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第3話 あーもう、ネタバレ禁止!

アーデン侯爵邸まで送っていくというアランの提案を断り、宴会場を出て庭園を散歩した。

とりあえず冷静になりいつもの自分を取り戻したかった。


ただ、第一皇子ライオット・レオハードとレノア・コットン男爵令嬢の姿に、

松井えれな時代に見た、とある日の光景を思い出し震えが止まらなくなってしまったのだ。


東大受験の前日、私はいつものように電車で参考書を読んでいた。

「あー、それ最終巻出たんだ。私も後で買いにいこー」


向かいの茶髪の女子高生の大きな声が電車内に響いた。

すると向かいのオシャレメガネをかけた女子高生が本から目を離さず答える。

「ライオットとレノアがハッピーエンドでよかった」


「あーもう、ネタバレ禁止! 」

茶髪女子が拗ねたようにいうが、表紙が明らかに赤髪男とピンク髪女のウェディングの絵だ。

すでに表紙でネタバレをしている。


それにしても参考書を読んでいる私がブックカバーをかけているのに、恥ずかし気もなくあんな俗本を電車で読むなんて。

「一番良かったのは、アランとエレナが破滅したとこかな」

メガネ女子はネタバレに余念がなかった。


「だからネタバレ禁止って言ったじゃん。アニメも楽しみだね」

2人のオタク女子高生が楽しそうに話していた。


私は、自分の記憶力に感謝した。

友達同士楽しそうに話す女子高生が羨ましくて聞き耳を立てたわけではない。


昔から一度聞いたことは忘れないところがあった。

しかし、何であの時あの本に興味を持って購入しなかったのか今は悔やまれる。

あの時の私はしょーもない本、読んでないで勉強しろよと思ったのだ。


視野が狭かった。こんなことになるのなら見識を広める為に読んでおくべきであった。

まあ、今となってはあとの祭。


「私は今、あのライトノベルの世界にいるんだ」

現実主義だと自負しているが、状況がそのファンタジーな事実を認めさせた。


キラキラした紫色の瞳をした実年齢よりも成熟した精神をもつ優しい少年アランのことを思い出す。

「小学生を破滅させるような世界がどこにあるの。立場があると子供扱いされないわけ? あんな良い子なのに」

私はぶつぶつと呟きながら、現実世界で破滅した歴史人物について思い出していた。

こうなったら自分の今持つ知識で立ち向かうしかないからだ。


「なんとかしないと、私の出来る範囲で。私の知らないところでアランが悪いことしてる? 」

彼の全てを知ったわけではないけれど、少なくとも私の知っている彼は破滅して自業自得扱いされるような人ではなかった。

破滅回避のため参考になるような破滅した歴史上の人物を頭の中で羅列していく、あまりの人数に精査し分類する必要があることに気がつく。


「悪女⋯⋯」

ふとライオットのゴミを見るような視線を思い出し呟く。

ライオットは主人公だ。明らかにエレナに見せた視線は敵意だった。


主人公に敵意を向けられては生き残れる気がしない。

彼にとって悪女であるならば、その時点でアウトだ。


エレナのせいでアランも破滅したということはないだろうか。

確か、悪役令嬢モノのライトノベルが売れていてアニメ化や映画化までしていると朝の番組で言っていた気がする。


正直ライオットが主役のライトノベルは、内容はおろかタイトルさえ分からない。

しかし、作者はある程度、実際の歴史や自分の経験などに影響を受けた文章を書くはずというのが私の推理だ。


悪女、王族、それでいて表紙の服装から察するに西洋の歴史ものの影響を受けているという予想からまず第一に思いついたのは、

「フランス革命、ルイ16世とマリーアントワネット⋯⋯」

一瞬目の前が真っ暗になった。


「ギロチンで処刑されてるじゃない! いくらなんでもアニメ化作品で小学生にそんなこと」

しかし、日本の深夜アニメの残虐性はよく問題になっていることや、もしかしたら映像化される時点でアランの年齢設定が変えられている可能性もあることも考え、

完全にライオットの物語がフランス革命の歴史の影響を受けてないとも言えなく恐ろしくなった。

豪華絢爛だった皇宮がベルサイユ宮殿にも見えてくる。


「でも、アランだよ。控えめに言って天使だよ」

浮かんできた事実を否定しようと私は呟く。

でも、ライオットはエレナに対してほどではないが、アランに対する視線も冷たかった。


「ライオットは19歳だったはず、小学生に対して大人気ない」

愚痴ってみても、彼がアランやエレナに対して良い感情を持ってないのは明らかだった。


隣にいた綿菓子のような柔らかい雰囲気のピンク色の髪を持つヒロインを思い出す。

レノアはアランやエレナにも悪い感情を持っているようには見えなかった。


ライオットとは皇子と下位貴族の立場でありながら、仲が良さそうに見えた。

「すでにくっついてるのか? 二人で私たちを倒す話? 」


ライオットには正直怖くて近づけないが、レノアには近づいて見ようと思った。

「主人公の心を変えるのは、いつだってヒロインのはず。私とアランがいかに善良か知ってもらった方が良い。」


「侯爵令嬢、こんなところでどうしたのですか?本当に俺の凱旋を祝ってくれる気は全くないのですか?」

思いを巡らせてると、先ほど私を怯えさせた主人公の声が聞こえた。

振り返りたくなかったが、私はゆっくりと気持ちを落ち着かせながら振り返りライオットに挨拶をした。私のこと追っかけてきたの?


