ディは女神に斬りかかる。
その時に己の内面をよく観察すれば──
(知っている。俺は……神の殺し方を、知っているんだ)
積み上げた技能が確かに己の中にあることを実感する。
いずれ到達する点であるならば、今すぐに到達したことにできる。将来、自分が至る『最強の自分』に今すぐなれる。
『地道な努力は裏切らない』。
「……ふっ」
孤児院の先生の言葉を思い出す。
みんな、嗤っていた。馬鹿にしたように嗤っていた。
でも、ディだけは笑わなかった。それが道しるべのように思えたからだ。
……今にして思えば。
『才能がある人も、才能の上に努力を重ねなければいけませんよ』という、才能前提の努力奨励だったのかもしれないけれど。
一つ、わかったことがある。
「この力は──『自分がいずれ至る地点』に今至れる能力なのか」
「ええ」
喉を引き裂かれながら女神イリスが応じる。
……どうしてそういうことがわかるのかは、まあ、きっと、『神だから』なのだろう。
生まれつきの才能。神ならば、できる。人にはできないことも。
世の中はそういう要素でできている。才能がない者がいくら努力したってなんにもならない。何かを成せるヤツは生まれつき何かを成す才能を持っているんだから、才能がないくせにみっともなく『何か』にしがみつくなと、みんな思っている。
でも。
「この才能は、何ができるんだ?」
「
戦士のようには戦えない。
魔法使いのように魔法を放てない。
勇者のように万能でもないし、癒し手のような奇跡も起こせない。
可能性に至る
だというのに、そもそも、なんにも可能性がない。
力は弱く、速度は遅く、反射神経だって強くない。
この才能は、何も底上げしてくれない。
だから。
ディは、つい、笑ってしまう。
ニヤけるのを、我慢できない。
「そうか。じゃあ──戦士でも魔法使いでも、癒し手でも勇者でもない。力も速さも反射神経も、魔力だって底上げしてくれない無才の人間でも、努力でここまでいけるんだ」
『地道な努力は裏切らない』。
その言葉を人生の道しるべだと確信していた。でも、確信した理由はわからなかった。
でも、今、なんとなくわかった。
「なんの才能も保証されてないってことは、
努力を続けてきた。報われたことはなかった。
才能しか見ない世の中だった。実力で見てくれ、なんていうふうにも思わない。実際に、目覚める前のディは、どこにも到達できていない、何もできない、真実の無能だったから。
……でも、努力を続けてきた。
「誰かに褒められたいと思ったことはなかった。いつか報われたいとも思ったことがなかった気がする。ただ、努力してきた。気持ち悪がられることもあった。どうにも、才能もないのに頑張りすぎる痛いヤツを、世間は嫌いらしい。だから、隠れて努力した」
刃物を振るう。
神を殺す。
殺されてなお不滅の神は、『たまらない』という顔で胸を抑えている。
ディの言葉は、神に聞かせるものではなかった。
ただ、ずっとずっと自分でも不思議だった疑問が解けたのが嬉しくて、誰かにこの答えを聞いてほしいから、つい、声に出してしまうだけのものだ。
人生の中で、誰かにこの喜び、興奮をわかってほしい、分かち合いたいと思ったのは初めてだった。
「俺は『どこにでも行ける人生』が好きだったから、ひたすら可能性を広げ続けていたんだ。だからやっぱり、あなたのモノにはなれない。せっかく広げた可能性を潰されてたまるか」
「……だからこそ。だからこそ! 無限にあるあなたの可能性を、『わたくしのモノ』という、ただ一つのものに絞れたら──それはきっと、あなたに殺される以上の快楽になるでしょう!」
「そうか。分かり合えないな!」
刃を振るう。
神を殺す。
無才の男が、己の可能性を斬り拓く。
斬りかかる相手は無限にして不滅。
存在のランクが違う『女神』イリス。
「ヒトは最後には、『一つの可能性』に収束します。いつまでも『無限の可能性』を持ったままではいられない。ならば、いずれ至る答えに今至ってもいいでしょう? それが、わたくしのお婿さんというのは、なかなかいい未来だと思いますけれど?」
「あなたみたいな美人に口説かれるのは嬉しいが、束縛の強い女性は好きにはなれなくてね」
「ところがわたくしは、自由なあなたを束縛するのが、好きなようです。話せば話すほど、あなたとの出会いに運命を感じてしまうのです」
「こっちは話せば話すほど『合わない』と思うばっかりだよ」
「しかし実際、ここからどう逃げるおつもりで?」
「それだけどさ」
ヒトの身で神さえ殺す、『可能性に至る才能』。
いずれ到達する実力に今すぐ到達する力。命という一本の線、時間という一本の線を点にして、未来の己へと一足飛びで渡る能力。
だけれど、
「俺の能力って、素直に考えたら、そういう、ややこしい『未来の自分の力を前借りする』っていうものじゃなくって……」
「……っ」
「──普通に、
今、神を殺すこの力こそ、『能力の曲解』による裏技的用法。
本来の力は、ただ、『界』から『界』へ渡るだけの力。
できる確信はある。
だが、どこにどう出るかの知識が足りない。
今のディには分厚い経験と、努力の果ての実力がある。しかし、知識が未来から流れ込んでくるわけではなかった。
これは『そういう能力』なのか、それとも、まだ自分がこの能力をうまく使えていないせいなのか。
ともあれ──
無限増殖する女神の相手をし続けるなど、そんなのは実質結婚するようなもの。人生の墓場。可能性の途絶だ。
付き合う気はない。だから、
「じゃあな女神イリス」
逃げる。
フッとディが空間から掻き消え、女神が
真っ白い空間。『広さ』という概念のない異界に、女神はぽつんと立ち尽くし……
「あなたは、わたくしに次々と新しい発見を与えてくださるのですね。……『手に入らないものほど、欲しくなる』。必ず追いつき、あなたの可能性をわたくしのものにしてみせます。そして……殺し合いましょう。無限に。……想像しただけで、こんなにも胸が高鳴る。これが、ヒトが夢中になり、時に身を亡ぼす、『恋』というものなのですね」
女神イリスもまた、その場から、掻き消えた。
時間と空間を超越した追いかけっこが始まる。
……ただし、その追いかけっこは、一人と一柱だけのものにはとどまらない。
ディは『神殺し』を成した。
神は不滅。そもそも、一度殺されることさえありえない存在。
死ぬはずのない永遠不滅を殺せるモノを、放置するわけがあろうか?
ディの可能性を閉ざすため、神たちが動き始める。
……ヒトの世界を巻き込んで。