大型百貨店に入ると、学校内とは比にならない程大きな空間が広がっていた。
六階まで続く階層の隅々に色んな種類の店舗が立ち並び、一軒ずつ入店しているだけでも日が暮れてしまう。
休日を遊びつくすにはもってこいの場所であり、裕作は早くも心の高ぶりを隠せない。
「おー! やっぱスゲーなここは!」
「……人が多い」
「まぁこの辺じゃ一番デカいところだからね」
裕作は目新しい物を見て思わず天井を見上げ、沙癒は人の多さに不安に駆られ、秋音は慣れた様子で百貨店の詳細マップを眺めている。
「さて、最終目標は沙癒の服選びだけど、とりあえずどこ行く?」
「二階でスポーツショップでダンベル見たい!」
「普通ここに来てそれ買う?」
裕作は子供の様に無邪気に両手を前に出し、光り輝く視線で秋音に提案する。
「沙癒は? なんか見たいのある?」
「……絵の具がそろそろ無くなって来たから、買っておきたい」
「あんた、ほんと絵を描くのが好きね」
「うん、好き」
沙癒は趣味で絵を描いており、時々自分の作品をコンクールへ出している。
その独特の世界観と、見た者に特別な感情を芽生えさせる絵により、いくつもの受賞作を生み出している。
本人にはその自覚は全く無いが、将来的に世界の最前線を担う事を約束された天才画家として、業界から一目置かれる存在である。
「……秋は? 何かしたいこと?」
「――えぇ、それは勿論」
秋音は大きく鼻を鳴らし、百貨店の詳細マップのある部分を指さす。
「沙癒に可愛い服着せて、学校に行かせることよ!」
秋音が指を差したのは、この百貨店の三階フロア。
そこは洋服や靴、アクセサリーといったアパレルショップが一同に集結したおしゃれな空間。
ここへ向かえば大抵な物は揃えられる為、沙癒の服を一式そろえるのにはぴったりの場所だ。
「今日もあんたの服選んであげる、だから休み明けぐらい着ていきなさい」
「……わかった。いつもありがとう、秋」
「いいのよ、半分あたしの趣味みたいなもんだし」
そう、秋音の目的は沙癒が登校時に着ていく服を買いに来たのだ。
沙癒はオシャレにはかなり無頓着で、着ろと言われた物をなんでも着る。
逆に言えば、彼は何も指示がなければオシャレなどしようとも思わない。
故に、沙癒は家にいる時は同じ種類のパジャマを着て、登校時は年中無難な格好の制服を着用している。
そんな沙癒に対し、秋音はオシャレな服を沢山選びプレゼントしているが、実際に学校へ着てきた試しがほとんどない。
沙癒曰く「秋からもらった物を出来るだけ汚したくない」とのことで、彼が選んだ服はタンスの奥に大切に仕舞われるのであった。
「そんじゃ、とりあえず二階にあるスポーツショップと文房具屋から行きますか」
「あぁ、そうしよう」
「……うん、わかった」
行く先を目星をつけたところで、三人は大型百貨店の中を歩き始めた。
中に入ると、既に入室していた人達が目の色を変えたようにこちらを見つめた。
やはり三人はここでも注目の的になり、通り過ぎた人々のほとんどが振り返り沙癒と秋音に心を奪われている。
誰がどう見ても可愛らしい姿をした男の娘が二人、その後ろに立つ私立早乙女学院指定の制服を着た巨大な男。
ガヤガヤと聞こえてくる声も様々で、聞く耳を立てなくとも裕作に聞こえてくる。
「なんだあの美少女達は!?」
「やば、なんかの撮影?」
「二人とも可愛い~」
「……これが、恋か」
「俺ちょっとナンパしてこようかな……」
「っていうか後ろのやつデカくね?」
「遠近法だろ? え、ちがうの……?」
「ママー! 巨人がいるー!」
彼らはすでに百貨店内のちょっとしたイベントと化しており、テーマパークのような賑わいを見せる。
中央のフロントを抜け、二階へ続くエスカレーターに乗る。
ゆっくりと上昇していくにつれて、一階にいた人たちがどんどん小さくなっていく。
よくみれば、一階にいる人の大半は裕作達を見上げており、子供すら指を差して眺めている。
――やっぱ、外だとこの二人は目立つな
まるで自分たち世界の中心にいるような錯覚に陥りそうだが、沙癒と秋音はそんなことを気にせず、二人で楽しそうに談笑をしていた。
裕作はその姿を見て、改めて思ったことがある。
それは、二人の今後の事。
今日の様に裕作がいる時ならまだしも、沙癒と秋音の二人、つまり男の娘だけでいる時に何かトラブルに巻き込まれた場合、守れる人間がいない。
近くにいれば何も問題は無いが、何かあった時にすぐ駆け付けられない時は特に注意しをしなくてはいけない。
秋音は無視をしたり強く否定する行動力を持っているが、沙癒は他人に対して強気になれる程のコミュニケーションをまだ発揮出来ない。
過去にも何度かそう考えたこともあったが、結局のところ、良い案を見つけることが出来ず、それなら一緒にいる時間を増やせばいいという考えでうやむやにしていた。
だが、沙癒はもう高校生に進学し、男の娘としての魅力が日々増してきている。
この前の体育館裏での出来事も考慮すれば、いよいよこの問題に向き合わなければならないと裕作は感じていた。
沙癒と仲のいい友人に成れ、ナンパなどの厄介事から彼を守ってくれる人間。そんな存在が今の沙癒には必要となると感じる。
しかし、裕作にはそんな都合のいい存在を知らない。
――それに、沙癒は友人少ないしなぁ
彼は精生と考え方が似ており、特別他人と関わりを持ちたいという訳ではない。
それに秋音という唯一無二の親友がいる以上、無理して友人を増やそうとも思っていないようだ。
――やっぱり、すぐにはどうにか出来ないよなぁ
……しかし裕作の考えとは裏腹に、この問題は意外な解決法が見つかる事となった。