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第5話 エレナ、お前も乗れ。

馬車に揺られてもう2日目だ。

隣国のエスパル王国での国王陛下崩御にともない、新国王の戴冠式が行われるとのことだった。

アランと共に参加することになるが、彼は帝国内の視察中でいわゆる現地集合という形になった。


「きゃー!!」


ものすごい勢いで馬車が揺れて馬車の窓に頭をぶつけた。

「奇襲です。私がお呼びするまで馬車の中で身を潜めてください」


少し焦ったようにエアマッスル副団長が窓を覗き込んで私に言った。

外を覗くと武装した騎士たちが馬車を包囲している。


「誰なの?」

窓に飛び散ってくる血の間から、


敵の剣の柄の部分に紋章のようなものが見えた。

私はひき逃げの車のナンバーを記憶するかのようにその紋章を記憶した。


道中が長いこと、エスパル王国と帝国は実は今にも戦争になりそうな緊張状態であることから、

私について来たアーデン侯爵家の騎士は50人程いた。


しかし、ざっと見た感じ敵はその3倍はいる。

かといって、私にできることは何もない。

無力程、恐ろしいものはない。


「こんなところで死ぬのは嫌、でも⋯⋯」

死への恐怖と追い詰められたことでおかしな考えが浮かぶ。


「死ねば元の世界に戻れるかも、これから楽しい大学生活を送れるじゃない」


「侯爵令嬢申し訳ございません。我々もこれまでです。令嬢だけでも私がなんとかお守りします。馬車を出てください。私が抱えてお逃げします」


扉の外は敵も味方も血だらけだった。

怖い、ここから出ても安全だとは思えない。


私は首がもげそうなくらい首を振った。


「帝国軍だー! 赤い獅子だ! 退散しろ!」

帝国軍? 味方が来たの?


