屋敷の廊下をキャロルがワゴンを押しながら歩く。
ワゴンの上には、夕食で出された料理と同じ物が乗っていた。
(守の奴・・・お腹すかせてますわよね・・・わたくしとした事が、やりすぎてしまいましたわ)
守の部屋の前まで来たキャロルは、部屋をノックしようとする。
しかし、部屋の中から聞こえてくる皆の声に気が付き、その手を止めた。
(・・・なるほど。守皆からお菓子などを貰ってますの・・・。でしたら、この料理は不要・・・ですわね)
ワゴンを握るキャロルの手に力が入る。
「みんな・・・気使ってお菓子とかくれてありがとう。でも9時になったら食べさせてもらうかな」
「何でだよ、腹減ってるなら今食べたらいいだろ」
「もし万が一キャロルが食事とか持ってきた時、腹一杯だったら悪いだろ」
「キャロルが・・・? あり得無ぇって! もし持って来たら明日は俺がイワシでいいぜ!」
バンッ!と、音を立てて開いた扉からキャロルがワゴンを押しながら入って来る。
「食材が予定より多く取れたので、余ってしまいました。捨てるのも申し訳ないので、食べてくださいまし」
「ほら見ろ! 俺は信じていたぞキャロル!」
「ふんっ・・・」
「まさかキャロル・・・そんなーーー」
「イワシ」
「待て・・・話せばーーー」
「イワシ」
大地は床に膝を着く。
「大丈夫。はい。酢昆布あげる」
「ありがとう沙耶・・・。」
「頂きます!」
守は見るからに上等な肉を口にほうばる。
「旨ぇーー!」
美味しそうに食べる守を見て、ちょっとだけほっとするキャロル。
「皆さん。明日からの予定をコーヒーでも飲みながらお話しますわ。コーヒーとちょとしたお茶菓子を用意致しますので、少しお待ちくださいませ」
そう言ってキャロルは部屋を後にする。
「・・・守君は、キャロルちゃんの事、良く分かってるんだね」
千里は少し不安げに守を見ながら聞く。
「ん? なんとなくだよ」
「ふぅん・・・」
「?」
しばらくしてキャロルがコーヒーとお菓子を運んで来る。
そして手際良く、それぞれにコーヒーを注いでゆく。守も食事を終え、テーブルに座った。
「では、簡単なミーティングを致しますわ。明日からは毎日訓練を行います。朝8時半に砂浜に集合、夕方17時まで武活と同じように訓練をしますわ。氷雪会長は訓練を見て、アドバイスなどを頂けると助かります」
「分かった」
「それ以外の時間は自由ですので、泳ぐも良し、温泉に入るも良しですわ。よろしくて?」
『了解』
「就寝は一応10時半と致しますわ。楓のいる手前、その時間までには部屋に戻ってくださいまし」
「今は9時半か・・・まだ時間あるな・・・。何かするか?」
「私、トランプ持ってきたんだけど・・・みなさんやりませんか?」
楓はポケットからトランプを取り出す。
「わたしは構いませんよ。ナポレオン、ラミー、ホイスト?どれに致しますか?」
「えっ・・・キャロルお姉ちゃん・・・私、大富豪とババ抜き位しかやった事なくって・・・」
「心配するな楓ちゃん。俺も同じだ」
「では大富豪に致しますか。そうですわね・・・革命・8切り・スペ3・禁止上がりの4ルールのみ適応という事で。階級は7人居ますので、大富豪・富豪・平民・平民・平民・貧民・大貧民で如何でしょう? しかし・・・平民が3人なら特殊ルール【取引】も採用した方が盛り上がるかと」
「面白そうだな。それでやろうぜ!」
「では、始めますわ」
キャロルは慣れた手つきでトランプを混ぜ、配り始めた。
「お前手際がいいな」
「父の船でディーラーをしていた事もありますので」
「へぇ・・・」
しばらくトランプに興じる一同。
「守。・・・いや大貧民。手札を見せなさい。・・・へぇ。大貧民のくせにいい物持ってますわね。これは私が上手に使って差し上げますわ。タダとは言いません。代わりに、これを受け取って下さいまし」
そう言ってジョーカーとスペードの2を取り上げ、代わりにハートの6と7を渡す。
「くっ・・・そうやって・・・そうやって権力者は、いつも俺たちの大切な物を平気で奪っていく・・・恥かしくは無いのか!?」
「悔しかったら勝つ事ですわね」
守は自分の手札を見て、あることに気がつく。
「ククク・・・余裕ぶっているのも今のうちだぞキャロル! 食らえ・・・革命!」
「革命返し」
「なっ!?」
キャロルは守から奪ったジョーカーを混ぜて間髪入れずに革命を返す。
「言ったでしょう?
「ち・・・畜生・・・!」
「諦めるのは早いぞ守」
「貴方は・・・富豪の大地さん!?」
「いい加減・・・富豪の位置にも飽きてきたんでな。席を空けてもらうぞキャロル! 必殺・・・革命返し返し!」
大地はさらに4枚のカードを出してキャロルの革命を返す。
「なっ!? そんな馬鹿なーーー!?・・・とでも言うと思いましたの? 正直わたくしも、貴方ごときが私の下で、富豪を名乗っている状況に飽きてきた所ですの。落ちてもらいますわよ」
「へっ・・・負け惜しみを・・・!」
試合は進行し終盤に差し掛かる。
大地は8切りをして流す。
(俺の手札は4が3枚エースが1枚。3は場に2枚切れている。しかもその2枚はャロル自身切ったもの、つまり・・・俺が4を3枚場に出せば、残り1枚のジョーカーと3が2枚の構成で無いと返す事は不可能。守の最初の反応を見るに、キャロルに奪われたカードは恐らくジョーカー2枚、もしくはジョーカーと2のはず。つまりキャロルが最初から3を4枚に加え、ジョーカーを持っていないと返す事は不可能・・・その可能性は・・・ほぼ0%!)
