ボス悪魔が逃げたからか、以降、チビ悪魔が補充されることはなかった。となれば、あとは消化試合のようなものだ。全てのチビ悪魔を蹴散らすまで、時間はかからなかった。
「結局、あの悪魔みたいなの、なんだったんだろう?」
「さてね。ぱっと思い浮かぶのは、あの幻魔ってヤツだけど、戦い方は全然違ったね」
さすがに疲れたのか、クーリアが座り込みながら答えた。そこに、黒兎たちを激励していたミスルが合流する。
「でも、全くの無関係ってこともないんじゃないかしら?」
「そうだね。僕らは幻魔について詳しいわけでもないし」
「このタイミングで遭遇したのも気になるよ。ルーザとグレド。繋がりはなかったはずだけど……」
やはり、ルーザとの関連を考えるか。そうよな、ここで遭遇したことが偶然とは思えない。
各々が思考の海に沈み、大部屋に沈黙が訪れる。
しかし、長くは続かなかった。遠くから足音が近づいてくる。
「先輩!」
どうやら、ウォンたちが到着したらしい。駆け寄る彼らに伝える。
「みんな生きてるよ。そうだよね?」
「クゥ!」
再生のリンゴ係を命じたアルム兎がひょこひょこ頷く。
「リビカ、ありがとう! ありがとう!」
「気にしないで。それより、先輩たちを見てあげたら」
「あ、ああ!」
口々に礼を言われるので、倒れている者らの世話をするように言っておく。まぁ、傷は塞がっているようなので、そのうち目を覚ますだろうが。
「結局、何だったんです? それに、この鳥みたいなのは、いったい?」
「ぺーん……」
メイベルがブレイズペングーを見て戸惑っている。コイツ、まだ目を回してるのか。
「ペンギンよ!」
「いや、ブレイズペングーだから。幻想体だよ」
メイベルにも離れている間の情報を共有する。といっても、語れることは多くないが。
「うっ……」
「先輩!? 大丈夫ですか!」
「ウォン……良かった。無事だったか」
おっと。ウォンの先輩が目を覚ましたか。意外に早かったな。そのあと、少し遅れて残る二人も意識を取り戻した。
さて、ウォンたちを含めて、彼らには伝えておかねばならないことがある。迷宮の中でなんだが、我らは会合を持つことにした。アサシンアルムらに警戒を任せたので、あのボス悪魔が戻ってきても問題はなかろう。
我らの対面に先輩三人組、右側にウォンたち駆け出しパーティという配置で座る。
「ええと、こっちが俺達の先輩の三人組です」
ウォンが、おずおずと言った様子で先輩三人を紹介する。が、紹介になっているのか、それ。
先輩のほうも不服そうだ。リーダーらしき男が、ウォンを睨みつけた。
「それじゃ、説明になってないだろ。名前くらいはちゃんと伝えろ」
「いや、だって、先輩の名前はややこしんですよ!」
「そうですよ」
ウォンの言葉を援護するようにリンたちも頷く。
「まさか、俺たちの名前を覚えてないんじゃないだろうな?」
「覚えてますけど……まぁいいや」
諦めた様子で頷くウォン。今度こそは名前つきで、紹介をはじめた。
まず、リーダーらしき男。戦士風の出で立ちで名前はエルムンド。
次、もう一人の男。おそらくは斥候役で、名前はエムルード。
最後、弓使いの女。名前はエルムッテ。
なるほど、ややこしい。
「ええと、みんなエルム?」
「俺はエムルだ!」
「ほら、こうなるでしょ。だから、嫌なんですよ……」
ウォンが項垂れる。何度もこういうやり取りをしたなら嫌になるかもしれんな。
「なんだって、そんなややこしい名前が揃ったんだい」
クーリアが呆れた様子で問うと、何故か誇らしげにエルム……あー、戦士エルムが告げた。
「名前が似ていることで意気投合したのさ」
なるほど、そういう集まりか。本人たちはそれでいいんだろうが、周囲のことも考えて欲しかった。
「それで、ええと。こっちは、昨日出会った人たちで……」
ウォンが我らのほうを見て、口ごもった。説明に困っているようだな。ここは我らの口から語ったほうが良かろう。
我、クーリア、メイベルの順で自己紹介をする。そして、最後が我が妹。
「アタシはミスルよ! リビカの姉で、あの子たちの師匠でもあるわ!」
「「「クゥ!」」」
偉そうに手を組んで喋る白兎。その周囲で囃し立てる黒兎。何とも言えない光景だ。
三人組は言葉もなく固まってしまった。ウォンたちも目を丸くして驚いている。彼らはミスルが喋るところを見たはずなのだが、まだ受け入れられていないようだ。
まぁ、きっとすぐに慣れるさ。少なくともクラン員は慣れた。
「あー……どこから突っ込んでいいのかわからないから、とりあえず話を進めるぜ。あ、いや、進めさせてくだせぃ」
しばらくして、戦士エルムが切り出した。口調がぎこちないのは、丁寧な言葉で喋り慣れていないせいであろう。
「普段通りの喋り方でいいよ。それで?」
「あ、ああ、すまんな。それと助かった! アンタたちのおかげで命拾いした! 礼を言わせてくれ」
戦士エルムが深々と頭を下げると、残る二人もそれに続いた。遅れて、ウォンたちも頭を下げる。
「気にしなくていいよ。クーリアはともかく、僕たちはたまたまウォンたちと鉢合わせただけだし」
「私だって似たようなものだよ。たまたま居合わせただけだ。生き残れたのはアンタたちの運が良かっただけのことさ」
「いや、そういうわけにもいかないだろ。ウォンたちはともかく、俺たちは結構な深手を負っていたはずだ」
「私、もう弓を持てないと思っていたのに。それが癒えてるってことは……単純な治癒にはとどまらないはずよ」
「何か恩返しをさせてくれ。もちろん、治療にかかった金も払う!」
うむ。なかなか義理深い連中のようだ。我にとっては都合が良いな。あとで話をしようと思ったが、このまま進めてしまおう。
「だったら、僕らのクランに所属してくれないかな? ウォンたちも含めて」
「あんたの……?」
我の提案に、戦士エルムは訝しげな顔をする。代わりに、弓エルムが何か察した様子で我らを見た。
「も、もしかして、あなたたちって『逆さの鱗』なの?」
ほほう。我らのことを知っているのか。ならば話は早い。
「そうだよ」
「い、今一番勢いのある新興クランじゃねぇか! それが、なんで俺たちなんか?」
「だって、君たち、僕らの秘密を知ってしまったでしょ? だから、さ。他のクランに所属されると困るんだよね」
理由を告げると、エルム三人組の顔が引きつった。言い方が脅しっぽくなってしまっただろうか。これはいかんと思って、にっこり笑いかけると、何故か、より一層怯えられてしまう。ウォンたちもだ。
どういう反応なんだ、これは。カーソンやトルスもそうだった。意味がわからん。
「ねぇ、クーリア。どう思う?」
「私は団長を尊敬しているよ」
またそれか。
「メイベル?」
「あ、あはは……私もですよ?」
何処を見ている。我はこっちだぞ。
「リビカ! あなたの交渉事のときの笑顔って、胡散臭すぎるわよ!」
「……ミスルには聞いてないよ」
まったく、失礼なヤツだ!