「ライオット・レオハード第一皇子にエレナ・アーデンがお目にかかります。」

なんとか、落ち着いて挨拶ができた気がする。


「俺の名前くらいは記憶してくれていたようですね。」

鋭い黄金の眼光が私を睨みつけてくる。

敵視するにしても感情を出し過ぎているわ。


「アランと一緒にいなくてもよいのですか? 」

彼の言動から察するにアランとエレナはセット行動が基本ということだろう。

「皇太子殿下は忙しいので邪魔にならないようにしているのです」


まだ、この世界の私のレベルではアランの助けになるようなことはできないのも事実だ。


「侯爵令嬢はゆくゆくは皇后になられるお方なのだからご一緒された方が良いのでは? 」

一緒にいない理由を話したのに、しつこく意地悪そうに聞いてくる彼に私は黙り込んだ。


彼は皇子で私は一介の貴族令嬢にすぎないから、どんなパワハラにも耐えなければいけない。

失礼な対応をしてはいけないのは承知している。

しかしながら、トゲトゲしくしつこい口撃からどう逃げればよいのか。


「良かったですね、踊り子の息子などと結婚させられないで。お2人はお似合いです。身長差以外は」

ライオットとエレナは婚約寸前の関係だったと聞いていた、彼の母親は踊り子なのか。


「まあ、俺からすれば贅沢な暮らしがしたいがため息子を使って皇室に入る女も、血筋にこだわり子供のような年の子と婚約する女もどちらも品がないと思いますが」

前者は彼の母、後者は私のことを非難しているのだろう。


「自分の母親のことをそんな風にいうのですか? 彼女がどんな方かは存じ上げません。でも、殿下をお腹の中で10ヶ月は様々な不調に耐えながら思い育ててくれたのですよ」

彼はは急に息を飲んで絶句した。


そう、これは私が日本で母からの無関心に寂しくなった時ずっと考えていたこと。

どんなに兄にしか関心を示さなくても、きっと私がお腹にいた頃は私に関心があったはずと自分を慰めていたのだ。

つわりがあればお腹に私がいるとわかるし、お腹が重くて起き上がるのが難しければ私のことを考えていたはずだと。


私の頰を一筋涙がつたうのがわかった。

もう、会えるかどうか分からない日本の家族を思うと込み上げてくるものを抑えられなかった。


一瞬、彼が困惑した表情をする。

もう、本当にどこかに行って欲しい。


「今日のドレスも似合っていないですね」

女が泣いているのに口撃の手を緩めない。


主人公とは思えない陰湿さに、何もかもどうでもよくなってくる。

もうすでにこれ以上ないくらい嫌われてそうだし、どうとでもなれば良い。


「じゃあ、今度、皇子殿下が私に似合うドレスをプレゼントしてください」

ライオットの顔が一気に彼の真っ赤な髪と同じように赤くなった。


明らかに彼はダメージを受けている、足元もふらついているし、あと一発で撃退できそうだ。

もしかして、この世界でも男が女に服をプレゼントする意味は「その服を脱がしたい」的なものなのか。


「侯爵令嬢は退化しているのではないですか?6年程前の方が令嬢としての言動をわきまえてましたよ。」

結構、しどろもどろで返してくる。180センチくらいありガタイもよい彼だがなんだか倒せそうだ。


「皇子殿下は、私の進化にお気づきにならないのですか? 」

私は、胸の開いたドレスの胸元を示しながら挑戦的な眼差しで言ってやった。


「な、何を言ってるんだ。し、失礼する」

ライオットは真っ赤な顔をして、黄金の瞳をぐるぐるさせて去っていった。


私は彼への恐れの感情が消え、別の感情が顔を出したことに気づいた。

「これって面白い女ムーブならぬ面白い男ムーブってやつなのかしら」

いかにもウブそうな彼ごときに私は破滅させられるのだろうか。


私を敵視せず、普通に接してくれれば仲良くなれそうなのに。

らしくもなくお色気ネタを使ってドッと疲れた私はさすがに帰宅した。


「お父様、お母様、今度お茶会を催そうと思うのですが⋯⋯」

こちらの世界に迷い込んで来てから一度も揃わなかった家族が揃ったので私は提案をしてみた。


「好きになさい! 」

ミリア・アーデン侯爵夫人、この世界で私の母に当たる人だ。

ナイフとフォークを置いて一言興味なさげに放たれた言葉に少し寂しくなった。


両親に興味を持たれない自分は私も経験して来たが、優秀な兄に隠れてしまっているからだと思っていた。

しかしながら、エレナの場合は一人っ子だ。


一人娘なんて親が過干渉になるものだと思っていた。

アランの話によるとエレナは完璧令嬢と名高いらしいから優秀なはずだけど。

そもそも、両親はエレナの中身が変わっていることに全く気がつかないのだろうか。


アーデン侯爵邸は静かだった。

