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1-5 因縁


 あの遺体を見た時、思わず口にしていたこと。


「····十年前の、あの事件と同じ、」


 それを言った後の、先輩道士の反応。二転三転しだす言動。動揺。そのすべてが、そうであることを肯定しているようなものだった。


「ということで、この遺体が殭屍きょうしにならないように穢れを鎮めるが、我々はこれ以上、この件について関わる必要はないと判断した」


 王宮には【怪異】対策のための道士が五十人ほど在籍する、天師てんし府という部署がある。


 それぞれ階級があり、【怪異】の脅威度に合わせて組み合わせが調整され、だいたい三人一組でそれぞれの場所に配置された。階級によって纏う道士服の色や形が違い、首席は黒、次席は青、甲は深緑、乙は薄緑、丙は白となる。


 これらをまとめるのが道長どうちょうで、そのさらに上に府の責任者である老師がいる。ちなみに道長と老師の纏う道士服は、それぞれ見た目や装飾が違うだけで色は同じ赤である。


 階級はあるが、尊重されるのは一に道士としての経験の長さ、二に階級となっている。つまり個人の能力の高さよりも経験のある先輩道士の下す判断の方が重要視されるのだ。


 階級が役に立つとすれば外での信頼度の高さと貰える報酬が多いくらいで、正直あまり意味を成さない。それでも首席道士になるために必死に上を目指したのには理由があった。


(数週間前から起きている行方不明事件、関係ないとされていた数日前に発見された左眼のない遺体、そして今回の右腕のない遺体。共通するのは若い女性。遺体の損壊。消えた大量の血、)


 首席道士である憂炎ユーエンは、古参の先輩道士と共に検死に立ち会い、その横で見立てを聞いていた。


 そしてその違和感に気付く。


 先輩道士は目の前の結果に対して、なにかを隠したい、もしくは誤魔化したいというような意図の言動をしていることに。現に、事件に関しては手を引き、殭屍きょうしになりかけていた遺体の穢れを鎮めることだけを役目とした。


(やはり····この怪異は、あの時の怪異なのか?)


 曖昧な結果を告げ、一応調べるという形だけのやり取りに、憂炎ユーエンは眉を顰める。十年前、元王宮の首席道士だった父親が関わった事件。


 被害者も守れず、自身も守れずに殺された事件。首席道士でも敵わなかった【怪異】は、その後鳴りを潜ませてしまい未解決のまま今日こんにちに至る。


 持ち込まれたその遺体は、あの【怪異】が関わっている可能性が高い。同じ王宮の首席道士となり、その権限によって観覧できる文献も増えた。


 独自に調べてわかったことは、同じような未解決の事件が十数年置きに起こっていたという事実。遡ってみれば、実に百年以上前から存在していた。


 つまり長い間未解決のまま野放しにされている【怪異】であり、誰も手に負えないほどの危険な存在ともいえる。


 遺体から身体の一部を奪う理由は? なぜ十数年置きに現れるのか。血が抜かれるのは【怪異】を起こす妖者の儀式がなにかか? それとも単純に飲むことで腹を満たしている? なぜ犠牲者の数は決まって四人なのか。


(類似していた、というだけでその怪異の仕業かはわからないが、じゅうぶんにあり得るだろう。それをみすみす見逃すなど、俺にはできない)


 この機を逃せば、次に現れるのは何年も先になってしまう。憂炎ユーエンは変わらない表情のまま、心の中で渦巻くある感情を抑えることができずにいた。


(俺が、必ず滅する)


 しかし、当時最強と謳われていた父親が勝てなかった相手だ。嫌な汗が背中をつたう。最悪、相打ちを覚悟してでも絶対に仕留める。


 父親の死。あの日から、心に決めていたのだ。故に、十七歳にして最年少。父と同じ首席道士となり、この天師府にいる。


 殺された父親の死体は母親ですら見せてもらえなかった。それくらい凄惨な死に方だったのだろう。葬式の時にはすでに焼かれ骨となっていた。


 当時七歳だった憂炎ユーエンの耳に入ってくるのは、「運が悪かった」とか、「相手が強すぎた」とか、「悲惨な最期だった」とか、そんな言葉ばかり。


 母親は今も生きているが、時折、ひとりで泣いている姿を目にした。あの【怪異】が、自分たちから"日常"を奪ったのだ。


 目の前の者を守りたいとか、民を救いたいとか、そんな高尚な考えはなかった。ただ復讐のために。この国で起こる【怪異】を滅する。それが憂炎ユーエンが道士たる理由だった。


 天師府に戻ると、道長どうちょうに呼び出された。


憂炎ユーエン、あなたには納得できない結果かもしれませんが、道士たちのことを考えれば、老師の決断も苦渋だったとわかるでしょう?」


「俺にはわかりません」


 道長どうちょうである劉帆リュウホは、憂炎ユーエンの父親と若い頃から付き合いのある道友で、この天師府で憂炎ユーエンのことを気にかけてくれる唯一の存在だった。


 そんなひとにこんな態度をせざるを得ない今の状況。これではなんのために道士になったのかと、悔やむしかない。


「ひとりででも、この怪異を追います」


憂炎ユーエン、少し冷静になれませんか? その様な状態で怪異と出遭えば、確実に命を落としますよ?」


「ご忠告だけは聞いておきます」


 わかっている。


 わかっていても胸の奥に潜む黒い感情の方が先走る。憂炎ユーエンは一礼し、自身の意志だけ告げてその場を去るのだった。




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