「ディ! 無事だったのか! よかった……!」
あまりにも芝居がかった口調だった。
いなくなったとされる冒険者が戻って来た──これは誰にとっても慶事だ。だから普段、ディを見下していた者たちも、ノリに合わせて喜び、普段は交流がなかったとしても、『よく戻ったなあ!』『めでたい!』などと肩を叩いたりする。
それは本当に心の底から嬉しそうな様子で、彼らはただ単純に『生存が絶望的だとされた者が戻って来た』というイベントに盛り上がっているだけで、普段の関係性など、今はまったく気にしていなかった。
一方でギルド職員の喜び、というより安堵は大きい。
厄介な勇者がますます厄介になっていく状況が変わるかもしれないのだ。勇者というのはレアな才能を持っている。だから下積みをさせてやってくれ──と、王様に
それとは別に、真面目に勤勉にきちんと手続きをこなす者への評価は高い。ディというのはそういう人材だから、事務的実務を担う者には受けがよかった。特に普段からやりとりをする者の喜びは大きかった。
勇者アーノルドは、そういった人たちを押しのけて近づき、肩を叩き、抱き着くなどして、
(……ん? こいつ、こんなに……いや、気のせいだな)
アーノルドは何かを感じ、しかし、感じたことを──『強くなっている』なんていうことを認めたくなくて、気にしないことにした。
金髪碧眼の甘い顔立ちに、まるで心の底からみたいな笑顔を張り付けて、ディに親し気に声をかける。
「本当によかった。もうダメかと思っていたんだ……君を見捨てるように先にダンジョンから出てしまったことをずっと悔いていたよ! ああ、無事で本当によかった……もちろん、君の席は空けてある。また一緒に冒険をしよう!」
ディに発言を許してはならない、とばかりにまくしたてる。
口を開かれればまずいからだ。そして、こうやって近場でまくしたててやれば、ディはいつもの仏頂面で、何も言わずに従うと信じてもいた。
何せ、アーノルドの中でディの評価は、こうなっている。
(こいつははっきりと自分の意見も言えないクズだからな。僕の命令には逆らえないだろ? どんなにひどい扱いをしても、僕らのパーティにしがみついてたもんな、お前)
何せ、客観的に見て、ディがひどい扱いをされながらも、勇者アーノルドのパーティに所属し続ける理由はわからないのだ。
だからアーノルドは都合よく解釈している。『勇者という才能を持つ僕にしがみついて、おこぼれにあずかりたいんだ。無能なんだから、それしかできないもんな』と思っている。
……だが、それは、あまりにもディを見誤った見立てだった。
多くの者が『なんであの扱いをされてまで』と思っているけれど、そもそも……
「いや、やることがあるから、パーティには復帰できない」
「は?」
……そもそも、ディという人間のことを、多くの者はわかっていない。
ディがひどい扱いをされながら、勇者アーノルドのパーティにいた理由、それは、
「今は、お前の仲間で居続けるよりも、よっぽど注力しなきゃならない
ただの、努力ジャンキーであったというものだったなどと。
ただ、苦境に己を置くことで、より過剰な努力をしようとしていただけ、などと。常人に想像が及ぶわけがないのだ。
「ああ、ちょうどよかった」ディの視線はすでにギルド職員に向いている。「帰還報告をしたらやるべきことがあるんで、手続きを済ませたい。大丈夫か?」
あまりにあっさりと勇者を見捨てた様子は、誰にとっても意外だった。
『弱みを握られている』『勇者に惚れている』などとさんざんに噂されたディである。それがこんなにもあっさり、しかも恨んでいる様子でもなく、あまりにも普通に見切りをつけるというのは、ギルド職員でさえ想像していなかったこと、なのだ。
だから驚いた職員は言われるままに手続きを行うため、ディをギルドのカウンターへと導く。
取り残された勇者アーノルドは、しばらく何も言えなかったが……
「おいおい、なんだ今の?」「え、『勇者』、見捨てられた? 無能に?」「あーあカワイソ」「まあでも愛想尽かすのもわかるよ」
小声で、しかしアーノルドの耳に入るように、冒険者たちが会話をする。
聞えよがしだった。完全に嫌味だった。
アーノルドはだんだん状況を理解してきて、羞恥と怒りで顔を真っ赤にし……
「うるさい! うるさいぞお前たち! 勇者に対して無礼だろうがァ!?」
叫ぶ。
それで一瞬、声は止まる。
だが、すぐさま、今度は内容がわからない小声で、噂が始まる。
アーノルドは「くそ!」と言い捨てて、逃げるように冒険者ギルドを出て行く。
その目には、
「……ディ……ディ……! 僕に養ってもらってた無能の分際で、僕に恥をかかせやがって……!」
ディに対する憎悪がたぎっている。
だが、ディの方はもう、去っていくアーノルドを一顧だにしていなかった。
……『何か』が、その様子を見下ろしている。
その『何か』は、負け犬のように逃げていく勇者へと視線をやり……
「……チッ。『神殺し』め」
忌々し気に、舌打ちをしていた。