入浴を終えた裕作は自分の部屋に戻り、ベットの上に大の字になって寝転がる。
明日から大型連休、ゴールデンウィークの開始だというのに一歩も動く気になれない。
今回は五日間の休みがあり、何をして遊ぼうかと期待に胸が膨らむものだが、特に予定の無い裕作は身体を休めているうちにあっという間に休日が過ぎ去ってしまいそうだ。
裕作がダルそうに「あー」と声を漏らしていると、枕元にある携帯電話が鳴り始める。
どうやら電話が来たようで、ガチガチの身体に鞭打つように右手を伸ばして携帯電話を取る。
「もしもし」
携帯の画面を見ずに、寝ころんだまま電話に応答する。
『あ、裕作? 今暇?』
「なんだ秋音か」
電話の相手は早乙女学院のアイドル、早乙女秋音だった。
学院にいる時よりも幾分かテンションが高く、夜の二十時を過ぎたとは思えない元気の良い声色で話している。
『なんだ、とは何よ。せっかく今からゲームするから誘ってあげたのに』
「ゲーム……あぁ、前に出た『コマス』か」
『そうよ! ふん、裕作はザコだからあたしがキャリーしてあげる!』
「ザコって、お前が強すぎるんだよ」
コマスとは、今から二週間前に発売された新作対戦ゲームの略称。
激しい陣取り合戦と個性豊かなキャラクターが売りの本作は、二十代を中心とした若い層に人気があり、現在秋音が最もハマっているゲームの一つだ。
秋音はオンライン対戦により他人と競争しランキング上位を目指しており、休日を利用してやりこもうとしているようだ。
ちなみに、秋音の腕前は上位ランカーに匹敵するくらい上手で、それに付き合わされる裕作は完全にお荷物と化している。
「……でもすまん秋音、今日は無理だ」
『なんでよ、あんたどうせ暇でしょ?』
「暇は暇だが、体中痛くてしょうがないから今日はもう寝る」
ゲーム機を起動する気力すらない裕作に対し、秋音は不機嫌そうな返事をする。
『痛いって、まさか沙癒とエッチなこと――』
「しねぇよ! 筋トレしすぎただけだ!」
何やら変な想像をする秋音を止める為、声を荒げて否定をする。
『なーんだ、びっくりした。あたしはてっきり……」
「……というか、エッチなことだったらなんで痛がってるんだ」
『え?』
「え?」
裕作と秋音、二人の性知識に乖離が発生してしまい、少し気まずい雰囲気なってしまった。
先ほどの話題を戻すために、秋音はわざとらしく「こほん」と咳払いをして話を戻す。
『筋トレしすぎたって、もしかして放課後ずっと?』
「あぁ、ついさっきまで」
『……ふぅん』
何か腑に落ちないような返事をする秋音は、少し黙りこんでしまう。
『――裕作、なんかあった?』
「へ?」
『あんたがそこまで筋トレするってことは、なんかあって憂さ晴らしのためじゃない』
「あーいや、その~」
裕作の行動が完全に読まれていた。
長年付き合いのある秋音は、どうでもいいことは気が付かない割に、彼が悩んでいる事や困っている事には敏感で、ちょっとした行動でもすぐに気が付いてしまう。
それこそ、弟の沙癒と同じくらいに。
『あたしでよければ相談……しなさいよ』
「いやいや、大したことじゃ」
『バカ! 隠すんじゃないわよ!』
いつになく真剣な声を張る秋音は、続けるように言葉を紡ぐ。
『ほんと不器用なんだから! あたしに何でも言えっていうの!』
「いやいや、ほんとにそんなんじゃないって」
『……ほんと?』
「ああそうさ、明日から休みだし今日は頑張ろうかなーて思ったり、筋トレしないーって思っただけで、何も変なことは思ってないさ、うん」
自分の弟が人気投票二位で納得がいかず悶々としていたなんて、口が裂けても言えない。
早口で嘘を塗りたくる裕作に対し、秋音は再度黙り込んでしまう。
誰もいない空間に身振り手振り話を進めており、言動は長ったらしく統一感が無い。
普段なら一瞬で嘘を付いている事が見破られる挙動不審な行動でも、今は電話越しで姿が見えない。
これなら流石にバレることは無いだろうと裕作は高を括る。
どうにか誤魔化そうと脳内で策を巡らせる裕作だが、
『――ふん、じゃあいいわ』
意外にも、秋音はすんなりと引き下がった。
「ふぅ、分かってくれたか」
その言葉を聞いた裕作は安心したように胸を撫でおろしていると、
『あんたが吐かないなら、沙癒に聞くから!』
「え! ちょっとま――」
裕作の抵抗も空しく、突然電話がそこで途切れた。
