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何度転生しようとも君の心を取り戻す
何度転生しようとも君の心を取り戻す
こい
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年01月27日
公開日
6.4万字
連載中
献栄国(けんえいこく)の王都から離れた村に住む少年・満砕(ばんさい)は、親友の立憐(りゅうれん)とともに平穏な日々を過ごしていた。

しかし二人が八歳のとき、王都からやってきた兵士によって立憐が連れ攫われてしまう。「結界を張り、他国から国を守る『巫子(みこ)』」に立憐が選ばれてしまったのだ。

もう助けられないことを突きつけられた満砕だったが、そばにいるために巫子の護衛の任を勝ちとることを決め、武術を磨いていく。

そして十年の時が経ち、願いは叶うが、再会した立憐は感情を失いかけていたーー。

第一話




 爽快な青は罪を知らない顔で、献栄国けんえいこくの上空に広がっている。時が真昼に差しかかったころ、天空は色を変えた。視覚化された空間のゆがみが、波立って空を覆う。


 満砕ばんさいはいつもその光景を見るたびに、布を綺麗に張るときの揺らめきに似ていると思っていた。人によって見え方の異なる虹色が全体に満ちると、また元の青空へと戻る。


「この国は『巫子みこ様』がお守りしてくれているの」


 亡き母親が教えてくれた、唯一の記憶。献栄国全体に結界が施され、空の色が変わるのはその合図なのだと。満砕は結界が張り替わるたびに、母の教えを思いだす。


「巫子様が真昼を知らせたぞ!」


「昼飯にするか」


 村人たちは口々にそう言って、仕事の手を止める。何事もなかったかのように、青空の下では日常が続く。そよ風が麦の穂をなでた。


「満砕、そろそろご飯の時間だよ! 遅れると、また母さんに怒られる!」


 立憐りゅうれんが大きな声を放つ。


 立憐は言いつけを守る素直さがある。だが、その顔は台詞に反して、八歳の子どもらしくまだ遊び足りないと言っている。おそらく満砕も同じ顔をしている。立憐は母親に怒られるのを恐れているが、満砕は立憐の母親に怒られ慣れていて怖くはなかった。


 手伝いと称して麦の穂をずっと駆け回っていたから、二人の黒髪は熱を帯びていた。うなじに汗が伝う。「巫子の守り」の合図ももちろん気づいていたが、満砕は立憐の手を引いて、再び駆けだそうと足に力を入れた。


「立憐! 満砕! 家に戻るぞ!」


 立憐の父親である亞侘あたが、作業を一旦終えて二人を呼んだ。長く世話を焼いてくれる亞侘は、満砕の悪知恵を見逃さなかったようだ。


 満砕の足はぐっと止まり、ふてくされた声で返事をした。立憐は満砕と父親の顔を行ったり来たりさせてから、溌剌と声を響かせた。


 汗ばんだ手を放し、麦畑から少し離れた集落に体を向けた。穂先に隠れて見えづらい方向に、二人の集落はある。


「立憐、村まで競走だ!」


「え⁉ 待ってよ、満砕!」


 満面の笑みで先頭を走る満砕。それから少し遅れ、立憐は置いていかれないよう必死で追いかける。ほとんど変わらない身長の二人だったが、満砕の足は速く、あっという間に差は開いていく。


 村一番俊足の俺について来られるかな、と内心ほくそ笑む満砕だったが、優れた聴覚は風に運ばれてきたすすり泣きを捉えてしまった。


 急いで足を急停止させる。辺りに土埃が舞い、速度を押し殺す。やりすぎたか、と思いつつ、ぐるりと体ごと振り向いた。


 牛車五つ分離れた後ろに、黒い髪の小さな体が体勢を崩しながら、懸命に足を動かす姿があった。


 足を止めている満砕に安堵したのか、それとも悔しかったのか、立憐は口を一文字にきつく結んでいる。ようやく辿りついた立憐の青い目は揺らめいていた。


「ったく、こんなことでいちいち泣くなよ」


「だ、だって、満砕がどんどん先、行っちゃうから」


「競走だって言ったろ? 仕方ないから引っ張ってやるよ。ほら、一緒に行こう」


 手を差しだすと、さきほどまで泣きかけていた立憐は一瞬にして笑顔になった。単純なやつだと思う。だが、自分も大差はない。最初から置いていくつもりはなかったと立憐が知ったら、頬をふくらませて怒りそうだと、満砕は心中で含み笑う。