大地は4を3枚場に叩き付ける。
「どうだキャロル!?」
「だから貴方は富豪止まりなのですわ。0%以外の数字に期待をするなど」
キャロルは手札から3が2枚とジョーカーの構成で叩き付けた。
「なっーーー!? 馬鹿な!?」
「流し・・・ですわよね?」
「クッ・・・」
キャロルはカードを流し、最後に4を場に出した。
「4だと!? キャロルは革命の後3~10のカードしか出していないはず・・・守の革命をそのままにしておいた方がキャロルには好都合だったはず・・・しかしそれをわざわざ返した・・・つまり
「今頃分かりましたの? それと貴方の残りの手札はエース、もしくはキングですわね? 貴方はもう一度革命が起きたときのために、戦力となるを手札に残して置いた。その1枚の差が、今から一気に大貧民になる貴方の敗因ですわ。貴方はわたくしの切った札をすべて覚えていたようですが、わたくしは全てのメンバーが切った札を記憶していますのよ」
「・・・化け物め・・・」
そのまま試合は終了した。
「最後の最後で富豪から大貧民かよ~・・・」
「大地貴方の読みはまぁまぁでしたわ。ですが、爪が甘かったですわね」
「しかし大地。お前、こういう事に関しては頭回るのな」
「学生の頃は学校にゲームは持って行けなかったし、トランプとか将棋とかばっかりやってたからなぁ」
「負けちゃったけど・・・楽しかった!」
「うんうん」
「ずっと平民。」
「さ、皆さんそろそろ部屋に戻って下さいまし。明日からはみっちり訓練致しますわよ」
「はーい。おやすみなさ~い」
各自は自分の部屋に戻っていった。
「さてと・・・」
キャロルは守の食べた後の食器を、手際よく片付け始める。
「あ・・・俺がやるよ」
「いえ、貴方は一応客人なのですから、わたくしが片付け致しますわ」
「でも・・・」
「言い方を変えましょう。この食器はとてもお高いんですの」
「うっ・・・。」
「お気持ちは感謝致しますわ。そうですわね・・・代わりといっては何ですが、暖かいお茶をいれて来ますので、一杯付き合って下さらないかしら?」
「そんな事でいいなら」
少ししてキャロルが急須と湯飲みを運んで来た。
お茶を2つの湯飲みの注ぎ、一つを守に差し出す。
「色々ありがとなキャロル」
「気にしないでくださいまし。それよりお願いしていたあの籠手は、持って参りましたの?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
守は荷物の中から籠手を取り出し、それをキャロルに渡す。
「やはりあの決勝戦を見て、これに気が付いた者もいた様なので、もう一度預からせて頂きますわ。まぁ、もう今の貴方なら奪われる事も無いのでしょうけど、わたくしも調べたい事が出来ましたので」
「ずっと研究しているけど何か分かったのか?}
「いままで多くの著名の方が研究を行っていますのよ? そう簡単に新しいことが見つかるはずありませんわ」
「そういやそうだよなぁ・・・」
「ですが今回、貴方の戦闘でこの籠手に使われている龍麟鉱が変化した事。その事で少し確かめたい事がありまして。今まで確認されている特殊型ドラゴンの中には、棘のような鱗に変化するもの、鱗の厚さを自由に変えられるもの、鱗がまるで刃物のように変化するもの。中には自身のサイズ自体を変えられるものと様々な個体がいますの」
「へぇ・・・色々なやつがいるんだな・・・」
「ゲートの向こうでも生存競争があるはずですので、それに負けないために、様々な形に進化したと考えられていますわ。ですが・・・どの個体も死亡すれば、ただの鱗に戻ってしまいますの。そこで、もしかしたらドラゴンの血を引く貴方は、龍麟鉱を
「そんな事俺に出来るのか・・・?
「わかりません・・・ですからこの籠手から採取した龍麟鉱に加え、わたくしが所持している龍麟鉱と、貴方の血液を反応させて、変化を見る実験を行いたいですの。もしそれが成功すれば・・・自由に変形出来る武器が、加工のコスト無しで量産出来るかもしれませんわ」
「俺の血・・・無くなりそうだな・・・それ」
「死なない程度に採取させて頂きますわ」
「この・・・マッドサイエンティストめ!」
「この世界の未来のためですわ」
「ま・・・死なない程度に出来る事は手伝うよ。お前の頼みならな」
「お願い致しますわ。・・・所で守・・・話は変わるのですが・・・」
「なんだ?」
「貴方・・・千里と一緒に水着を買いに行ったそうですわね?」
キャロルはジトーっとした目で守を見つめる。
「な・・・なんだよ別にいいだろ!?」
「別に構いませんけど? ですが、ああいう露出の高い水着がお好みだとは知りませんでしたわ」
「いや・・・俺海とか行った事無かったし、CMとかで見る水着ってあんなのだろ!?」
「ふんっ・・・。苦しい言い訳を・・・。とにかく明日からは訓練ですので、もう就寝すると致しましょう」
「おっ・・・もうこんな時間か。そうだな寝るとするか」
お茶を片付けてキャロルは部屋を後にする。
「では、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
「歯はちゃんと磨くんですのよ」
「おう」
「お腹を出して寝てはいけませんわよ」
「うるせぇな!・・・お前は俺の母さんかよ!?」
「なんですって~!? 人が折角心配して差し上げてますのに! バカッ!」
扉を勢い良く閉めキャロルは立ち去って行った。