私を抱えようとするエアマッスル副団長の肩越しにみると、

燃えるような真っ赤な髪が見えた。


「ライオット!」


いつの間にか敵は退散し、ライオットが私を呆れたような目で剣をおさめながら言った。

「耳をつんざくような、貴族令嬢とは思えない金切り声の正体は侯爵令嬢でしたか。」


「皇子殿下、急に馬を走らせたと思ったら、何事ですか?」

後ろから100人程の兵たちが追い掛けてきた。


私は慌てて手の震えを止めて、自分を落ち着けるように挨拶をした。


「エレナ・アーデンが皇子殿下にお目にかかります。お助け頂きありがとうございました。」

さあ、自分の無力に酔っている場合じゃないわこの場をなんとかしないと。


「この近くに救護を頼めるような場所はある? 救援をお願いしたいの⋯⋯」

私が尋ねると、近くにいた赤い制服を着た皇子軍の騎士が教えてくれた。


「近くにコットン男爵邸があります。」


「コットン男爵邸ね、ではそちらに救援をお願いしましょう」

図らずもレノアと接点ができてしまったようだ。

彼女が前のライオットの遠征に救援支援として参加していたことを考えると、支援を求める先としては最適に思えた。


馬車を引いている馬を確認する、このような中でも怪我をしていない。

不幸中の幸いといったところか。


「この馬車は何人まで乗れるの?」

御者に声をかけると答えを返してきた。

「4人まででお乗り頂けます」



「定員を聞いているんではないわ、どれくらい重いものまでひける?例えば米俵なら何個分?」

しまった、米俵と言っても理解できないかもしれない。

「え、えっと⋯⋯」

御者を困惑させてしまったようだ。


「ごめんなさい。それよりあなたに怪我はない?」

私は安心させるように意識して柔らかな声で御者に尋ねた。


「あの、大丈夫です、侯爵令嬢に気にかけてもらうほどでの怪我はありません。仕事できます」

と焦ったように返事がきた。


馬車を引っ張るのに必要な力は馬車の重力と転がり抵抗がわかれば良い。

悪路とまでは言えないが舗装路ともいえないこの道では大雑把だけど馬の体重の2倍まではひけるはず。


騎士たちは細身にみえるけど、筋力量を考慮して一人あたり70キロから80キロ。

馬車用の馬だから900キロくらいは1頭あるとして2頭で1800キロ。


「兵士の状態はどう? 息のない人、動けない人、なんとか動ける人にわけて」

自分で言っていて少しぞっとする。


息がない人、死亡した人がいたらと思うと怖くて仕方ない。


また手が震え出してしまって、手を隠すように私は続けた。

「動けない人を協力して馬車の方へ運びましょう」


皇子軍の方達が戸惑ったようにしている。

もしかして、私は彼らに指示を出せる立場ではなかったか。

でも、私の護衛たちは皆ボロボロで助けが必要だ。


「侯爵令嬢のいうとおりにしろ!」

ライオットが投げ捨てるように言うと、慌てたように皇子軍の騎士たちが動き出した。


「いや、それ以上は乗れませんよ」

動けなくなった騎士を5人乗せたところで御者が言ってきた。


「コットン男爵邸はここからどれくらい? だれかコットン男爵邸に救援の馬車を頼んで」

私は、近くにいた皇子軍の騎士にお願いをした。


「ちなみに、あなたの馬車にはまだまだ乗られると思うけれど馬もあなたも疲れているだろうから、無理せずあなたのできる範囲で」

素人の机上の空論ではなく御者に任せようと思い直し、私はコットン男爵邸に救援を頼んだ。


結局、動けないほどの重体である護衛騎士は16人で御者は6人を乗せてコットン男爵邸に向かい、

他、10人はコットン男爵邸の馬車に乗せた。


「皇子殿下、侯爵邸の馬は傷を負いほとんど人を乗せられる状態にございません。どうか、手負いの騎士たちを皇子軍の馬にご一緒に乗せてくれませんでしょうか?」

私はライオットに丁寧にお願いをした。


「了解した」

素直に聞いてくれた彼が指示を出すと、皇子軍の騎士たちは自分の前に侯爵邸の手負いの騎士を座らせコットン男爵邸に馬を走らせた。


「エレナ、お前も乗れ!」

私は驚いて顔を上げると、何を考えているかわからないライオットの黄金の瞳と目があった。

私は、彼の前に座ろうとした。


「後ろに乗れ」

なぜか、そう指示されたので大人しく後ろに乗った。


「今、エレナって⋯⋯」

思わず、今尋ねるべきではない言葉をライオットに尋ねると決まりが悪そうにした。

「侯爵令嬢が呼び捨てになさったのでお返ししたまでです。」

私が?いつ?と思ったけど黙っていた。


コットン男爵邸に到着する。


「皇子殿下!」

ピンク髪のレノアが駆け寄ってくる。

「殿下はお怪我は大丈夫ですか?」

慌てた様子に、レノアが心からライオットを心配する気持ちが伝わってくる。


「俺は無傷だ」

ライオットが言うとレノアはホッとしたような顔になった。

「突然お世話になり申し訳ございません。コットン令嬢。エレナ・アーデンと申します。先に到着している私の騎士たちの状況を教えて頂ければありがたいです」

状況確認をしたくて、レノアに尋ねた。


「あ、ご挨拶遅れて申し訳ございません。はじめまして、アーデン侯爵令嬢。レノア・コットンと申します。重体の騎士は1階の居間で治療中です。取り急ぎ治療に当たらせてもらってます」

