いするのは。

父がいない時でよかった、父の監視のない場所ならライオット皇子が好感を持ってくれた自然な私でお迎えできる。


彼がエレナ・アーデン侯爵令嬢を連れて来た時は、驚きとともに少し落ち込んでしまった。

彼女はライオット皇子を捨てアラン皇太子と婚約した人だ。


そんな事実は私のような田舎の令嬢でも知るところで、皇子軍ではアラン皇太子やエレナ嬢のことは口にしないという決まりもあった。

それくらい気まずい関係なのかと思っていたのに⋯⋯


エレナ嬢はこういった現場は初めてとは思えない程、手際が良く指示出しも的確だった。

彼女のような高位貴族は着替えや入浴さえも自分でしないはずなのに、包帯の巻き方一つとっても迅速かつ丁寧だった。


「剣や矢など、奇襲してきた相手を特定できる可能性があるので全てとっておいてください。まあ、エスパル王国でしょうが、証拠が必要です」


剣や矢などどれも同じだと思うが、エレナ嬢の言われる通りにした。

彼女は血しぶきを浴びて痛々しいドレス姿なのに、恐れなど何もないというような強い眼差しは有無を言わせないものがある。


「やはり、剣の柄に同じ紋章がありますね」

エレナ嬢は剣の柄を指し示しながら言った。


「エスパル王国のヴィラン公爵家の家紋だな」

ライオット皇子が覗き込んで言った。


「他国の公爵家の家紋まで把握しているとはさすが皇子殿下ですね。矢の方も素材や形状を分析し出荷元を特定しましょう」

この悲惨な状況に動転するでもなく、彼女は犯人を特定しようとしているようだ。


「証拠を集めてヴィラン公爵に叩きつけるのか?」

ライオット皇子が尋ねると、エレナ嬢は淡々と返した。


「まさか、そんなことはしてあげません。周辺国に協力を仰ぐ時にエスパル王国の暴挙の証拠として使うのです」

エレナ嬢の赤い瞳がキラリと光った。


「なるほど、他国と協力をしてエスパル王国を叩くというわけか」

ライオット皇子は彼女の意図を汲み取ったようだ。


「武力行使は最終手段です。まずは、他国と協力しエスパル王国に経済制裁を加えます。王国民の生活が厳しくなったところで、難民としてエスパル王国民を受け入れます」


エレナ嬢が彼らを受け入れるつもりでいることに驚いてしまった。


「エスパル王国の国民の愛国心と選民思想はやばいぞ。危険じゃないのか。」

皇子の意見は正しい、エスパル王国の民は危険だと言うのが帝国民の共通認識だ。


「難民として受け入れたら移民の学校をつくり、そこで再教育します。他の国からも移民と一緒に受け入れ授業を無償で提供し仕事先も案内すれば良いでしょう」


再教育して、帝国民として受け入れようと思っているのだろうか。

これが、未来の皇后になる人の器なのか。


「そこまでしてやる必要あるのか? 散々帝国を脅かしてきた国だぞ」

皇子はそう言うけれど、全ての民にまで帝国を害そうとした責任があるかと言われればそうではない気がした。


「仕事の訓練といって安い労働力で使ってやれば良いではありませんか。こちらにとって得なことしかするつもりはありませんよ」


突然、人を利用するようなことを平気で言う彼女に驚いてしまった。


私は二人の会話を聞いていてあっけにとられていた。

負傷した騎士たちに接する彼女を見て奉仕と慈愛の心に満ちた方だと思っていたけど、割と黒いことを悪い顔してサラッと言う。


しかし、そんな瞬間の彼女は女の私も見入ってしまうほど美しかった。


彼女のような生まれであれば私もお姫様になれたのではと思ったけれど、

恐ろしいほどの頭の回転としたたかさに皇后になる人というのはこれ程なのかと驚かされた。


「コットン令嬢。負傷した私の騎士たちをお任せしてもよろしいでしょうか。私は今からエスパル王国の戴冠式に向かいますので」


彼女は血だらけのドレスを着て先程奇襲にあったばかりなのに式典に予定通り向かうと言っている、普通じゃない。


「今から行くのか? その血だらけのドレスで?」


皇子殿下、ごもっともです、私はおもわず大きく頷いた。

「確かに、このドレスは刺激が強すぎるかもしれませんね。コットン令嬢ドレスを一着頂けますか? 汚損してしまう可能性があるので返せる保証がありません。


もう捨てても良いようなドレスで良いのですが。後日、騎士達の面倒を見ていただいたこととドレスのお礼をさせて頂きたく存じます」

刺激が強いとか、そういうレベルではないと思うが彼女が淡々としていた。


「は、はい」

私より身長も20センチくらい高い。体型も大人っぽいエレナ嬢が私のドレスを着たいといっている、サイズは合わないし安っぽくて結局着られない気がする。


ふと、赤く血だらけのドレスを着たエレナ嬢と彼の赤い髪と揃いの皇子軍の赤い騎士服のライオット皇子を見る。


戦地に駆り出された皇子軍が自虐で返り血が全く目立たないような色の騎士服でよかったと言ってったっけ。

昔、ペアになった赤いドレスを着た2人が本当にお似合いだったと騒がれていたのを聞いた。


きっと、こんな感じだったのだろう。2人は今でもお似合いに見える。


「このドレスにします。何から何までありがとうございます。コットン令嬢」


エスパル王国での戴冠式まで時間もなく、私のドレスを着たエレナ・アーデン侯爵令嬢。

ピンクのドレスは彼女には丈も短く、生地も安いもので、彼女が普段着ているドレスのように細かな刺繍や宝石もついていない。


フリルの多さで安っぽさを誤魔化せていると思っていたが、滲み出る高貴さをもった侯爵令嬢が着ると仮装でもしているように見えた。


「やられたらやり返す当然のことですよ」


昔、遠目に見た優雅なエレナ嬢がこんな強気で勝気な人だとは思わなかった。


「侯爵令嬢は昔から変わりませんね」


そんな2人の会話をぼんやりと聞きながら、はじまる前に終わってしまった自分の恋を自覚した。


ライオット皇子とエレナ嬢が惹かれあったとしても2人が結ばれることはないだろう。

彼女はアラン皇太子の婚約者で、高位貴族ましてや皇族の婚姻は2人の感情だけでどうなるものでもない。


それでも、私はライオット皇子が望むならその恋を応援したいと思った。

何もかも奪われてきたのだ。


想い人と添い遂げることくらい叶ってもよいじゃないか。

2人が一緒になる可能性がないことなど当人たちが一番分かっているだろう。


たくさんの大切な人との別れを知っているライオット皇子なら彼女のことを諦められるはず。

もし、上手に彼女が忘れられなかったら私の方法を教えてあげたい。


「そんな人初めからいなかったと思えば良いのですよ」と。










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