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第二章 飢え④

 家に帰ると、リビングで両親が真剣な顔で話し合っていた。私はその異様な雰囲気に思わず扉を開こうとする手を止める。『家に帰ると、必ず誰かに報告すること』などと言った、変な家族ルールがあるため無視して自室に戻ることはできない。しばらく終わるのを待っていたが、結局終わりそうもないので意を決して扉を開いた。


「――ただいま」


 私の声に驚いたのか、二人は顔を上げると、ぎこちない笑顔を浮かべて「おかえり」とだけ言った。


「……何、話してたの?」


 不安から震える声を抑えながら尋ねると、二人は困ったように互いの顔を見合わせた。


「別にたいした話じゃないんだ。ただ、お前も今年受験だろ? それで学費はどうなるんだろうなぁって母さんと話してたんだよ」


 父は一瞬だけ逃げるように私から視線を逸らして、もう一度ぎこちない笑みを顔に貼り付けた。

 それは嘘でしょ? だって、お父さんがこんなに早く帰ってくることなんて今までなかったじゃない。そんな口から出かかった言葉をぐっと飲み込み、「ふーん」と気のない言葉だけを呟く。そして、できるだけ何事もなかったかのような、いつも通りの足取りでそそくさと自室へと向かう。


 二人ともこの話題には触れられたくはないのだろう。ならば、私も極力触れないようにしよう。例え嘘だろうが、隠し事だろうが、それが最低限の礼儀なのではないだろうか。

 部屋に入ると、途端に眠気が襲ってきた。たいしたことはしてないはずなのにな。と思いながらも、私はベッドへと腰掛ける。壁に吊されたカレンダーには、本日の日付の下に赤字でスタジオ練習と書かれていた。私は溜息を一つ吐くと、制服から私服に着替え、家を出る準備を整える。


 右耳に着けられた透明ピアスを外すと、開いた穴一つひとつにシルバーピアスをさっさと着けていく。もう何年もしていることなので、目を瞑っても目的の穴に通せる気がする。だが、気がするだけで、実際は鏡を見ながらでしか通すことはできないのだが。

 僅かに重みを増した右耳に安心感を覚え、部屋の隅に立てかけられたキーボードケースをそっと背負う。部屋を出るために立ち上がったとき、私の胃袋がまたぐぅと鳴ったが、私は聞こえないふりをして部屋を後にした。

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