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1-6 亜麻色の髪の少女


 数日、事件をひとりで密かに調べている内に、華衛かえい府が動いていることを知る。あれは丞相が王宮内の不正や監査のために作った調査機関。この事件の見解に疑問が生じたのだろう。些細なことでも調べるのが彼らの仕事だ。


 この【怪異】が起こっているのは西区のみ。

 なにか理由があるのか。


 憂炎ユーエンは休暇届を出し、事件を探ることを決めた。あそこにいると次から次に違う【怪異】の解決に駆り出されるので、集中して調べられない。


 ずっと出していなかった休暇届を出した時、その理由を道長どうちょうに気付かれたかもしれない。しかしあのひとはあえてなにも訊かずに、気持ちを察してくれたようで。無茶は駄目ですよ、のひと言だけで済ませてくれた。


 今日もずっと西区を探索していた。日も暮れ始め、また夜がやって来る。そんな頃に。偶然にも目にした人物。


(あれは····華衛かえい府の、)


 中年の、なんの特徴もないどこにでもいそうな男。皆が彼のことを知っているが、誰も彼のことを知らない。いるのにいない。いたかもしれないしいなかったかもしれない。そんな、陽炎のような男。


 しかし憂炎ユーエンは彼の正体を知っていた。


烏影ウーインがなぜこんなところに?)


 裏路地に入っていく烏影ウーインの後を、悟られないように距離を置いて追尾する。その先にいたのは、白い道袍の上に紅梅色の衣を纏った少女。この国では珍しい、亜麻色の柔らかそうな長い髪の毛が目に付いた。姿からして道士だろうか。


 よく視れば、彼女の肩にはイタチのような胴の長い白い毛の生き物が乗っており、それが動物などではなく別の存在だとすぐに気付いた。


(····あれは、精霊? あの子はいったいどこの道士なんだ?)


 精霊を連れている道士など今まで会ったことがない。神仙ならともかく、普通の道士が精霊を使役するなど聞いたこともなかったし、周りにもそんな道士はいない。


「俺は色んな機関を渡り歩く役目を担っているが、今回はなかなかに奇妙。お嬢ちゃんひとりで解決するには荷が重いんじゃないか?」


「十年前····部分的に欠損した遺体····そして、どちらも生前に血が抜かれていたこと····王宮の道士たちは、なぜこの件をうやむやにして手を引こうとしているのか、」


 少女が呟いた言葉に、憂炎ユーエンは耳が痛かった。


 今回の件に関しては確かにこのような状況になっているが、この国で起こる【怪異】が起こす事件の大半を解決しているのは、天師府の道士たちだった。中には厄介なものもあり、解決できずに終わる事もあったが····。


 ほとんどの道士たちは、復讐のために属している自分とは違い、己の命も顧みずに【怪異】を滅するために戦っている。


「この辺り一帯に結界を張ります。今夜はなにがあってもけして外に出ないよう、皆さんに伝えてください。それが守れなければ、命の保証はないと」


 そんなことを考えていた憂炎ユーエンは、その台詞を聞いて彼女が華衛かえい府からこの件を引き継いだことを確信する。烏影ウーインが少女に促されこちらに走って来るのが見えた。すっと路地の奥に身を隠し、通り過ぎたのを確認した後、再び少女の方へ視線だけ向ける。


(彼女について行ってみるか····)


 どうやら少女も大通りの方へと向かうようだ。烏影ウーインの仕事が早く、大通りは衛兵たちによって警告がなされ、西区の民たちが大慌てで走り去っていく。困惑した声や不安の声が耳に届いた。


 少女は淡々と歩を進める。道中、少女が投げる符をあのイタチのような精霊が口で拾い、その符をあちこちに飛ばしていた。


 距離を取りながら様子を窺う。薄暗闇になってきた頃、事は動き出す。


 上空に黒い靄が渦巻き、なにかが降ってくるのが見えた。


 高い所から落下し、拉げているその姿に憂炎ユーエンでさえぞっとした。それに気をとられていたのも束の間、闇夜に巨大な怪鳥が現れる。それは大きな翼を広げて咆哮すると、大通りの真ん中に立つ少女を獲物と認識したのか、いきなり急降下してきた。


 次々に目の前で起こっている尋常ではない光景に、憂炎ユーエンはただ茫然と立ち尽くし、見ていることしかできなかった。少女は劣勢になりながらも、光る陣をもって怪鳥を滅した。


 あの陣はいったいなんだ?


 見たこともないその陣は、南斗六星をなぞる様に繋がっていきやがて陣となった。流派によって独自に考案される陣もあるが、あんな強力な陣は初めて見た。神仙が使う大掛かりな陣。あの精霊といい、彼女の師はまさか本当に神仙だとでも?


 この辺り一帯の穢れが一瞬にして消えた。

 どれだけの霊力を使えばあんなことができる?


 桁外れの力を見せつけられ、憂炎ユーエンは自分の口元に笑みが浮かんでいることにすら気付かなかった。普段笑うこともなく、常に表情が変わらない、感情が表に出ない顔に浮かんだ笑み。


 そんな笑みが消えたのはすぐ後。少女から少し離れた場所で横たわっていた女の骸が、ゆらりと立ち上がったのだ。少女はそれに気付いておらず、目を閉じたまま身体を休めているようだった。先に気付いたあの精霊が対峙しようとしたが、一瞬にして距離を縮めてきた骸に蹴飛ばされてしまう。


(まずい····!)


 憂炎ユーエンは腰に差していた短剣を素早く抜いて、今にも少女の喉元に鋭い爪を突き立てようとしていた骸の胸元から腹にかけて攻撃を仕掛け、そのまま勢いよく回し蹴りをくらわせると同時に、前のめりに傾いだ少女の身体を抱き上げて後ろに飛ぶ。


 憂炎ユーエンが着地する頃には、蹴り飛ばされた骸はずさっと地面を滑るように遠くまで転がっていき、やがて止まった。


 音が消えたかのように「しん」と静まりかえった、大通りの真ん中で。


 腕の中の少女はぐったりとしていて、咄嗟に抱き上げたせいか違和感があった。落としてはいけないと思い、抱き直すように腕の位置をずらす。


 そして少女に負担がかからないように肩をしっかり抱いて、壊れ物にでも触れるかのようにそっと自分の方へと寄せた。




✿〜おしらせ〜✿


憂炎視点では暁玲を『少女』と認識しているため、誤字ではありません。序盤のすれ違っているふたりの認識をお楽しみください♪


雪『ボクの相棒の暁玲は超絶可愛くて見た目美少女だけど、ちゃんと男の子だよ ʕ•̀ω•́ʔ✧きゅ!』

暁「誰と話しているんです、雪玉?」

雪『きゅ〜♡』


✿✿✿✿✿✿✿✿


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