 二人は手を握り合い、揃って家路を辿った。




 朝日を浴びて起床したあと、満砕と立憐は家の手伝いと村内でのこまごまとしたおつかいをこなす。二人が本格的に畑仕事をするにはまだ幼く、子守りをするには元気すぎた。村の中で年の近い子どもはいないため、満砕と立憐はいつも二人で過ごしていた。


 真昼を過ぎて山に入る。自然が生みだす恵みを少しだけいただくためだ。立憐の母親の優蘭ゆうらんに持たされた籠を背負って山道を進んでいった。


「獣道に入ってはいけないよ。戻れなくなるからね」


 口を酸っぱくして言われた注意に、二人は素直に従う。


 なぜなら、以前に注意を守らず、立憐とともに真夜中の森で野宿するはめとなったからだ。遠くで聞こえる野犬の遠吠えや、まるでこちらを狙っているかのような梟の鳴き声に二人は抱き合って怯えた。あのときは火の起こし方を知っていた立憐と、総出で探しに来てくれた村人たちのおかげで事なきを得たのだった。


 道を逸れようとそそのかした満砕を、立憐は責めなかった。自分も反対しなかったと、村人たちの叱責を一緒に受けてくれた。


 自分一人が怒られるのはまだしも、立憐や、親代わりでもある亞侘と優蘭に迷惑をかける行動は慎もうと、満砕は心に決めたのだった。


 麦畑とは逆の方向にそびえる山に入ると、早速道なりに山りんごがなっていた。


「今が食べごろだよ。母さんが喜ぶ」


 嬉しそうに微笑む立憐に、満砕の心も温かくなった。


「俺がのぼるから受けとってくれ」


「山りんごの木は幹が太いけど、枝は弱いから気をつけてね」


 のぼり始めながら返事をして、満砕はするすると器用に中程までよじのぼった。赤く熟していそうなものから、下に待っている立憐に向かって落としていく。服の裾を広げて、立憐は受けとっていった。


「黄色のはどうする?」


「また今度取りに来よう。そのころにはきっと食べごろだよ」


「おばさんに菓子作ってもらおう」


「砂糖が高くなったから難しいかも。畑のさとうきびも、今年は多くできなかったから都にほとんど持ってかれちゃうらしいよ」


 耳聡く村人の話を聞いている立憐の情報に、満砕は木から飛びおりて顔をしかめた。


「貴族のやつら、何でもかんでも持ってくよな。あんなにたくさんある麦だって、ほとんどがお貴族様のもんになんだろ? それから都へ、王宮へって、俺たちから取りすぎなんだよ」


「気持ちは分かるけど、どこで聞かれてるか分からないんだから、貴族の悪口は言っちゃいけないって母さんが」


「へいへい。最近おばさんに似てきたな、立憐」


 困った表情で注意してくる立憐に、貴族への苛立ちを少しだけ八つ当たりした。


 立憐だって、それこそ大人の村人たちだって、みんな同じ思いを抱えている。抱えていても黙っている賢い者のようにならなければならない。頭では分かっていても、満砕はまだ子どもだった。立憐みたいに聞き分けのよい、いい子にはもうしばらくなれそうになない。


 きのこや山の果物を採りながら、山の中腹まで差しかかると、空は段々と暮れていった。陽は完全に落ちていないが、下山する時間を考えると帰路についた方がいい。


「立憐、そろそろ帰ろう」


 重くなった籠を背負い直し、来た道を戻ろうとしたときだ。地響きに似た音が鳴り、何かがこちらに迫ってくる振動を感じた。


 瞬間的に立憐の手を引いて、茂みの中に飛びこんだ。


 時間を置かずして、一度も行ったことがない王都があると言われている山の向こう側から、三台の馬車が勢いよく村の方へ走り抜けていった。一瞬の出来事に、満砕も立憐もぐっと息を呑む。草の陰になって気づかれなかった二人は、しばらく静かに身を縮めるしかできなかった。


