例えば書物の内容を一字一句記憶できたり、目にした図をそのまま頭の中で転写できたり、とにかくひと目見れば文字や図を記憶できるという特殊な能力であった。
もちろん万能ではない。
その理由としては、一度に文字や図をいくらでも記憶できる一方で、ひとの顔や名前は覚えづらかったり、せっかく覚えても数日で思い出ごと忘れてしまうという、なんともいえない欠点があるからだ。
忘れない条件は、常に顔を合わせていること。また、忘れたくなければ名前や出来事を文字にして記録しておく必要がある。
一緒に暮らしている師父や
少し前に、
この能力のことは隠しているし信じてもらえるとも思っていないので、ぱらぱらと興味本位で捲るふりをして、その時に書かれていた内容すべてを事細かに記憶したのだ。
先程の仲介役の官人の言葉の続きはこうだった。
「そういえば、王宮の道士に遺体を見てもらった時、一緒にいた若い道士が言ったんだよ。十年前の事件と同じだって。まあ、似たような怪異はいくらでもあるから勘違いってこともありそうだが。けど、古参の道士がそれを聞いた途端に顔色を変えてな。その後、二転三転して····」
結果、原因不明の遺体損壊事件ということになってしまったらしい。それでも【怪異】の仕業である可能性がある限りそうでないことを証明する必要がある。結果、官人の属するこの国の丞相が作ったとされる監査機関、
「俺は色んな機関を渡り歩く役目を担っているが、今回はなかなかに奇妙。
「十年前····部分的に欠損した遺体····そして、どちらも生前に血が抜かれていたこと····王宮の道士たちは、なぜこの件をうやむやにして手を引こうとしているのか、」
話し終えた後、俯いてぶつぶつと独り言を唱えだした
あの丞相が直々に信用できる者に依頼したと聞いていたのに、蓋を開けてみれば道士としての経験もほとんどなさそうな子ども。
いくら人手不足だとしてもこれはない! というのが、第一印象だったのだが。
「この辺り一帯に結界を張ります。今夜はなにがあってもけして外に出ないよう、皆さんに伝えてください。それが守れなければ、命の保証はないと」
急に真剣な眼差しでこちらを見上げてきたその表情は、有無を言わせない強制力があり、緊迫感がこちらにまで伝わってきて····男は思わず息を呑む。
「······わ、わかった」
言葉に詰まりながらもなんとか応え、仲間の応援を求めるために踵を返して走り出していた。
◇◆◇◆◇◆◇
男が去った後、
肩から降りて地面を歩く
その貼り付け方は独特で、後ろ脚で器用に立ち上がり、唾でも飛ばすかのように勢いよく長い胴をねじって、「ぺっ」と吐き出し符を飛ばしていた。
先程まで賑やかだった大通りはいつの間にかひとが疎らになり、やがて誰もいなくなる。
しん、とまるで深夜かのように静まりかえっている音のない通り。等間隔にある軒下の提灯の灯りだけが煌々としていた。
(私の勘が正しければ、あとふたり····いえ、正しくはひとり必要なはず、)
おそらく、だが。この妖者は獲物となる女性を攫って殺した後、遺体を捨てに来たついでに次の獲物を攫い、を繰り返している。
数日おきに行方不明になっているのはそういうことだろう。遺体が見つかるのが遅いか早いかで規則性がないように感じるだけ。
一昨日に見つかったという遺体。見つかる前に行方不明になったもうひとりの存在。すでに生きてはいないと仮定して、まだ見つかっていないとすれば今夜、その遺体を捨てに来てもおかしくない。
(記録によれば、十年前も犠牲になったのは四人。それと、この規則性に気付いて怪異に立ち向かった、王宮の道士がひとり亡くなっているようです)
未解決の【怪異】の記録。
『十年前』 『遺体の損壊』 『奪われた身体の一部』 『行方不明』 『血を抜かれた遺体』 『四人の被害者』
このいくつかの手がかりすべてが該当する事件は、ひとつだけ。
亡くなった王宮の道士は、何十人もいる優れた道士たちの中でも首席の道士だったらしい。つまり、一番能力のある道士が敵わなかった【怪異】ということになる。見立てをした道士は当時の事件を知るだろう、古参の道士だったと聞く。
(勝てないとわかっているモノと対峙して無駄死にするくらいなら、生贄を与えて時が過ぎるのを目を瞑って待つと? この怪異は必要数の贄を得れば、また数年鳴りを潜める類のもの。逃せば次にいつ遭えるかわかりません)
今夜、この連鎖を止める。
(怪異が"見た目"で獲物を選んでいるとしたら、おそらくいけます!)
そう、自分でもわかっている。あの官人の男がなんの疑問も持たずに『お嬢ちゃん』と言ったように。わかっていますとも! どう足掻いても自分の"見た目"が、女の子っぽいということを!
(あえて訂正しませんでしたけど!)
自分で言って虚しくなり、
『きゅ~?』
しかしそんなゆるい空気をぶち壊すように、一気に周囲が重い空気に覆われ始める。
それは黒い靄となって上空を旋回したかと思えば、どさっ! という鈍い音と共に、ふたりのすぐ後ろに重量のある