私が話しかけなければ、誰も私に話しかけてこない。

身分の差があるからそのようなものなのだろうか。


日本にいた時、私の両親は忙しく、兄も大学途中からアメリカに留学してしまったので、

家に一人でいることが多かった。


しかし、この邸宅には何十人もの使用人が働いているのに静かだ。

私の前だからだろうか、使用人部屋にいけば仕事の愚痴や恋バナとか話してたりするのだろうか。


私は使用人たちからレノアの情報を集めることにした。

「レノア・コットン男爵令嬢ですか? 」


私の専属メイドであるメイに尋ねると、少し戸惑ったような表情をされた。

「あの、どんな些細なことでも教えて欲しいの。今度のお茶会に呼ぼうと思って」


驚きを隠さないメイの顔に私は自分の失敗を悟った。

「私って普段どんな令嬢と仲良くしてたかしら? 実は高熱を出したことで記憶が曖昧で、コットン男爵令嬢とは仲良くなかったかしら? 」


アランから最近エレナが高熱を出したことがあるという情報を得ていたのでとっさに言い訳に使った。

「お嬢様は皇帝派の高位貴族の方とお茶会をしてました。コットン男爵令嬢は貴族とはいえ田舎の貧しい男爵家の方なのでお嬢様がお呼びしても遠慮をされるかと」


主人である私の質問には答えなければならないと思ったのか、戸惑いつつもメイは話してくれた。


「私の部屋でお菓子でも食べながら話さない? 」

私はお茶とお菓子、それから秘密アイテムお酒を用意して半ば強引にメイを部屋に誘った。

お酒には人の判断能力を鈍らせたり、口を軽くさせたりする効果があるらしい。


それに良く社会人がノミニケーションといって飲み会で仲良くなったりするというのを聞いたことがある。

私は未成年だから飲酒するわけにはいかないけれど、メイは問題ないはずだ。


私にワインを注がせてしまった以上飲まなければならないと判断したらしい。

私が次々とワインを注ぐのであっという間に酔っ払ってしまった。


「コットン男爵令嬢はですね、一応貴族令嬢ですが、まあ平民と変わりませんよ」


「ほらほら、グラスが空いてますよ」

お酒の力すごい。口がかなり軽くなってるし、言葉も砕けてきてしまっている。

「自ら志願して第一皇子の遠征にもついていったようです」


メイが少し意地悪そうな顔で言った。

「え、あんなふわふわした子が戦うの? 」

純粋な疑問だった、バトルには向いてなさそうな優しそうな感じの子だったから。


「まさか、怪我した兵士の世話とかそんなのをしているみたいですよ?まあ、あわよくば第一皇子や高位貴族に見初められようという魂胆でしょう」

メイが少し得意げになって話してきた。


「戦場っていつ死ぬかもわからないという場所でしょ、そんな動機で行く?ナイチンゲールみたいな崇高な精神の持ち主なんじゃないかしら? 」


いや、ワンチャンあっても普通に戦場には行かないでしょというのが私の見解だ。

「ナイチ? まあ、とにかく周りはみんなコットン男爵令嬢のことそんな大層な方とは思っていませんよ」

平民のメイが男爵令嬢のレノアを馬鹿にしたように話すのは不思議だった。


しまった、ナイチンゲールはこの世界にはいなかったんだった。

でも、メイはあまり気にしてないみたいでホッとする。


基本、周りはみんなそう言っているという言葉は好きではない。

大体は自分がそう思っていることを周りのせいにして非難する時に使う言葉だ。


彼女は辛口な人なのか、私の悪口も言われてそうだなと考えながら彼女の表情を伺うとその瞳は涙で濡れていた。

「う、うぐ、この帝国で血筋の悪い人間は夢なんて持てないですよ。死んだような生活です。死ぬかもしれない戦場がなんだというのです」


お酒って涙脆くなる効果もあるのだろうか、本当に怖い。

「まって、大丈夫? どうしたの?これで涙を拭いて? 」

私はナプキンを渡すとメイはそれで涙を拭いて鼻を噛み始めた。


「私は、幸せです。こうやって侯爵家に雇って頂き未来の皇后となられるお嬢様のお世話ができる。今、お嬢様とこうしているのも夢のようです」


私は他の人が言っているというようにレノアの悪口を言うメイに少し嫌悪感を持ったことを反省した。

彼女は自分の環境に感謝でき、些細なことに幸せを見つけられる人なのだ。


それは私にはないもので、私はいつも満たされなくもっともっとと求めてしまう。

よくいえば向上心が高いともいえるが、日本での私の環境も経済的に困窮していたわけでもなく、他人から見れば幸せなのかもしれない。


自分でも周囲から見て恵まれている自分の環境に、なぜか不満を見出さずにいられない性格を自覚していた。










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