「……今の馬車、村に行ったよね」


 顔を真っ青にした立憐に何も言えない。満砕は恐ろしい予感が頭からぬぐえなかった。


 満砕は立憐の手を引っ張った。しかし、いつもよりも重い体に、彼が背負ったままの籠に目がいく。立憐の背中から籠を強引に引きはがし、中身が転がるのを無視してその場に放った。


 再び立憐の手を取り、いつも以上に足を広げ、腕を大きく振った。


「満砕! ちょっと、待って! 速すぎるよ!」


 足を絡ませながらも走る立憐は、必死に満砕についていこうとする。満砕もできるだけ立憐の限界の速度に合わせながらも、心ははやるばかりだ。小刻みに吐きだされる立憐の浅い呼吸を耳にしているときも、満砕の頭には優しい村人たちの顔が浮かびあがってきた。


 さきほどの馬車は、月に一度集落にやってくる商人の車ではなかった。去り際にめくれ上がったほろの奥に、鎧をまとった兵士が何人も乗っていたのだ。立憐は幌の奥が見えていなかったはずだが、昔から空気にさとい。鳥が声を潜めているのも、村の異様な静けさも感じとっているはずだ。


 兵士が村に何かしに来た。証拠はない。だが、平穏が崩れそうな気がしてならない。体が強張るような、反対にすくむような、いやな予感に囚われている。


 ――俺の、俺たちの村に何かさせてたまるか!


 立て続けに親が病気で死んだ満砕を、村人たちは面倒を見てくれた。特に同じ年齢の男の子がいた立憐の家は、満砕を本当の家族のように迎えいれてくれた。八つになるまで健康に生きてこられたのは、村人たちの優しさがあったからにほかならない。


 今までの幸せを、これからの幸せを壊されてたまるものかとはやる胸を抑えて、とにかく足を動かし続けた。


 麓まで来ると、立憐は肩を激しく上下させている。このまま一緒に村の道を走らせるのは酷でしかない。


「俺は先に行く。立憐はあとからついてきてくれ」


「いやだ! はあ、んぐっ、置いて、行かないでよ」


「村が何ともなかったらすぐ戻ってくるから。俺と一緒に走ったら、今度こそ気を失っちまうよ」


 立憐の額に浮かぶ汗をぬぐってやり、「満砕!」と叫ぶような制止の声を振り払って一人で集落へと走った。


 ぽつぽつと灯っている明かり。いつもなら、野犬を追い返すためにもっと火を焚いているはずだ。


 異常事態はやはり村で起きている。集落の入り口に辿りつくころには、さすがの満砕も息が上がっていた。夜の夕飯時にはない恐ろしい静けさに、焦燥感が増していく。気配はあるものの、村人の姿はまったくといって見えない。


「やめて!」


 悲愴な叫びを耳にして、満砕は反射的に走りだした。今の声は優蘭のものだ。いやだ、何も起こらないでくれと祈りながら、立憐たちと暮らす家に向かう。


 見慣れた家の前に止まった三台の馬車。山の中で見かけた、兵士が乗っていた馬車だ。家の中から漏れた明かりによって、十人以上の兵士が取り囲んでいる光景が目に入ってくる。抵抗しているのは亞侘と優蘭だ。二人は兵士によって取り押さえられていた。


「ごたごた言ってないで、早く差しだせ! 隠し立てするならば容赦はしない!」


 叫ぶ兵士に二人は力強い瞳を向けている。その姿に腹が立ったのか、兵士は腕を振りあげた。満砕は怒りを燃えあがらせ、殴ろうとした兵士の腕に飛びつくと歯を突き立てた。


「な、なんだ、このガキ?」


「満砕っ!」


 勢いよく振り払われた拍子に、満砕の体は軽々と飛ばされる。一回転しながらも空中で体勢を整え着地し、もう一度兵士に飛びかかろうと構えた。


「満砕、お願い! あの子、、、を連れて逃げて!」


 優蘭の叫びに、満砕は一瞬だけ静止して、足の向きを素早く変えた。次の瞬間には、今まで走ってきたばかりの道を駆け戻っていた。


「おい! あのガキを追え!」


 背後で兵士の叫ぶ声が聞こえてくる。下山の疲れも忘れて、とにかく足を動かし続けた。


 ――おばさんは言った、「あの子」を守ってと。


 やつらの目的は「立憐」なのだ。山の中に立憐を置いてくればよかったと後悔した。いつも行動をともにしてきた癖が、このようなところで仇となるとは誰が予想できただろうか。


