柚月なぎ
BLファンタジーBL
2025年01月27日
公開日
2.7万字
連載中
※毎週土曜日19時更新
華藍国。
王都、華城。東西南北を囲むようにそれぞれの区域が存在するその王都は、古の時代から穢れが溜まりやすい地のためか、ひとならざる者たちが起こす不可思議な事件に悩まされてきた。
そんな【怪異】に立ち向かえるのは、凡人にはない特別な内功を持ち、厳しい修行をしてある領域以上に達した仙人、もしくはそれを志す道士だけだった。
十五歳で道士見習いの暁玲(シャオリン)は、神仙の嗚嵐(ウーラン)と人里離れたとある山でふたり暮らしをしている。
時折、嗚嵐が王都から頼まれる厄介な【怪異】を解決しつつ、仙になるための修行に励んでいるのだ。
ある日、嗚嵐の旧友で王都の官吏を務めている李清(リーチン)の依頼で、ある事件の解決のため、王宮に女官として潜入することになった暁玲(シャオリン)。
話を聞くに、どうやら第三皇子である皓懍(ハオリェン)が二日ほど前から死んだように眠り続けたまま、まったく目を覚まさないらしい。
王宮の侍医でも原因がわからず、公にすることもできない。四日目の夜、妃嬪から依頼を受けた王宮の道士が三人合流することになる。病でないのなら【怪異】や呪術の類の可能性もある。故に呼ばれたのが彼らだったようだ。
その道士たちの中に、ひと月前に王都を騒がせていた【怪異】事件をともに解決した憂炎(ユーエン)という首席道士の姿もあり。
暁玲(シャオリン)は不本意ながら女装姿で再会を果たすはめになるが、それに関して彼がなにか言うこともなく、王宮に潜入していることに関しても突き出すようなことはしなかった。
解決できなければ、関わった者たち全員が皇子の母である麗思(リースー)妃に罰せられてしまうという理不尽な状況下で。暁玲(シャオリン)はあくまでも女官として王宮の道士たちと協力し、王宮内を探索し始める。
【眠り姫】ならぬ【眠り皇子】事件を調べていく中、夜の庭園を散歩していた"自称記憶喪失"の見目麗しい幽鬼に出くわした挙句、なぜか気に入られてしまって····。
口外したら問答無用の極刑。解決できなければ罰せられる。前も後ろも崖っぷちから始まる、理不尽な依頼。はたして暁玲(シャオリン)は、三日後に行われる公の祭事までに【眠り皇子】を目覚めさせることはできるのか。
『忘却』と『記録』が織りなす、中華ブロマンスファンタジー。
1-0 忘却の彼方
忘れてしまったこと。
あなたの名前。
あなたの顔。
わたしの記憶領域はひとの何十倍もある代わりに、自分の意思とは関係なく『要らない』と判断されたらすぐに消されてしまう。
特にひとの顔や名前は優先順位が低く、必要な領域を維持するために忘れてしまうのだ。
それでも台詞だけ微かに憶えているこの曖昧すぎる記憶は、わたし自身がそれに逆らってでも、忘れたくなかったものだったのかもしれない。
「君にあげる」
そう言って、亜麻色の髪の毛を括っていたお団子の結び目に、持っていた簪を挿してくれた。
「忘れん坊の君が、私をちゃんと憶えていられるように。次に逢う時まで、絶対に失くしちゃ駄目だよ? もう少し大人になったら、逢いに行く。君に伝えたいことがあるんだ」
「····伝えたいこと?」
「うん。だからどうか、私を忘れないでね?」
その約束は果たされないまま。
気付けば八年もの月日が流れていた――――。