第一迷宮で逃げられたボス悪魔は幻魔だったらしい。女神からの情報は幹部たちにも共有した。
とはいえ、方針に変更はない。幻魔退治はあくまで副次的な目標だ。見返りに【盗む】諸々の目こぼしをしてもらっているので、遭遇すれば可能な限り仕事を果たすつもりではいるが。
まぁ、グレドが幻魔のゲルガーと繋がっていたことを考えると、復讐を果たす過程でぶつかる予感はある。なので、ついでで良いのだ、ついでで。
我とメイベルは予定通り、新米クラン員のフォローと教育をする。ミスルもクランに居残っているが、何をしているのやら。アルム兎やらブレイズペングーと遊んでいるようにしかみえない。まぁ、新米たちのメンタルケアの効果は見込めるので放置しているが。
クーリアは引き続き5層の探索だ。アサシンアルムを連れているので、幻魔と遭遇してもどうにかなるだろう。
そして、一週間が経過した。当初は反応が鈍かった新米たちもずいぶん回復した。スキルの習得も終わったので、そろそろ我の手伝いは必要あるまい。あとはメイベルに任せて、我はクーリアのほうに合流しようと思っていたのだが……
「リビカ団長、あの、お客です。『切り裂き旋風』のカーソンさんが」
朝。食堂で幹部揃って食事していたところ、ウォンが声をかけてきた。
「カーソンが? なんて言ってた?」
「いえ、団長とクーリアさんに話があるとしか」
そう言って、ウォンは同席したクーリアにも視線を送る。
「ふぅん?」
カーソンは『切り裂き旋風』との取り引き窓口だ。クランを訪れてもおかしくはない。とはいえ、次の取り引きはまだ先の話だったはずだが。
「情報を寄越しにきたのかもしれないよ。私の目的については伝えてあるからね」
「ああ、なるほど」
クーリアの言葉で、カーソンが彼女と旧知の仲であることを思い出す。もとはルーザと同じく『月下の剣』のメンバーであったのだ。その繋がりで何らかの情報を持ってきた可能性はあるか。
「すぐに行くから、応接室に通しておいてくれる」
「わかりました」
ペコリと頭を下げて、ウォンが去っていく。
ううむ、固い。別に最初の態度で構わないのだがなぁ。そう言ったら、“平クラン員が団長にタメ口を聞くのは普通じゃないので”と言い返されてしまった。
たしかにそうかもしれない。普通とは難しいものだなぁ。
「メイベルは予定通り、クラン員をお願いね」
「わかりました!」
「ミスルはどうする?」
「話し合いなんて興味はないわよ。迷宮に行くときに声をかけてちょうだい」
「はいはい」
ちょうど食事を終えたところだ。食器の片付けはメイベルがやってくれるということなので、クーリアとともに応接室へと向かった。
「やぁ、待たせたね」
「いや……」
我の挨拶にカーソンは言葉少なに返した。いつもどこか緊張した様子のヤツだが、今日はいつにもまして固い。
不思議に思いつつ、我はカーソンの対面に座った。クーリアも我の隣に座る。
「今日はどんな用事なのかな?」
「あ、ああ。クランからの要請もあるんだが、まずは個人的に伝えたいことがあるんだ」
カーソンが意味ありげな視線をクーリアに向ける。やはり、ルーザ関連か。
我らの予測は正しかった。内容は予想外だったが。
「クーリア。落ち着いて聞けよ……ルーザが死んだ」
「……へぇ」
冷ややかな声で応じるクーリア。それだけで部屋の温度が数度は下がったかのようだ。その様子にカーソンは少し怯んだようだが、それでも淡々と詳細を話しはじめた。
「昨日のことだ。『切り裂き旋風』が第一迷宮の7層を移動していると見慣れない魔物に襲われた。悪魔のような姿をした黒い魔物だ」
「もしかして、似たようなチビ悪魔を呼ぶやつかな?」
「知っているのか……?」
「ちょっと前にね。そのときは、5層だったけど」
クーリアに視線を向けると、無表情で小さく頷くだけだった。今は話の続きを聞きたいということだろう。カーソンも同じように思ったらしく、話を続ける。
「人数もいたので対処は難しくなかった。親玉は手強くて、多少苦戦したけどな」
「倒したんだ。逃げようとしなかった?」
「親玉がか? いやそんなことはなかったが」
「ふぅん。続けて?」
怪訝な表情のカーソンに話を促す。どうも胡散臭い内容だが、判断するのは話を聞いたあとで良いだろう。
「あ、ああ。それでだな。倒した親玉悪魔の死体は消えなかったんだ。ヤツは魔物じゃなかった。人が……ルーザが変化していた化物だったんだ」
死体を確認したところ、その姿が徐々に変化し、人の姿になったそうだ。面識のあったカーソンには、それがルーザだとわかったらしい。幾つか所持品があり、その中には冒険者証もあった。ギルドで照合したところ、ルーザの物であると確認がとれたそうだ。
報告を終えたカーソンが、恐る恐るクーリアを窺う。しかし、クーリアはそんなカーソンの態度を一顧だにせず、ただ我に告げた。
「団長。私の職業加護を見てくれないかい」
なるほど。どうやら、クーリアも先ほどの話に胡散臭さを感じていたようだ。
すぐに我の解析でクーリアの能力を確認したところ、我らの想定して通りの結果が得られた。
「やっぱり。加護は変わっていないよ」
クーリアの職業加護は〈復讐者〉のまま。それはつまり、標的がまだ死んでいないことを意味する。
「そうじゃないかと思ったよ。まったく、小賢しいことをしてくれるじゃないか」
「ど、どういうことだ?」
戸惑った様子のカーソンが問いかける。その問いに、クーリアはゾッとするような笑みで返した。
「ふふふ、なぁに。あんたが心配したようなことは起きてないってことだよ。私の獲物はちゃんと生きてる。この手で八つ裂きにできるチャンスは失われていないってことさ」