レノアはしっかりした声で状況を説明してくれた。


「他の騎士達は?」

重体とは言えない動ける騎士たちがどうしているのか気になった。

「骨折など比較的軽傷の騎士は奥の客間で重体の騎士の対応が終わり次第治療する予定です。」

優先順位をつけて対応しているということだろう。


「では、救急セットや当て木など頂けますでしょうか? 軽傷の騎士の治療には私が先に当たらせて頂きます。状態が悪くなりそうな騎士がいた場合は居間に移動させます」


レノアは私の申し出に驚いたようだが、慌てて救急道具を用意するよう指示を出していた。

コットン男爵邸に移動する際、見渡した感じでは軽傷と感じる騎士はいなかった。


しかし、戦争を経験してきたレノアからすれば頭から大量の血を流していようが骨が折れていようが動ければ軽傷なのかもしれない。


軽傷と判断された騎士も一度全員確認しておく必要がある。

隠れた損傷や、脳震盪を起こしてたり後で取り返しのつかないことになるかもしれないからだ。

私は急いで奥の客間に向かった。


騎士たちの治療をしながら、私は自分が医者になりたいと思ったきっかけを思い出していた。


♢♢♢


「お兄ちゃん、お夜食つくったのどうぞ」


まだ、私が小学校5年生の頃だった。

大学受験を控えた兄に家庭科の実習で習ったサンドイッチを持っていった。


パンを切ってレタスやトマトといった野菜を挟んで、

教科書を重りにして作ったサンドイッチ。

意外にも美味しくて家でも作って兄に食べてもらおうと思ったのだ。


大学教授である母はスイスで行われる学会に出席するため出張中。

父は病院からまだ戻っていなかった。

「おーありがとう。サンドイッチで賢さがプラス10は上がったよ」


リビングに戻ってサンドイッチを頬張りながらニュースでも見ようとテレビをかけた。

「火事です、商店街が燃えています。消火活動が間に合ってません」


「ここ、お父さんの病院の近くだ!」

私は気がつくと電車に乗ってサンドイッチを包んで父の病院に向かっていた。

今思うと愚かな判断。


息を切らして病院に着くと、そこは戦場になっていた。

スレレッチャーで焼けただれた患者が次々と運ばれてくる。

父の姿を探していたら、看護師とぶつかってサンドイッチを落としてしまった。


「院長トリアージ終わりました」

私は、顔を上げた。


「院長、第一手術室お願いします」

院長とは父のことだ。

そこには必死に指示を出す父がいた。


家では部屋で研究ばかりしていて、ドラマみたいに論文ばかり書いてる現場から離れた存在なのかと思っていた。

しかし、みんなに頼られ一人でも多くの患者と向き合う父を見て私は自分もそうなりたいと強く願った。

気がつくとサンドイッチを拾い集め家に戻っていた。


あの場にいても邪魔になるだけだと分かったからだ。

今、自分にできることをしよう、医者になるんだ。

人を助けられる父のような医者に。


しかし、両親が医者になってほしいと願ったのは兄だけで、

優秀な兄は予定通り東大に合格し医学部に進み、

ますます私の進路は両親にとってどうでもよいことになった。


医者になるために東大は必須ではないが、

私は兄と院長を争うには兄と同等の大学に行く必要があると思ったのだ。


人を助けるために医者になりたいと思ったはずなのに、

永遠に兄の影の人生を歩むことへの拒否感か、

名誉欲が強いのか私は東大を目指した。


凡人の私が東大医学部を目指すのだから、それこそ何ふりかまわず勉強した。

それでも、女子トップと言われる中高一貫校には落ちてしまい、

家から程近い共学の進学校に通った。


日本のトップの中高一貫校が大体男女別学なのは、男女の交友関係が受験に障害となるからだろう。

そのようなものは、自分で排除して恋愛などは大学受かるまでは絶対しないと誓った。


兄のような天才ではない私は受験勉強も辛く、大学に入ったら遊ぶことが目標になってしまっていた。

しかし、今、傷ついた騎士たちを前にして、本当の目標は1人でも多くの患者を助ける医者になることだったことを思い出した。

もとの世界に奇跡的に戻れたら大学でしっかり勉強しようと私は思い直した。


恐縮する騎士の体を拭き消毒し、折れた足に当て木をしていると上から声がしてきた。


「エスパル王国の戴冠式に行かなきゃいけないんじゃないのか?」

少し困惑するような黄金の瞳が私を覗き込んだ。


「こんな状況で行けるわけありません。皇子殿下こそ、なんの用事であんな場所にいたのですか?」

また、私を追っかけてきたわけでもあるまい。


「エスパル王国が攻めてくるという情報があってな、急ぎ制圧してくるよう皇帝陛下からおっ達しがあったんだよ」

エスパル王国が恐ろしくなった。


客人を呼んでおいて、同時に攻めてくるなんて非常識だ。

「戴冠式のタイミングでですか?」

ライオットからすれば、エスパル王国の動きは想定の範囲内なのだろうか。

「常に帝国の侵略を狙っているエスパル王国からしたら比較的丸腰の人質候補がそちらからやってくるんだ。狙いどきだろ」


「アランは大丈夫かしら。」

要人を人質にするなら、皇太子であるアランを狙うだろう。

「侯爵令嬢は大丈夫ではありませんでしたね。」


少し意地悪な顔をしてライオットが言った。

「私は大丈夫です」


彼が助けに来てくれたおかげで、怪我もなく助かったのは事実だった。

「どうします? その血だらけドレスで会場にいってみんなを驚かせますか?私の軍隊をお貸ししましょうか?」

からかうようにライオットが言ってきたので無視してやった。


それにしても人を招待しておいて、騙し討ちのような真似。

怒りで震えがとまらない、その怒りを必死で抑える。

アランの状況も気になるし、素人の私がここで治療にあたるより立場を生かして外交してくるべきかもしれない。

「エスパル王国に向かいます。馬を貸して頂けますか?」


結局、コットン男爵邸の馬車とレノアのドレスを借り私はエスパル王国に向かった。

「ドレス、いつにも増して似合わないですね。」

ライオットが馬車に並走にしながら話しかけてくる。


彼は以前ドレスネタで、私に撃退されたことを忘れてしまったのだろうか。

それとも、また私に同じ返しを求めているドMなのだろうか。


「春らしくピンク色で素敵でしょ」

そういって私は勢いよくカーテンを閉めた。


レノアのドレスは私には丈が短かった。

彼女の髪色にあった淡いピンク色のものが多かった。

自分には似合わないとわかっていても、桜を思い出させるその色は懐かしく気に入った。


レノアは恐縮しながらも快くドレスを貸してくれた。

ヒロインに相応しい、優しい人柄。

疲れている時にふわふわなお布団みたいに包み込んでくれるような性格。


ライオットも彼女のそんなところを好きになったのだろう。

だからといって、レノアのように振舞いたいとも思えない可愛くない自分。

心にチクリとトゲが刺さった気がした。





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