「『鑑定』をごまかすのは悪行──神への
いかにもな服を着た偉そうな神官が歩み出てきて、語る。
ディは首をかしげるしかなかった。
ディがギルドで依頼報告をしていたところ、
当然ながらディは教会に詰められる理由が一切思いつかない。
一瞬、女神イリスを殺した件かなというのは頭によぎったが……
そもそも、この世界で広く信仰され、教会が崇めている神の名は『イリス』ではない。
このセヴァース大陸において神というのは『
だが一方で地方に土着の神がいたり、古文書の中に失われた神がいたりするし、教会も『複数の神がいる』という考えを否定はしていない。
なのでディは普通に『あのイリスも何柱かいる神の一柱だろう』というように捉えている。
そして『最高位の神』以外をどうしようが、教会は動かない。
だからやっぱり、教会に詰められる理由はよくわからなかった。
今、言われたことにしたって……
「『鑑定をごまかす』?」
意味が、わからない。
誰もが十二歳になれば己の
神よりその作り方を教わった魔道具で、その土地の中の大きめの教会を使って行われる儀式だ。
これは誰にとっても人生にとって指標となる『各人の才能』を客観的に教えてくれるものである。
最初から自分の才能が『周囲に知られたらまずいもの』と知っていない限りは欺く必要などなく、そもそも、ディは無能と呼ばれていた『
だが高位神官はそのあたりの矛盾・
「ええ。鑑定は我ら神官が神より賜った大切なお役目です。すべての者には『進むべき道』があり、神はすべての人の行く道を照らしてくださっております。それをごまかすというのは、神に対する叛逆。捨て置けぬ非道」
「そもそもごまかしていないが」
ごまかす方法は──今なら、なんとなくわかる。
魔道具による鑑定ならば、魔道具に干渉すればいい。……どうにも自分の『未来』の中には、魔道具技師として到達するものもあるようだ。
「ディさん。記録によれば、あなたの
「間違いない」
「この才能は、何も成せません。過去の記録を紐解いたところ──」
「この才能が記録に残っていたのか? 興味があるな」
「──遮らないように。……記録を紐解いたところ、『何もない』才能なのです。戦士のように戦えず、癒し手のように他者を治すことはできず、もちろん、魔法も使えない。当たり前のように、勇者には及ぶべくもない」
「そうだな。それで……」
「だから遮らないように。……そのあなたが、『勇者』をしのぐ活躍を、たった一人でしている。これは、己の才能をごまかし、隠していた。それ以外にありません」
「努力しただけだ」
「ハァ」
歳を取った、『いかにも高位』という様子の神官は、馬鹿にするようにため息をついた。
「よろしいですか、ディさん。──人は、才能ありきです。努力で才能ある者を超えることなど、不可能なのですよ」
教会の中でも上層部にいる者は、そういう考えでいる。
そしてそれは、たいていの場合事実だ。魔法使いの才能がない者は、魔法を使うことができない。
……ディに言わせれば『死にたくなるようなけだるさと視界が真っ赤に明滅するほどの頭痛、胃の中に誰かが手を入れてじゃぶじゃぶ掻きまわしながら喉に延々と細長いものを突っ込み続けてくるような吐き気さえ我慢できれば、誰でも使える』とはなるだろう。
そういう事情で『才能がない者は魔法を使うことができない』。一度ぐらい試してみたら二度とやりたいと思えない。試すまでもなく、そういう実体験を聞くと『うえぇ、絶対に嫌だ』となる。
ディは、その『絶対に嫌だ』を踏み越えるのにまったくためらいがない。
だからそれは『異常性』なのだ。
普通の人には想像もできない『例外』なのだった。
「悪魔と取り引きし、才能に見合わない力を得たあなたを放置はできません」
「『悪魔と取り引き』とはどういうことだ? いったいどうやる? そんな修行法は聞いたことがない。興味がある」
「そのような邪悪な知識を欲しがるなどと、やはり異端……!」
「知識を欲しがっている時点で『悪魔と取り引きし才能に見合わない力を得た』という手段は使ったことがないと判断できるように思うが」
「ああいえばこう言う……! 教会の兵ども! この悪魔憑きを捕らえよ!」
(なるほど、俺を捕らえるという結論が先にあるのか)
ようするにここまでの言葉はすべて難癖だ。
これに理屈をたずねても意味はない。道理を正そうとしても意味がない。この連中には最初から『決定』があった。そして『決定』の裏には、たぶん、なんらかの取り引きによる利得があるのだろう。その利得のために『ディを捕らえる』という行為が必要というわけで、ここで『間違いです』と言い募っても意味はない。
(『悪魔』と取り引きしているのはどちらなのだか)
つい、笑いそうになってしまう。
だが教会に『捕らえよ』と言われている状況は、社会的にピンチだというのは間違いない。
それで、どうするか?
