『地道な努力は裏切らない』。
孤児院の院長が言っていた。それを聞いた仲間たちは笑った。
子供ながらにみんな理解していた。『いくら努力したって、いいスキルに目覚められなければ、意味がない』と。
でも、
「ディ! 『能無し』のお前に役目を与えてやる! そこで、モンスターどもを食い止めろ!」
見下すような声が遠ざかっていく。
彼は──『能無し』のディは、自分の左足に触れた。
そこには深い傷があった。
『
でも、彼にはそんな才能はなかった。
ディは自分の方へ迫りくるモンスターを見た。
スライムが数十。その奥にはワーム。どれもこれもこの
仮に『
でも、彼にはそんな才能はなかった。
『
でも、彼にはそんな才能はなかった。
もしも、仮に──
今、逃げて行った、あいつのように。
『
もちろん、彼にはそんな才能はなかった。
……いや。この状況はきっと、才能があるだけではダメだったのだろう。
才能があったうえで、努力をしないと、潜り抜けられない。だって、才能だけでどうにかできるなら、あいつらは、ディの
ディは『
でも、努力をしてきた。いつか報われると信じて努力を重ねてきた。
一方で、逃げたあいつらは、生まれつきの才能だけでやってきて、努力をしてこなかった。
だから、こうなっている。
……モンスターどもが迫る。
ここでディができることは何もない。だから、あいつらはディが食われている間に逃げるつもりなのだろう。
『地道な努力は裏切らない』。
孤児院の院長の言葉を思い出す。
思い出して、ディは笑った。
努力だけでは回避しようのない状況の中。才能がなかったばかりに努力の一切が実を結ばなかった人生の終わり。
その瞬間にディが思うことは、
「まだ、
見よう見まねで覚えた呪文を口ずさむ。炎の弾が浮かび、引き換えに全身を襲うけだるさと吐き気がひどくなった。
彼に魔法使いの才能はない。才能のない者が魔法を使えば当たり前に襲われる、魔力不足。それによる『死んだ方がマシな苦しさ』。
だけれど苦しいことには慣れている。人生で苦しくなかった瞬間なんか少しもなかった。だから、これはいつものことだ。
『死んだ方がマシな苦しさ』を幾度も乗り越えて身に着けた
それは魔法使いの才能発覚したての子供が撃つよりずっとずっと弱い火球だった。でも、最初にやったころよりはずいぶんマシだ。
最初の最初は、明かりにもならない火をちょろっと出しただけで、吐き気と苦しさ、全身の痛みに気を失ったっけ──と思い出して笑う。
小ぶりなナイフを構える。
迫りくるワーム。速い。しかし、イメージはできている。
才能がない。だから、速度もない。……でも、トレーニングを繰り返した。地道な筋力トレーニング。反射神経トレーニング。持久力トレーニング。才能があるヤツなら戦っていれば勝手に身に着く速さや力を少しずつ伸ばして、今はこんな状態でも動けるし、ワームの突進をかわしながらナイフを突き立てることだってできる。
『地道な努力は裏切らない』。
孤児院のみんなは嗤った。馬鹿にするように、先生の言葉を嗤っていた。
でも、ディは笑わなかった。なんとなくその言葉が自分の道しるべのように思えたから。
確かに、才能があるヤツよりも、ずっとずっと努力して、ほんの少ししか進歩しない。
でも、最初のころより、少しずつ良くなっている。
だから、努力を重ねればきっと、いつか、才能のあるやつらを追い越せるだろう。
だから──
「いつか、どこかにたどり着くために、俺は、生き残る……!」
自分を見捨てた仲間たちのために時間を稼いでいるのではない。
ただ、生きて努力を重ねて、『どこか』にたどり着くために、生きる努力を重ねている。
……でも。
スライムの大群が津波のように襲い来る。
ナイフを突き立てられたワームが、悲鳴さえあげずに襲い来る。
『今、この時点』では、まだ足りなかったらしい。
いつかどこかに至れる努力は、今、この瞬間の生存を拾うことは──できなかった。
「生き残る……生き残る……生き残る……!」
それでもディはあきらめない。
スライム津波に呑みこまれ、ワームの突撃でふきとびながら、血反吐を吐いて声をあげ、全力で生きる努力を重ねる。
……だからディは、最後の最後まで、目の前の事態を解決するのに夢中なまま……
◆
──真っ白い部屋。
そこは勇者が来る場所。
前世において善行を働いた者。個性的な死に方をした者。
とにかくこの部屋の主人──『転生を司る女神』が面白いと思った者を呼び出し、第二の人生を与える場所だ。
そこに、
「あら?」
「生き残る……生き残る……生き残る……!」
その男は戦っていた。
小ぶりなナイフを握りしめ、血反吐を吐きながら、何かと戦っている最中だった。
転生の女神──『手を届かせる者』イリスはその男に興味を抱く。
自分の招待もなしに
女神イリスはその男に微笑みかけ、手を差し伸べる。
「招かれずに訪れた者よ。これも何かの縁、です。あなたに第二の人生を──」
男──ディは。
差し伸べられた手を、切り払った。
「生き残る……生き残る……!」
女神イリスの手から、血が舞う。
「……あら?」
イリスは首をかしげた。
神である自分が、ただの人間の、なんの効果もない刃物で血を流すことになった。その奇跡を不思議がったのだ。
そして、『不思議がる』という隙は……
絶望的な状況の中で、もはや酸素も足りず、血も足りず、全身を引き裂かれるような痛み、苦しみの中、視界さえもまともに利いていない中で、それでも『生き残る』ということだけを信念に壊れた体を必死に動かしていたディを前には、致命的だった。
ディが素早く女神イリスに接近し、その首をナイフで掻き切る。
鮮血が噴き出す。
女神イリスがその場に倒れる。
ディは倒れた女神に馬乗りになり、何度も何度もナイフを突き立てた。
「生き残る、生き残る、生き残る……!」
ざくざくざくざく。
女神の
「生き残る、生き残る、生き──あ?」
そこでようやく、呼吸する余裕を取り戻したディが、目の前の状況を認識する。
美しい女が、自分に組み敷かれて、死んでいる。
「……あ、あ、れ、ここ、は? ダンジョン、で、モンスターどもに、襲われて、た、はず、じゃ……?」
何が起きているのか、さっぱりわからず、うろたえる。
転生の間。
白い空間。
魂を次の生へと導き、ついでに
「──あなた、わたくしを
嬉しそうに唇をゆがめ、つぶやく。
桃色の瞳は、粘度の高い情念をたたえて、ディの顔を真っ直ぐに見ていた。
……これが、一人と一柱の因縁の始まり。
これより始まるのは、世界を渡る男と女神の追いかけっこ。
ヤンデレ神様から求婚されてしまった男が、世界を渡って神殺しになるしかなかった英雄譚。