王都、
北は王宮で働く者たちの中でも役職のある官吏たちやその家族が住む裕福な地区で、隔てる門の前には常に衛兵が立っている。ここを通るには身分を証明する特別な手形が必要。
逆に南は身分の低い者たちが集められており、生活自体は王宮からの配給もあるのでなんとかなっているが、治安はあまりよろしくない。就ける仕事も手に職があればいいが、なかなか難しいのが現状である。
東は商人たちの区域で、様々な店が立ち並ぶ商業区。他国との交流も盛んで、許可さえ下りれば仕入れた品を扱えるため、珍しいものも手に入りやすい。西区は職人たちが多く、東区とはまた違った賑わいがある。寺院や塔などの古い建造物も目立つ。そんな西区で起こっている奇妙な事件が今回の依頼だった。
「――――ということなんだが、本当に大丈夫なんだろうな?」
日が暮れる少し前の夕方の頃に、
「道士のような装いをしているが、どう見てもまだ子ども。こんな子どもに任せてどうにかなるなら、そもそも王宮の道士たちがどうにかしているだろう。上の者はいったいなにを考えているんだ? って思ってません?」
「ぎく!」
非常にわかりやすく、「ぎく!」と声に出したその官人は動揺した様子で目をあちこちに泳がせた。ふう、と
依頼内容は現地でとのことだったので、師父である
そもそも
「夜が来る前に準備もしておきたいので、手短に簡潔にお願いします」
内容によっては、大掛かりになるかもしれないし、必要ないかもしれない。それでも不測の事態に備えて念入りに準備をしておくのは妖退治には初歩的なことだ。
【怪異】とはこの地の穢れを好む妖者によって起こされる不可思議な事件のことで、犠牲になるのはそこに住む普通に生活しているひとたちであることが多い。
「数週間前から西区の住人が二名、数日おきにそれぞれ行方不明になっている。そのひとりが一昨日の明け方、この先の裏通りで発見された。想像通り、遺体としてだが。しかしその遺体には本来"あるはずのもの"が欠けていて、」
「遺体からなにか持っていったってことですか?」
「そうだ。遺体の右腕が引き千切られていたんだ。実は遺体はこれで二体目。その前にも同じような遺体が発見されていて、見つかった遺体は左眼がなかった。この時は遺体の損傷はそれだけで、烏にでも突かれたのだろうと思われていたようだ。あとひとりはまだ見つかっていない」
「じゃあ実際行方知れずになっていたのは、三人なんですか?」
「ああ。しかも最初に見つかった娘は未だ身元不明で、届けも出されていなかったから確認が取れていない。いつから行方不明だったのかは今の段階では調べようがない。この国はあらゆる怪異が頻繁に起こるせいで、そういう行方知らずの人間が少なからずいるからな」
共通するのはどちらも行方不明だったことと、遺体の損壊。違うとすれば、一体目の遺体が身元不明であること。しかしこれだけでは【怪異】の仕業とはいえない。ひとでもじゅうぶん可能だ。ただ、もし仮にひとの仕業だったとしたら、相当危険な人物であることは確か。
かといって
「それを怪異と決定づけた、別のなにかがあるんですね?」
「ああ。念の為、遺体を王宮の道士たちにもみてもらった。一応、こういう奇妙なやつはそうするのが決まりだからな。そもそも一体目の遺体の死因がわからないまま処理されていたのも問題だった」
医官たちの検死の結果、二体目の遺体は腕を千切られたのは死んだ後だったことがわかった。本来生きている状態で千切られた際に出るだろう、大量の血だまり。それがなかったのだ。
しかし見つかった場所になかっただけで、違う場所で殺されてから捨てられた可能性もある。そうはならなかったのは、もうひとつの結論が存在していたからだった。
「医官の調べでは、どうやら遺体から血が抜かれていた痕跡があったようだ。現場に血が少なかったのは寧ろ、それが原因ではないかと。他にも道士の見立てでは、遺体には大量の"穢れ"が纏わりついていて、そのままにしていたら
「
(遺体の損壊に、大量の穢れ。妖者が血を欲するのは珍しくはない。そもそも彼女たちは凄惨な殺され方をしているわけだから、穢れが纏わりつかない方がおかしい)
まだなにか考える材料が足りない気がする。
「他になにか言い忘れていることはありませんか? どんなことでもかまいません」
「そういえば――――、」
その続きを聞いた後、
「この辺り一帯に結界を張ります。今夜はなにがあってもけして外に出ないよう、皆さんに伝えてください。それが守れなければ、命の保証はないと」
事は思った以上に深刻だった。
ひとりでどうにかなるか、正直わからない。
官人の男はその緊張感が伝わったのか、慌てて応援を呼びに行く。
あと一刻ほどで夜が訪れる。
「