その時、僕の中にある何かが壊れた。
投げたはずのボールが目の前にあって、僕を見つめるように静止している。
痛みは何も感じない。
駆けつけたチームメイトが何を言っているのか分からなかった。
でもその時、僕の中学最後の夏が終わったことだけは理解した。
そのあと病院に運ばれて、医者にこう言われた。
――もう野球はあきらめた方がいい。
僕の人生を真っ向から否定されたような感覚に陥った。
今までの努力が全部、あの一瞬で無価値になった。
好きで始めたものを奪われ、僕は空っぽの人間になった。
その後、僕は悔しくて悔しくて、嗚咽が止まらない日々を過ごした。
泣いて、泣いて、泣いて。
――そして涙が枯れた時、ようやく僕は、自分がもう投げられない身体である事を受け入れた。
それから僕は野球部を辞めた。
野球を辞めてから今日に至るまでの半年間、僕はハッキリとした記憶が無い。
クラスメイトの激励の言葉も、両親からの慰めの言葉も。
全部、靄がかかったように濁っている。
けれど、病院で聞いたあの時の言葉は、気持ちが悪いくらい鮮明に覚えている。
「……学校、行かなきゃ」
僕は毎日のようにあの夏の出来事を夢に見る。
苦しくて、見たくないのに見てしまう悪夢。
そして目が覚めると、悪夢よりもタチが悪い現実が待っている。
ここ最近熟睡した覚えがなく、夢か現実かわからない白昼夢の世界で生かされている。
あの球を投げ切れていれば、僕の人生は変わっていたかもしれない。
着替えるのは学校の制服じゃなく、ユニフォームを着て朝練に出ていったかもしれない。
毎日が、生きてるって実感出来ていたかもしれない。
そんなありもしないことを考えて、僕は洗面所に向かう。
今日も倦怠感が強く、体が思うように動かない。
半年間この調子で、高校生になった今でもずっと変わらない。
もしかしたら、このまま一生……。
「――それは、嫌だなぁ」
ようやく洗面所についた僕は、ふと鏡に映る自分を見る。
目の前に映る僕の顔は、とても気味が悪いものに映った。
肌が荒れているわけでも、寝不足にでもない。
いつも通りの顔つきのはずなのに、自分の顔じゃないような錯覚に陥る。
他の人から見たら、それほど大きな変化はないのと感じるかもしれない。
だけど、泥だらけになるくらい野球の練習をしていたあの頃に比べてると、今の僕の顔は腐っているように見える。
今の自分の顔は嫌いだ。
覇気がなく、醜い。
こんな顔、誰にも見られたくない。
「――嫌いだ」
鏡に向かって言葉を吐き捨てると、鏡の中にいる僕が涙を流した。
そしてすぐ、僕が泣いているんだと気が付く。
何も悲しくないはずなのに、身体が言うことを聞いてくれない。
こうなったら、しばらく涙は止まらない。
「……くそ、今日も遅刻か」
朝は嫌いだ、昔の事を思い出す。
学校は嫌いだ、何も楽しくない。
自分が嫌いだ、もう、何もかも。
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