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第6話 人生の明暗

 ディは、ホームにしている街からあまり近くないダンジョンに一人で来ていた。


 洞窟型のよくあるダンジョンだ。

 記録によれば全部で五階層、踏破済み。

 地下へ地下へと下っていくタイプのダンジョンであり、五階層目はまるまるボスの部屋だ。


 ダンジョンはコアが砕かれない限りは存続し、一定の間隔でボスを含むモンスターが再生する。

 そういった仕組みを利用して鉱山的に利用されているのがダンジョンであり、冒険者は一攫千金もありうるゴールドラッシュ中の炭鉱夫、といったところだった。


 すでに踏破されているダンジョンについては詳細な記録が残っており、そこで出てくるボスやモンスターなどが、位階レベルを振られて管理されている。

 冒険者にも位階があり、ソロで倒したモンスターと同等の位階が、冒険者の位階とされることになる。


 ディのレベルはゼロ。

 そしてこのダンジョンのボスは三十。

 これまでのディであれば、どうしたって勝てない相手である、はずなのだが……


「……楽勝だったな」


 驚きと、それから『やっぱりか』という想いがあった。


 異界渡りディメンション・ウォーカーと女神は言った。

 その能力は『未来、至る可能性に今至ることができる』というもの──ようするに、未来の自分が万能カンストに至るなら、今すぐ、万能に至れる。そういう能力。


 どうやらその能力は、レベル三十程度は楽々踏み越えるらしい。


「将来の俺はどのぐらい強くなるんだろう。どれほどの努力をして、そこにたどり着くんだろう」


 可能性の具現。

 ……だが、戦いながら検証したところ、ただ単純に『未来に至ることができる最強の自分になれる』という能力でもなさそうだった。


「いくつかの『未来』があるな」


 まだまだディの可能性は無限だ。

 努力を続け順当に強くなった未来もある。

 一方で、今からでは想像もつかない、なんらかの特殊な技能を修めるという未来もありそうだった。

 単純に『強くなった』というだけでも、魔法を極めた未来もあるし、剣を極めた未来もありそうだった。


 相変わらず未来の自分の『知識』は流れ込んでこないが、感覚として、様々に枝分かれした可能性が自分にあるのはわかる。

 これはある程度任意で切り替えることもできそうだ。


 女神イリスとの戦いで無意識に選択した『未来』はどうにも、なんらかの事情で神を殺すしかなくなり、そのための技術を磨いた末の自分だった様子だ。


「何があって俺が『神殺し』を志すのかはさっぱりわからないが……」


 倒した『ボス』の死体に座りながら考える。


 それはマンティコアと呼ばれる化け物だ。

 人面の獅子。虫のように透き通った羽根が生えた、巨大な化け物。


 これを倒すのに選んだ『未来』は、魔眼持ち。

 先天的にしか備わらないとされている魔眼を、どういう手段・事情によってかはわからないが、身に着ける未来が自分にはあるらしい。

 その魔眼は石化の力を持っていた。

 他にも違った種類の魔眼を持つ可能性も感じる。……だが、


「あっけなさすぎて、あまり好みではないな」


 魔眼というのは『効くか効かないか』であり、『効けば一撃』といったものだ。

 いざとなれば危機を乗り越えるためにこういう手段に頼らねばならないのだろうが、『いざ』という時が来るまでは、なるべく、こうも楽に片付いてしまう手段はとりたくないな、と思った。


 思って、笑う。


「……『戦い方のえり好み』ができる、のか」


 今までは、無理だった。

 弱すぎたから。


 だが、今は……好きなように戦うことができる。

 そして、こうも思うのだ。


「未来の俺はきっと、血反吐を吐く思いをし続けて、この力に至ったんだろう。どういう手段をとったかはわからないが……未来の自分になんか、負けられないな」


 可能性が無限であるならば、努力によって、もっと他の未来を増やせると思う。

 だから、未来の自分に負けないように努力しよう──それが努力ジャンキーのディが思うことであり、多くの人には理解できない行動原理であった。


「まずは、もう少し確かめてみよう」


 こうしてディは、己の力をより掘り下げていくことに決める。

 もちろん、あの女神が追い付いて来ないとも限らないから、これを完全に殺して振り切るためには努力が──すでにある『未来』ではない、もっと別の『未来』に至る可能性を広げる必要がある、と思ってのことだ。


