目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 適切な評価

「おかえりなさい、ディさん。あ、今日は……」

「ダンジョン外に出たグランドドラゴンと、南方のまだ名前のないダンジョンと、北方山脈にある……」

「え、ええと、人を呼んできますね……」

「ああ、頼む」


 恐縮するように『にへぇ……』みたいな笑みを浮かべて奥へ引っ込んでいくギルド職員を見て、ディは『ちょっと焦ってしまったかな』と反省した。


 最近のディは能力の検証と『努力の方法』を探すのに躍起になっており、それはすべて『ギルドからの依頼達成率』という形で表れていた。

 ……『最近躍起になっている』というのは実のところ正確ではない。実は昔から躍起だった。ディは苦境に身を置き努力をし己の可能性を広げるのを趣味にしているが、無意識のうちに『苦境ほど自分を成長させる』と思い込んでいるところがある。

 そういう理由で勇者パーティであらゆる雑務を引き受けていた。お陰で雑務能力も上がったけれど、今にして思い返せばそれしか上がらなかったな、と思う。


 重要なのは、『努力の仕方』と『目標設定』だ。


 最近のディが以前より効率よく努力をできていると実感している理由に、『最終的な自分の姿』がイメージできている、というものがある。

 異界渡りディメンション・ウォーカーという能力で『ゴール地点』がわかれば、そこに至るために何をしたらいいかがわかる。それがますますディを進歩させ、効率よく努力することができるようにしている。

 ……そして努力ジャンキーが効率のいい努力を覚えるとどうなるか。


『空いた時間でもっと努力できるな』となる。


 最近のギルド記録を塗り替える激務の理由はそれであり、こうして依頼をこなしたと報告をしてギルド職員に確認をしてもらっている時間がもどかしく感じるほど、一日に多くの依頼をこなす結果につながっていた。


 当然、そうなるとギルド内での評価も上がるし、冒険者たちからの見る目も変わる。


『実はあいつ、強いんじゃないか』

『あんだけのやつが、どうして今まで、全然無名の無能扱いだったんだ?』

『そういえば、あいつが活躍し始めたの、勇者パーティから抜けてからだったよな』


 ……こうなる。

 そういった事情で、ディが活躍すればするほど、勇者パーティとそのリーダーのアーノルドの評価が落ちていくのだが、そういうことが眼中になく、ただただ向上の努力をして己の可能性を広げていくという『楽しいこと』をしているだけというのが、良くも悪くも、ディの性格だった。


 戻って来たギルド職員が、大きな丸いメガネをずり落としながら、手続きをしていく。

 こなした依頼の量と等級が大変なものなので、手続きの量も膨大になる。

 次々読み上げられていく報酬と功績、位階レベル昇格アップの旨。勲章。貴族からこういう依頼が……などの報告。


 ギルド職員はがんばってくれているのだが……


(時間がもったいない気もするな)


 この時間でどれだけ努力を重ねられるだろう、とディは思ってしまうのだ。


 依頼を受けずにやってしまおうか、という気持ちもわいてくるものの、ディには一応、社会秩序の中で生きようという意思がある。

 というより、本人の自任では『努力ジャンキー』ではないのだ。『人より才能がないからそのぶん努力をしているだけの、普通の人』というのがディ自身の自覚であり、『普通の人』なので、普通に社会で生きる努力をする。それだけのつもりだった。


「ディさん」


 ふと、手続きの最中、ギルド職員が雑談といった様子で名を呼んできた。


 この気弱で猫背でメガネがでかすぎるギルド職員、ディにとっては顔なじみだ。

 どうにもお互いに苦労が必要な地味な作業だったり、ストレスが高そうな相手への連絡だったりということをさせられる立場らしく、向こうからディへ共感するような素振りを見せられたことが何度かある。


 このギルド職員の容姿については『背筋を伸ばして髪を整えれば見れたものになるんじゃないか?』というのが勇者アーノルドの意見だ。ディは人の容姿についてはよくわからないけれど、アーノルドの女の容姿を見る目とそれに対するアドバイスだけは的確だと思っているので、きっと、『磨けば光る』タイプの女性なのだろうな、とは思う。


「わ、私、ディさんがようやく、評価されるようになってくれて、嬉しく、思います」

「そうか」


 雑談はそれだけで、また事務的な作業に戻っていく。

 だが、そのたった一言が、いつまでもいつまでも、ディの頭の中で反響する。


 不思議な体験だった。

 自己分析をして──ディは、ようやく、理解する。


(そうか、俺は……俺が評価されることを願ってくれる人がいたことが、嬉しいのか)


 誰もが『現状』を変える力を持つわけではない。

 評価されるべき人がいたって、その人がきちんと評価されるように力を尽くすのは、大変だし、そもそも、不可能な場合が多いだろう。

 だから『評価されて欲しかった』というのは心の中に秘めた願いでしかなく、はっきり言ってしまえば、無力だ。


 でも。

 無力でも、思い続けてくれた人がいる。


 その事実が、やけに胸に染みるようだった。

 だからディは、自然とこんな言葉を発していた。


「ありがとう」

「え?」

「いや」


 口下手な自覚がある。だから、それ以上はうまく思い浮かばなかった。

 けれど何かが伝わってくれたようで、ギルド職員はほんのわずかに嬉し気な様子になって、手続きを続ける。


 温かい空気が流れて……


 その空気を、



「『卑怯者の無能』、ディ!!!」



 ぶち壊すように、ギルドの入り口から、


「神が授けた『才能スキル』もないお前が、こんなにも活躍するのはおかしい! お前の不正を、僕が暴いてやる!」


 勇者アーノルドと、そのパーティメンバーの女たち。

 そして……


「僕のバックにはな、『教会』がついてるんだ! 言い逃れできると思うなよ!」


 武装神官兵を従えた、高位神官と思しき者。


 そいつらが、なだれ込んでくる。

 神の気配が、濃くなっていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?