これ以上は本人から情報を引き出せないと思い、秋音は大胆にも別の方法で聞き出すことを決断したのだ。
このままでは非常にまずい。
秋音が沙癒に電話すればあの恥ずかしい悩みが一瞬のうちにバレてしまう。
「早く沙癒の部屋に行って止めないと!」
筋肉痛の痛みだど忘れて、裕作は勢いよく身体を起こす。
裕作が口止めの為に沙癒の部屋へ向かおうとしたその時、狙ったかのようなタイミング携帯電話に一件のメッセージが届く。
今はそれどころではないと、裕作は勢いのままそのメッセージを削除しようとした。
しかし、その発信者を見て思い留まる。
「しょ、
彼は友達の裕作すらまともに連絡を取らず、精生からメッセージが送られてくるのは滅多にない。
沙癒の部屋に向かいたいのは山々だが、精生から送られてきたメッセージが不気味で気になって仕方がない。
「……なんだって、こんな時間に」
内容を確認すると、そこにはメッセージ表示の限界まで書かれた文章が乱立されていた。
[昼に訪ねて件だが、俺なりに調査した結果をここに記載しておく。
おっと、姦違い《かんちがい》しているかもしれんが俺は仕事をしたに過ぎない。
あのカード、デカメロン先生の絵で二回ほどシた。だからそれ相応の代価は払うべきだろう。
情報と考察をここに残す、これで頂いたカードの件はチャラだ。
だから、もうこの話題は俺に振るな、面倒くさい。
さて、お前の弟、
一つ目が、一位の
この学院は高等部からの編入生が多く、全校生徒の半数以上がそれに該当する。
中等部からの進級の才川沙癒よりも、高等部から一緒に入学した新海七海を応援したくなるだろう。
俺にはわからんが、同じ立場の人間には近親相姦、いや、親近感が沸くらしい。
よって、高等部からの編入生である新海七海の方が有利になる。
二つ目が、見た目だ。
これは顔を非難しているのではない、表情や服装に関することだ。
人気生徒ランキングの投票口に添付されている二人の盗撮写真、いや、画像を見比べたが、才川沙癒はすべてが制服だ。
その上表情も硬く、どの写真も同じようなもので正直見ていてつまらない。
無表情物はマイナーらしいな、俺は好きだが。
一方の新海七海は私服だ。
カジュアル系、キュート系、クール系。
様々なジャンルの服を着こなし、表情も豊かだ。
パッと見た人間にはとても新鮮に映るだろう。
コスプレモノは人気が高いだろう? そういうことだ。
よって、二人をあまり知らない、又は無関心な人間がこれらの写真だけで投票する場合、新鮮味のある新海七海の方が有利になる。
以上の事を踏まえると、新海七海が一位になるには十分な理由が揃っている。
むしろ、ここまで不利な条件で票の差がほとんどない事に、俺は驚いた。
こちらの情報は提示した。解決案は自分で考えろ。
今日はもう連絡してくるな、俺は今からトイレでシてくる]
あまりにも膨大、そして極端に冷たい文章だった。
裕作がそれを読み終えると、腕を組み思いに耽る。
所々変な文章があったが、それでも的を得たとても良い考察だと裕作は思う。
確かに、沙癒は中等部出身で既に学院内でその存在が知れ渡っている。
それよりも、今年から新しく現れた七海の方が新鮮味がある為、票は集まりやすいだろう。
加えて、沙癒は登校時はセーラー服を着用する。
あまりにも似合い神々しさすら感じる可愛さの限界点、なのだが、毎日同じ服装であればどうしても見慣れてしまう。
一方の七海は結構な頻度で服装を変えており、毎日のように違う魅力を見せてくれる。
精生のメッセージにより、改めて裕作は彼……新海七海の魅力を知る事となった。
人気ランキング一位にふさわしい存在と、それに準ずる理由。
確かに七海が一番人気かもしれない、だが、裕作が沙癒に対するこの想いは決して変わらない。
いや、今まで以上に沙癒の事を意識して、票が入らなかった分、自分が弟の事を推していこう。
裕作は心の中でそう思うのであった。
「ん? なんだ?」
良い感じに考えがまとまった矢先、裕作の携帯電話が震え始める。
どうやら着信が入ったようで、画面を見ると秋音からのようだ。
「秋音か……なんか忘れているような?」
鳥頭の裕作は先ほどの出来事を既に忘れており、呑気な顔をしながら電話に出る。
「はい、もしも――」
裕作が声を出すよりも先に、通話の相手は大きな声で叫ぶ。
『なんで沙癒が、一位じゃないのよーーーー!!!』
電話の相手は、激昂した秋音だった。
――そう、誰よりも闘志を燃やす存在が一人いた。