 だが、


「……報われることがわかるというのは、いいもんだな」


 努力して成果が出る。

 そう約束するも同然の能力は、ディの努力ジャンキーを加速させていく。


 初めての感覚に、少し戸惑う。


「……人生って、楽しいものだったんだ」


 ディは初めて、生きる喜びを覚えた。



 勇者ブレイバーアーノルドは荒れていた。


「くそ! くそ! くそ! あいつめ! あいつめ! 無能のディめ!」


 荒れるに決まっていた。


 アーノルドはあれから、ディに幾度も『チャンス』を与えた。

『頭を下げて謝れば、またパーティに入れてやってもいい』というチャンスだ。


 だがディは、アーノルドが優しく声をかけてやっても──


「何が『忙しいから戻らない』だ!? ふざけるなよ!?」


 そうやって、すげなく去っていく。


 そのことが──まるで見下されているような扱いが、いたく気に入らない。


「あいつ、調子に乗ってるんじゃないか!? 少しぐらい活躍してるからって!」


 ディの帰還から二週間ほどが経っている。

 そのあいだ、ディは狂ったように冒険者ギルドの依頼をこなし続け、ダンジョンに挑み続けている。


 そしてそのすべてで成果を出し──


「何が『真の勇者』だ! 真も何もないだろ!? 勇者は僕だぞ!? あいつは無能! 渡りウォーカーとかいうなんの技能もない才能しか持ってないクズだろ!?」


 真の勇者、などと呼ばれるまでに至っていた。


 ……それは、勇者であるアーノルドたちが落ちぶれているせいでもあった。


 才能がすべての世界。

 これは正しいが、表現として正確ではない。


 結局のところ、すべてなのは『実力』なのだ。

 才能に恵まれれば、より高い実力を、早くに身に着けることが可能。結果としてすさまじい実力者として完成する。だから、『才能』で人は評価される。


 だが、才能がなくとも、実力を示せば、生まれ持った才能などという看板は関係ない。


 ディが行っているのはまさに、『生まれ持ったものなどどうでもいいとばかりの大活躍』であり、『実力を示す』という行為だったのだ。


 ……しかも救いがないことに、ディの主観においては実力を示しているつもりではなく、ただただ単純に『新しい努力』をしているだけであり、『自分の力の検証』をしているだけなのだ。

 だが、そのような虚栄心のない者を、アーノルドの頭では想像できない。


「あいつ、姫との婚約を狙ってるんだ……! クソ! 僕が置き去りにしたのを恨んで、僕からすべてを奪う気だ!」


 救いのない事実はまだあって、ディはすでに、アーノルドを眼中に入れていない。

 だが、自尊心と虚栄心が高く、傲慢で、世界の主人公は自分だと思い込んでいるアーノルドは、『自分が眼中にもない』という事実は想像もできなかった。


「ねぇアーノルド、こっちから謝った方がいいんじゃ……」


 アーノルドたちのクランハウス。

 勇者ということで金や権利などで多くの支援を王家から受けているアーノルドは、無償でクランハウスを貸し出されている。

 冒険者ギルドすぐそばにある二階建ての大きな屋敷であり、下級貴族の住まいと比べても遜色のない立派な建物だ。


 メイドなども当然いるが、主にこの家でアーノルドがすることは、自分の『ハーレムメンバー』とのむつみ合いである。

 特にお気に入りでよくそばに置いているのが、パーティメンバーでもある二人の女だ。


 ……だが、手続きを怠り、実力を疑われ、今の『時の人』であるディと良くない関係だとみなされている今……

 アーノルドはここからの立ち退きを迫られており、メイドたちももういない。

 残るはパーティメンバーの二人だけである。


 そのうち一人からの忠告に、アーノルドは「アァ!?」と威嚇するような声をあげる。


「僕は勇者だぞ!? 勇者が無能に謝れっていうのか!?」

「か、形だけ、形だけでも、ね?」


 アーノルドと、特に彼に気に入られている女たちの立場は今、非常にまずい。

 女の多くはアーノルドが落ち目になっていくと離れていったが、パーティメンバーであることが内外に示されている女たちは、アーノルドとともにいるしかなくなっていた。

 加えて言えば、この女たちもディをこき使ったり、いじめたりしているので、ディに許されないだろうと思っているのもある。


 ……本当に救いがない話だが、ディはそもそも、この女たちのこともほとんど忘却していると言っていいぐらいに眼中にないので、普通に謝れば普通に『そうか』で終わられる可能性があった。

 だが勇者と同様、勇者に選ばれた女たちもまた、『自分が誰かの眼中にもない』という状況を想像できなかった。


 勇者アーノルドはキレて、周囲の家具や壁に当たり散らして……

 それから、ニヤリと笑う。


「……そうだ。教会だ。教会に、ディの悪行を言ってやればいい!」


 教会というのは、特に才能を『神の賜物』とし、才能以外で人を評価しない風潮の強い組織だ。

 末端はそうでもないが、上層部になるほど才能がすべてという考え方であり、アーノルドに今なおされている支援のほとんどは、王家ではなく教会からのものであった。

 ……才能を評価していながら、王家に比べるともともと微々たる支援しかしていなかったので、アーノルドは王家にすり寄っていたという事実もあるが……


 今、アーノルドが頼れそうなのは、教会の方である。


 かくして勇者は、神に苦境を訴えることに決めた。


 だんだんと、状況が整っていく。


 神の手がもうじき、『神殺し』に届く。


 あるいは──


 神が自ら、『神殺し』の射程に入る。

 神の完全殺害のための方法を検証中の、『神殺し』の射程に。

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