 大人の足は速く、兵士ともなれば村人たちとの脚力と比べ物にならない。満砕の後ろにすぐ追いついた兵士の掴みかかろうとする腕をかいくぐり、満砕は方向転換すると、集落の入り口ではない方へ向かった。


「ここは内緒の通り道だよ」


 どこか照れくさそうに立憐が教えてくれた、草木でできた通り穴をくぐる。そこは子どもの体が通る大きさしかない。体格のいい兵士は入ることもできず、絡み合った蔦でできた格子は兵士の目を撒くのに適していた。


 山に向かう道のりに戻れば、立憐は足を引きずるようにして駆けていた。立憐は戻ってきた満砕を見つけると、ほっとした様子で手を振る。しかし、満砕の切羽詰まった血相に、すぐに顔色を変えた。


「満砕、どうしたの? 村は――」


「そんなことはいいから、早く逃げるぞ!」


 後ろから馬の足音が響いている。満砕の姿は見られていないだろうが、逃げるとすれば、麦畑か山間だと思われているはずだ。


 森の中に逃げこむしかないだろう。満砕はそう判断して、再び立憐の手を引いて山の中に入った。


 村人たちに怒られてから入らなかった森は案の定不気味でしかない。さきほどまで驚くほど静かだった野生動物の声が、やけに騒がしい。


 手元に火がない以上、辺りは真っ暗だった。体の端々は木の枝によって傷つけられていく。それでも進む足を止められない。獣道と言われるような道なき道を、草木をかき分けながら強引に進んでいった。


「こんなに奥に入ったら戻れなくなるよ!」


 泣き叫ぶように告げてくる立憐に、満砕は言葉を返せない。「待って!」「説明して!」と嘆く立憐に、強く手を握り返すことしかできなかった。とにかくどこか安全なところに立憐を隠さなくてはと、息の足りていない頭の中はそれしかなかった。


 もっと闇が濃くなれば、恐ろしい獣の時間となる。だが、今は獣よりも同じ人間の方が恐ろしい。兵士が来るよりも早く、どこか遠くに立憐を連れていかなければならない。


 木が開け、目前に崖がそびえていた。裸の岩場の足元には、草木に隠れて洞穴がある。どこに通じているか分からないが、一旦立憐をこの場に隠し、兵士の動きを確かめた方がいいだろう。


 考えついたばかりの作戦を告げようと、満砕は立憐の方へ振り向いた。


 ドガッ!


 音とともに衝撃で目が眩む。何が起こったのか分からないまま、頭への激しい痛みが遅れてやってくる。


「満砕っ!」


 立憐の声と、複数の草木を踏む音。ぶれた視界は正しい情報を届けてくれない。


「こいつ、悲鳴も上げねえ。可愛くねえなぁ」


 前髪をむしられるように掴まれ、体を乱暴に持ちあげられる。頭から頬へと流れる熱い感触とともに、がんがんとゆすぶられる頭の痛み。


「おまえが強く殴りすぎたんだろう? 可哀相に、目を回してる」


「可哀相なんてこれっぽっちも思ってねえだろうが。さっ、ご所望の『巫子様』は手に入れたんだし、さっさとこんな辺鄙な土地からおさらばしようぜ」


 目の前の兵士は満砕に興味をなくして、力任せに放った。満砕の体は巨木に当たり、体勢を整えられないまま根本に崩れ落ちる。


「御上が首を長くしてお待ちしている。急がなければ」


 耳からしか入ってこない状況に、満砕は自分が殴られたのだとようやく悟った。


「放して! 放してったら!」


 抵抗する立憐の声。複数の知らない大人の声。血の巡りがかあっと頭の中でうごめいている。段々と戻ってきた視界は赤く濡れていて、その向こうで兵士に捕縛された立憐がいた。


 立憐が捕まってしまった。痛みも忘れて、立ちあがろうともがく。しかし足は震え、ただ立つこともできない。その姿を嘲笑う兵士の声が響き、立憐の悲鳴が遠ざかっていく。


「満砕‼」


 助けを求めるような立憐の叫びに答えられないまま、満砕の意識は暗闇の中に沈んでいった。



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