(大人しく捕まってやるのは、時間がもったいないな)
せっかく努力と人生が楽しくなってきたところだ。
神殺し──神の完全殺害には、まだ、そこに至る『未来』が見つからない。今はまだ見つかっていないが、女神イリスから逃げきるためには、完全殺害を成すしかない。そのために、時間を無駄にはしていられない。
(抵抗するか)
ディはこうして決定する。
……だが、その前に動く者たちがいた。
「あ、あなたたちは──」
背後から聞こえたのは、ギルド職員の声だった。
大きすぎるメガネの中で、奇妙に大きくなった目が、教会の者たちを見ている。
それは気弱な彼女らしからぬ、強い視線だった。
「──あなたたちは、ディさんがどれだけ努力を重ねてきたかを知らないんです……! どれだけ苦しい思いをしてきたかを、見てないから、そんな難癖をつけられるんです……!」
『抵抗』をしかけたディは、呆けたような顔でギルド職員を見てしまう。
それはディにとって初めての経験で、今、この状況を、彼女のしようとしていることを、どう表現していいか、わからなかったからだ。
だが、だんだんと、言葉になってくる。
今、ギルド職員がしようとしてくれていること、それは……
(俺は、『庇われてる』のか)
「あなたたちに、ディさんの努力を否定する権利なんか、ない!」
気弱な彼女がはっきりと叫ぶと、教会の者たちがひるむ。
一番偉そうな神官は、「あの女も異端だ!」と叫び、ディの捕獲を断行しようとした。
しかし、できなかった。
「おうおうおう、教会の坊さんが俺らの領域に乗り込んで好き放題できると思ってんのかぁ?」
「そうだそうだ! こちとら腕っぷしで飯食ってんだよ!」
「言いたい放題言ってくれやがってよぉ! 黙って見てるのも限界だ!」
ギルドに詰める荒くれ者どもが、剣呑な気配と声を発し始める。
そこでようやく、教会の者どもは、ここが冒険者ギルドであることを思い出したのだろう。
冒険者たちはディを庇おうとはしなかった。
だが、ギルド職員を不当に捕獲されそうになって黙っているほど、教会の『好き放題』を許すつもりもなかった。
あっというまに荒くれどもが集まってきて、教会の兵たちをにらみつける。
冒険者のうち一人が、ディの肩を叩いた。
「こいつがずっと勇者にコキ使われても黙って耐えてたのを、俺らは見てたんだよ! 努力で才能を超えたっていいじゃねぇか!」
見てるだけではあった。
だが、『勇者』だ。王や教会を後ろにつける特別な才能の持ち主だ。
これに表立って反抗し、縁もゆかりもないディのために人生を懸けろというのは無茶な話だろう。
思っていてくれた。
ディは、我知らず己の胸を抑えた。
(俺には、味方がいたのか)
帰属意識も仲間意識もなかった。
……彼らのこういう態度は、最近のディの活躍と、その活躍に裏付けられた強さがあってのことだというのはわかる。
ディの武力を傘に着ている──と、そういう言い方もできるだろうというのは、頭ではわかるのだ。
それでも、嬉しい。
だからディは、いきなり武力で抵抗するのをやめた。
警告という、一つの工程を挟むことにした。
「教会のみなさん。あなたたちの疑いは不当なものだ。俺は鑑定をごまかしていない。それでも俺を逮捕し、あまつさえギルドにまで迷惑をかけるというのなら──俺は、全力で抵抗する」
ディ自身にとっても意外なことに、『抵抗する』という言葉には重苦しい力がこもった。
それは重圧となって教会の者たちと勇者アーノルドをひるませ、味方を勢いづけた。
「……いずれ天罰が当たりますよ」
偉そうな神官はそれだけ言い捨て、逃げるように去っていく。
勇者アーノルドは──
「お、おい! なんであいつを逮捕しないんだ!? 勇者とした約束を破るのか!? おい、待て、待てって!」
神官を追いかけていく。
残された教会の兵たちは、気まずそうにしたあと、慌てて神官と勇者のあとを追ってギルドを出て行った。
冒険者たちが大騒ぎする。
例の、メガネをかけたギルド職員が胴上げされている。
ディは、勇者が去った方をじっと見て、今、自分の中に渦巻く気持ちを観察した。
そして……
心に『そうせよ』と言われるまま、片腕を大きく上げる。
冒険者たちの歓声が大きくなる。
そう、これは……
紛れもなく、一つの戦いの、勝利だった。