右手に刃の青い
左手に刃の赤い
突き立てられた爪を逆手で持った
その一閃は骸の胸元を抉ると同時に、切り裂かれた傷口が一瞬にして凍った。氷の気をまとう
『やるわね、坊や』
凍ったままの傷口は再生できないようで、骸は視線だけそこに向けた後、まだ余裕があるのか嘲笑を浮かべながら肩を竦めて
『そういえば、あの時の道士も今のお前と一緒で、後ろにお荷物を抱えていたわね。結果、私に殺された。もちろんあの後、四人目の獲物も美味しくいただいたわ』
「そうですか。それが真実か虚偽かはさておき、今回は違いますよ。なにせ私も道士ですから!」
ふふん、と
後ろにいる
『確かにさっきの陣は危なかったわ。気付かなければやられていたかもね。けど、今は虫けらと同じ。そんな赤子同然の力で、私に勝てるとでも?』
「そんなことよりも、訊いておきたいことがあります。あなたが獲物を四人と決めているのは、その血で十年はもつからというのはなんとなく想像がつきます。しかし、血を喰らいそのまま捨て置けばいいものを、なぜ身体の一部を奪う必要が? しかもそれぞれ別の場所。これにはいったいどんな意味があるんですか?」
つらつらと少女は問う。骸視点では、不愛想な
『これから食べられちゃうのに余裕ね。そんなこと、どうでもいいじゃない』
「いえ、よくないです。すごく気になります。それに食べられてしまうのなら尚更、その意味を知りたいと思うのは自然なことでしょう? 死んだ後に意味もなく身体を千切られるなんて、理不尽です」
そういう問題か····と
かといって後ろで騒がしい彼女を振り向いて注意する余裕もない。骸から目を離さないように、いつでも攻撃を仕掛けられるように、こちらは少しも気が抜けないのだ。
「私が仮説するに、ひとり目が左眼、ふたり目が右腕、三人目が左脚。これは人体にふたつずつあるもの、ですよね。右か左は特に問題ではないのでしょう。では私が千切られてしまうのはどこか····十年前の資料を参考にすれば、おそらく耳でしょう」
そしてその順番も関係ない。妖者の気分でいずれかを千切るという、自身の規則のようなものがあるのだろう。血を喰らい殺した後でそれをする理由、否、
「死体を捨てた後で新しい得物を物色する。しかし靄の状態でどうやってそれをなすのか不思議でした。が、今のあなたの姿を見て確信しました」
骸も
確かに、事件を調べている時は自身も気になっていたことだが。すでに正体を現している妖者が起こす【怪異】の謎解きをしたところで、なんの意味もないだろうに。
「骸の一部となって、今のように身体を操って次の獲物を狩った後、そのまた次の獲物の身体の一部となって次の獲物を得る。四人目の獲物はまた一番目の獲物を攫い四人目を捨て、次の周期までその身体のまま鳴りを潜めるというカラクリです」
饒舌にぺらぺらと話す
『可愛いだけの道士さんじゃなかったってわけね。その通りよ』
「見つかった遺体に大量の穢れが纏わりついていたのは、元々あなたが入っていたから。残っていたのは残骸ですね」
『そうかもしれないわね。で? 他になにか言い残すことはあるかしら?』
骸は口元に手を当てて、首を傾げた。それはどこか挑発的で、勝ち誇ったかのような表情。完全に嘗められている。
『きゅう、きゅっ!』
と、耳元でなにかを訴えてくるが、
(なんだ····なにか企んでるのか?)
企んでいる、というか考えがある?
自分の後ろに隠れたままの少女。持論を披露するなら、前に出てきてもいいものだ。それをしないでこそこそ隠れている理由はなんだ?
「うーん。そうですねぇ····では、なぜあなたがそのような悪知恵を思い付いたのか、とか? 百年以上前の関連がありそうな記述によれば、共通するのは血を喰らうことと数年置きに起こること、遺体の損壊。四人というのは途中からですね?」
まるで目の前で書物を広げて読んでいるかのように語る
『そんなの単純で簡単なことよ。繰り返していれば最低限の数がわかってくるものでしょう? 四人分あれば十年ほどもつ。十年も大人しくしていれば、王宮の道士たちも世代が変わる。怪異を起こしてそれがどんな怪異でどう動くかを考えている内に、四人なんて簡単に手に入るもの。気付いた頃にはもう終わってるってわけ』
「つまり、十年前から決まっていたんですね」
くすり、と背にした少女が笑う音がやけに響いた。その台詞の意味を
『どういう意味かしら?』
明らかに声音が低くなる。それに応えるように、少女がぱんと両手を合わせた音が響いた。その瞬間、
「知りたいですか? いいでしょう、せっかくなので教えて差し上げます」
その光る陣はそのまま骸の方へと物凄い速さで伸びていき、気付いた時には光る鎖がその四肢を拘束していた。いったい、この一瞬でなにが起きたというのか。
「あなたの最大の敗因は、
ようやく
「この
肩に乗っていた精霊がぴょんと本来の主の方へと飛び移り、ぴんと黒い尻尾を立てた。
『きゅきゅ!』
精霊の鳴き声と前脚の動きから、都合よく「今だ!」という攻撃の合図と受け取った