『馬鹿な····霊力などほぼ無いに等しかったはず、なのに······なぜ、』
消えていく自身への絶望より、最初の強力な陣で霊力をほとんど使い果たし、役立たず同然だった
「それは、この子の霊力を分けてもらったからですよ。
(俺の後ろでこそこそしていたのは、あの精霊から霊力をもらっていたから?)
じっと見つめていたら、自分の方を向いた白い毛の生き物がふふんと鼻を上に向けて自慢げにしていた。だとしても、気付かれずにそんなことができるだなんて、どういう仕組みなんだか····。
「最初の流れで確信しました。あの非常に印象的な遺体の落下から、今回の怪異の正体と思わせるような怪鳥の出現。倒したかと思った矢先、骸が動き出したこと。この一連の流れは実によくできた演出でした」
今思うと、こちらの視線を誘導させ、意識を誘導させ、あらゆる可能性を考える暇も与えないという、見事な演出だった。おかげで真実も見えた。靄が本体であるこの妖者は確かに厄介ではあるが、手に負えないほど強力な力を持っているわけではないということを。
「十年前。なぜ王宮の道士の中でも実力のある首席道士が殺されてしまったのか。あのような姿で殺されなくてはならなかったのか」
『······なにが、言いたい』
「教えてくれ。俺は知りたい。父さんがこの程度の妖者に負けるなんて考えられない。あんたはなにか気付いたんだろう? それが納得できる理由なら、俺はこの復讐に決着をつけられる」
わかりました、と少女は頷いた。
「当時の資料を見た時、遺体の配置に違和感を覚えました。かなり事細かに書かれていたので、現場にいた道士の方が書いたものでしょう。そこにはこの怪異に対して強い敵意や執念のようなものを感じましたので、もしかしたら殺された方と近しい関係だったのかもしれません」
その資料とは未解決の怪異事件を綴った書物だが、どこで見たとはあえて言わない。それは自分の頭の中に存在しており、それを説明すると余計にややこしくなってしまうだろう。突っ込まれないように淡々と
資料にあった遺体の位置。その違和感とはなにか。現場にあった遺体は片足を千切られた女性のものと、四肢をバラバラにされ頭を潰された道士の遺体のふたつ。女性の骸に靄が入りそれと戦っていたのだとしたら、道士の遺体はそれと向かい合うのが自然だろう。忘れてはいけないのはこの場には"三人いた"ということ。
その三人目こそ、今回最初に発見された左眼のない女性で間違いない。道士の遺体は片足の千切れた遺体を背にしていた。普通に考えれば女性の遺体が
「通常、敵が正面、保護対象が後ろにいた場合、遺体の向きがこのような配置になるとは考えにくい。あなたの御父上は、強敵を目の前にして背を向けるような方ではないでしょう?」
「ああ····他人のために自分が傷つくことも厭わない、そんな正義感と自己犠牲の強いひとだった」
唇を噛みしめ、少し辛そうな表情で
「運が悪かったと言ってしまえば確かにそうでしょう。ここからは私の憶測ですが····おそらく彼がその現場に辿り着いた時には次の獲物がすでに狩られており、あなたは四人目の獲物の身体から次の一番目となる骸の身体に移動するところだったのではないですか?」
『ふん、どうだろうな』
骸は嘲笑うように口の端を上げて、惚けたような口調で質問の答えを曖昧にする。
「道士が現れ、想定外のことに対してあなたは考えたはず。この状況を乗り切らなければ、間違いなく滅されてしまうだろうと」
「遺体はふたつあり、どちらにもあの靄が入り込んでいたということ。片方はわかりやすく大量に、片方は気付かれないくらいごく僅かな量で。つまり、今回最初に見つかった遺体の、無くなっていた左眼ほどの量で」
ではなぜ道士があの向きで殺されていたのか。想像できる可能性のひとつ。
「先程のように考える間もなく片方が動き出し、あの黒い靄を身体中に纏って襲い掛かってくれば、まずそちらを対処するでしょう。もうひとりの倒れている方の生死を確かめる暇など無かったはず。あなたはもうひとりの骸の中で機会を窺いながら、ある程度の力でもうひとりを操り、わざと道士にやられたんです」
『ふふ····あはは! ······その通りよ、可愛い道士さん。あの道士はあなたと違って、私の思い通りに動いてくれるもんだから、楽だったわ』
妖者はけたけたと笑いながら、
『生きているふりをして目を開けた時の、あの道士の顔。立ち上がって向かい合った時、完全に油断していたあの顔が、その次の瞬間、信じられないって顔で見下ろしてきた時のあの顔が、今も忘れられないわ····ホント、傑作だった!』
鋭い爪はその胸を貫き、道士は前のめりに倒れた。足元に広がっていく赤い血だまり。それは今まで骸が倒れていた場所に残っていた血痕も飲み込んでいく。その後は虫の翅を千切るように四肢を一本ずつ千切って遊び、それでも光の消えないあの眼にイラついたので、最後は頭を潰してやった。
『その後は履物を持って屋根に飛び移り、痕跡を消した。道士たちを欺くにはじゅうぶんでしょ? それから十年経って、このザマ。その息子の手で滅せられるなんて愉快すぎる結末、誰が予想したか』
妖者の身体が足元からだんだんと崩れ始め、キラキラとした氷の結晶と化していく。身体を保てないくらい本体の靄が浄化されてしまったのだろう。
「言ったでしょう? こうなることは、十年前から決まっていたと」
殺された道士が、
あの資料を読んでいなければ。記録していなければ。自分たちがこの場に居合わせなかったら。どちらかが同じ轍を踏んでいたかもしれない。そう考えると、これもひとつの
「あなたは確かに厄介な妖者ですが、けして強い妖者ではありません。あの時、彼の後ろにいたのが心強い仲間の道士だったら、あなたはそもそもこの場にはいなかったでしょう」
何百年も解決できなかった【怪異】の原因。その妖者の最期をしっかりと見届ける。光の陣は消え去り、月明かりだけがぽつんと夜空を照らしていた。
「申し遅れました。私の名は
言って、静寂のおとずれた大通りの真ん中で、