『きゅ! きゅきゅ~!』
足元で白い毛の
『きゅ、きゅー! きゅー!』
抱き上げたまま、少女に視線を落とす。やはりあの陣の影響だろう。顔色が悪く、霊力もかなり消耗しているようだ。長い睫毛が微かに震えたのはそのすぐ後だった。虚ろな表情でぼんやりと自分の首にそっと触れて。
「あれ····? 私、首が繋がってる?」
少しずつ今の状況を把握するように、自身の身体を眺めた後、ふと視線がこちらに向けられる。じっと翡翠のような瞳で見つめられ、
(·····俺は今、なにを考えた?)
少女に見つめられ、ふと頭に浮かんだ"ある言葉"に、慌てて我に返る。
「おい。気が付いたならさっさと自分の足で立て」
そしてものすごく動揺した結果、冷たく突き放す。早く自分から離れて欲しい。
「あ、はい····すみません」
けれども目が合った時、不覚にも
"綺麗だ"、と。
気を取り直すように、少女に問う。少女はやはり道士で、あんなことができるのにまだ見習いらしい。中身のない会話を交わしていたが、今はそんな状況ではなかったと思い直す。それは、あの骸が再び立ち上がったからだ。
千切られて無くなっていたはずの左脚は黒い靄によって新しく形作られている。
特別な宝具である短剣で切り裂かれたはずの胸と腹は、あの靄が入り込んだ影響か、なにもなかったかのように修復されていく。
「俺の名は
少女の前に立ち、目の前の妖者を冷ややかな眼差しで見据える。あれが、【怪異】の正体なのか。あれが、ずっと捜していた仇なのだというなら、好都合だ。
「あれは、今から俺の獲物だ」
言って、
◇◆◇◆◇◆◇
その骸は口の端を横に広げ、にたりと笑った。
目の前に立った命の恩人とも呼べる青年の背を見つめ、
なぜなら、本来
だが、目の前の骸はどうだろう。
(やはりあの怪鳥は囮で、自身は最初からあの骸の中に潜んでいたということですね。しかも私に悟られないように、最小限の状態で)
黒い靄自体が妖者だと仮定して、それはほんの少量でも活動可能。しかも本体という概念がない。つまり、あの靄を一気にひと欠片も残さずに浄化しない限り、何度でも逃げられてしまう。
(あの陣でも逃すなんて、あり得ない····いや、私が未熟者だから、陣自体がそもそも完全ではなかったのかも)
確かにこの辺り一帯の穢れは消えた。それでも詰めが甘かったようだ。
「
「俺の獲物だと言ったはずだ。そもそもあんたはさっきの陣のせいで満身創痍だろう? 足手まといにしかならない」
イタイところをつかれ、むぅと頬を膨らませた。今の状態はまさに彼の言う通りなのだが····そうは言っていられないのも事実。
「では、勝手にさせていただきます」
はあ、と
左脚が黒い靄で形作られてはいるが、薄桃色の上衣下裳は若い女性が好んで纏うような衣で、左脚の裾の辺りがボロボロになり全体が薄汚れている状態ではあるが、攫われた時のままなのだろう。
骸は嫌な笑みを浮かべて、
『ふふ。お前、あの時の道士と似たにおいがする』
驚いたことに、骸が口を利いた。それは骸と化した女性の声なのだろうか。それとも妖者の声だろうか。あやしい雰囲気をまとったその声は、艶っぽい大人の女性の声にも思えて、
『ああ、そういえば、息子がいると言っていたな。お前がその息子というわけか。私の性質に気付いた道士はあやつが初めてだったが、所詮は人間。生かしながらその四肢を一本ずつ千切って、最期は頭を潰してやったよ』
「なんてこと····」
「どうりで····俺たちには見せられなかったわけだ」
妖者に対する憎悪が明確なものになり、おかげで冷静さが戻って来る。この手で滅するためにずっと追っていた妖者。絶対に逃がさない。
「貴様は俺がこの手で滅する」
「
疲れたなんてそんな甘いことを考えている場合ではない。間違いなく、あの妖者はずる賢い分類の妖者だろう。逃げられる前に、なにがなんでも止めるしかない。
『主菜は必ずいただくわ。男でも女でもこの際だからかまわない。それくらい、あなたの血は価値がありそう。ねえ、可愛い道士さん』
にたぁと骸に不気味な笑みを向けられ、ぞぞっと悪寒を感じた
「私なんて食べても美味しくありませんから!」
『きゅ!』
どうやら、男だということはバレていたらしい。この妖者にとって男女の区別は見た目ではなく血のにおいだったようだ。そしてその目的も血を喰らうこと。四人分の血で十年ほど持つということ? では遺体から身体の一部を奪った理由は?
『お前は要らないから、あの道士と同じように殺してあげる』
妖者は黒い靄でできた鋭い五本の爪をぶんと横にふったと思いきや、一瞬にして距離を縮め、