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1-10 お付き合いします!


 そういえば名乗っていなかったなぁと暁玲シャオリンは思い出して、今更だったが自己紹介をした。が、憂炎ユーエンはこちらをじっと見つめるばかりでなにか言うでもなく。あれ? と暁玲シャオリンは首を傾げる。


「あ、ええっと····もう夜も遅いし師父が心配するので、私はこれで」


 父親の死の真相を想像ではあるが可能性として伝えたことが、彼の中でどう処理されたかはわからない。妖者は塵も残さず消え去った。彼の復讐心はどうだろう。本当は自分の父親がされたように、永遠の苦しみを与えたかったのかもしれない。


 気まずくなって去ろうとしたが突然右手を掴まれ、ますます困惑する。


(うぅ····なんだか怒ってません? やっぱり私が余計なことをしたと思っているんじゃ······けれども、あれを苦しめたところで誰も救われないし、彼の気持ちだって晴れはしないでしょう)


 無言のままなにも言ってこない憂炎ユーエンにしびれを切らした雪玉シュエユーが、ぴょんと彼の左肩に飛び移ってぺしぺしと前脚で左頬を軽く叩きだす。


( だ、だめですよ、雪玉シュエユー!)


 あわあわと焦る暁玲シャオリンをよそに、雪玉シュエユーは調子に乗ったのか憂炎ユーエンの顔面にしがみ付いた。急に暗くなった視界に対して、憂炎ユーエンは我に返ったかのように掴んでいた右手を放した。


『きゅ~? きゅきゅ』


「······すまない。俺が悪かった」


『きゅ!』


 もごもごとこもった声で謝罪をした憂炎ユーエンに対し、雪玉シュエユーは「わかればよろしい!」とでも言うように顔面から離れて左肩に戻った。どうやら彼のことが相当気に入ったらしい。


「今夜は俺と一緒にいて欲しい」


「え? わ、私ですか? ····ええっと、」


 碧い眼はどこまで真剣で、いったいどういう意味なのか、と暁玲シャオリンはますます首を傾げるしかない。


「少し、付き合ってもらえるか? 母さんにこのことを知らせたいから、」


「····それはかまいませんが、見ず知らずの者がこんな時間に突然お邪魔しても大丈夫でしょうか?」


「あんたが一緒にいてくれたら、上手く話せるような気がするんだ」


 言って、少しだけ笑った憂炎ユーエン暁玲シャオリンは思わず見惚れてしまった。見惚れた、は間違いかもしれない。驚いた、が正解だろう。


 ほんの少しの間一緒にいただけだが、彼は笑わないひとなのだと思っていた。どこか感情を抑えていて、抑揚もない。表情がほとんど変わらず、怒っているような印象ばかりだった。父親の死がそうさせたのか。それとも元々そうだったのか。


「そういうことなら、お付き合いします!」


 頷き、暁玲シャオリンは笑顔で答えた。


 憂炎ユーエンの実家は北区にあるらしく、西区からは少し距離があった。その間、暁玲シャオリンは少しだけだが自分の能力のことを話した。信じてもらえなくてもいい。それでも、なんだか話したいと思ったのだ。憂炎ユーエンはなにか言うでもなく、ただ静かに聞いてくれた。


「つまり私の頭の中は、たくさんの書物を収める倉庫みたいなもので····って、変なこと言ってるって思ってません?」


 おずおずと隣を歩く憂炎ユーエンを覗き見るが、まっすぐ前を向いたまま「別に」と答えただけで、それ以上の言葉はなかった。


「····その生き物、」


雪玉シュエユーのことですか? この子は私の相棒で、あ、でも本当の主は師父なんですが。過保護な師父が私のお守り役として、常に私のそばにいるように命じてるんです」


『きゅ!』


 雪玉シュエユー暁玲シャオリンの頭の上に乗って、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。重みという重みはないが、触れられている違和感は感覚としてある。


 本来、顕現していない状態だと普通の人間には視えないし、声だって聞こえない。憂炎ユーエンは道士の中でもかなり実力があり有能なのだろう。でなければ首席道士になどなれるわけがない。


「私、この依頼を受けた時に、どうして王宮の道士たちはこの件から手を引いたのか不思議だったんです。でも、資料を眺めている内に気付きました。少なくとも、この資料を書いた方は諦めてなどいないと。いつか、必ず解決する。そのために些細なことも見逃さない。そんな執念が伝わってきました」


「俺もそれには何度も目を通したが、そんな風に読み取る余裕なんてなかった。結果だけを頭に入れ、ただ復讐のために、一字一句忘れないように、と。それを書いたのは道長どうちょうだと思う。あのひとは俺がこの件に関わることを嫌がっていたが、結局はなにも問わずに行かせてくれた」


 父、龍瑯ロンランの道友であった劉帆リュウホ道長どうちょうもまた、あの日の後悔を抱いたままこの十年、苦しんでいたのかもしれない。戻ったら一番に報告する相手であることに、憂炎ユーエン少なからず運命を感じるのだった。




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