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第63話 救世主(ウォン視点)

「アンタたちは逃げな!」


 小さな悪魔みたいな黒い魔物を切り捨てながら、隻眼の女性が叫ぶ。彼女は……たしかクーリアさんだ。1つ前の4層で出会った冒険者だったはず。


 あのときと同じように、兎も一緒にいる。あのときと違って、黒い兎だけど。しかも、強い。俺たちじゃ歯が立たなかった悪魔と渡り合えるくらいには。


 それでも、敵の数は減らない。正確に言えば、クーリアさんが減らしているんだけど、そのたびに奥でこちらを窺っているボス悪魔が補充している。


 おそらく、クーリアさんの指示に従うべきなのだろう。ここにいたって足手まといにしかならない。それはわかっているんだ。


「でも……!」


 できなかった。だって、ここには先輩たちがいる。俺たちを守ろうとして倒れた先輩たちが。彼らはまだ生きている。今、手当てをすれば、きっと助かるんだ!


「ウォン……いいから……逃、げろ」

「そんな……」


 そんなこと言わないで欲しい。俺たちがここまで成長できたのは先輩のおかげなんだ。それを見捨てて逃げるなんて、俺には……


「ウォン!」

「あっ……」


 悲鳴のようなリンの声に顔を上げると、黒い悪魔がすぐそばに迫っていた。振り上げられた右手には鋭い爪。その爪が振り下ろされるのがやけにゆっくり感じられた。


 死ぬんだ。俺は、こんなところで。


 何も成せずに。先輩も助けられず、ただ足手まといのまま。


 嫌だ……そんなのは嫌だ! 俺はまだ生きていたい! アイツらと……仲間と一緒に冒険を続けて、いつか一流の冒険者になりたいんだ!


 だけど、その望みはここで絶たれる――――はずだった。


「クゥ!」

「うっ!?」


 横手から強い衝撃を受けて倒れこむ。そのおかげで、悪魔の爪から逃れることができた。


 その代償が黒兎の死。俺を庇ったせいで、悪魔の爪に体を切り裂かれたんだ。


「あ、ああ、ああぁぁぁ……!」


 俺のせいだ。俺がモタモタしていたから!


「逃げろ!」


 先輩が強い口調で叫ぶ。それでも動けずにいた俺を誰かが揺さぶる。


「逃げなきゃ、駄目だ。僕たちがここにいたら、迷惑になる」


 フェスだった。普段の大人しい雰囲気はなく、その瞳には強い意志が宿っている。


 コイツ……こんな目をするんだな。


 そう思うと途端に恥ずかしくなった。無力さに打ちひしがれている場合じゃない。状況を好転させるためにも、俺たちがここにいては邪魔だ。


「ごめん……みんな撤退だ!」


 遅くなったが指示を出す。


「転移ポイントのほうに逃げな! きっと団長が助けに来てくれるから!」

「わかりました!」


 団長という人に面識はない。そもそもダンジョンでの出来事を知る術なんてあるんだろうか。疑問は浮かぶけど、問いただしている暇はない。とにかく、クーリアさんの負担にならないようにしなければならない。


 俺たちは頷きあって、走りはじめた。


 指示に従うなら、向かう先は転移ポイントだ。だけど、困ってしまった。位置関係を把握していない。もちろん、地図を見ればわかるけど、今はそんな時間すら惜しい。


「こっち」


 だけど、ミナはしっかり把握しているようだ。こういうところが俺には足りていない……いや、反省はあとだ。


「クゥ」

「お前たち……」

「クゥ!」


 黒兎が2匹ついてきた。問答をしている暇なはないと急かされているような気がして、それ以上の言葉は飲み込む。


「クゥ!」

「……っ止まって!」


 転移ポイントを目指して走っていると、先頭を走るミナが急停止した。少し遅れて、十字路の右手側から黒い影が現れた。


「くけ、くけけ……」

「く、コイツら!」


 悪魔だ。それも4体。


「クゥ」


 黒兎の1匹が俺たちを庇うように……いや、庇って前に出た。“ここは任せろ”と、その背中が語っている。


「……いいのか?」

「クゥ!」

「ごめん」


 俺は無力だ。だけど、足を止めるわけにはいかない。


 さらに走った。転移ポイントまであと少しという頃、また悪魔が現れた。さっきよりも多い。


「クゥ!」


 残った黒兎が悪魔に飛びかかりながら鳴いた。先に進めと言っているように思える。


 けれど、無理だ。すでに囲まれている。ここまでなのか。


 そんなとき、場違いな声が迷宮に響いた。


「あれ、君たちは?」


 悪魔たちの向こうに立っていたのは、昨日の朝にあった少年だ。


 そうか。クーリアさんがいたんだ。リビカが居てもおかしくない。


 再会を喜びたいけど、今は……今は、まずい!


「逃げろ!」


 5層まで来るくらいだから、相応の実力はあるんだろう。けど、コイツらは駄目だ。先輩たちもクーリアさんも、コイツらには苦戦していた。俺たちが足を引っぱったことを差し引いても、悪魔は強敵だ。


 リビカの隣には初めて見る女の子もいる。年齢は俺やリビカと変わらない。おそらくは駆け出しだろう。あとは白い兎たち。黒兎たちくらい強ければ戦力にはなるだろうけど、敵の数が多すぎる。


 やっぱり……勝てない。


 すでに囲まれてしまった俺たちが助かるのは難しいだろう。だが、囲いの向こうにいるリビカたちは、まだ助かる。だから――――逃げろ、リビカ!


 その叫びは声にはならなかった。突然、飛び出してきた白兎に驚いて、引っ込んでしまったからだ。


「よく頑張ったわね、ミミィ! あとは任せなさい!」

「クゥ」


 あ、あれ?

 今、兎が喋ったような……?


「ミミィが一緒にいるってことは、クーリアと会ったんだよね。あとで案内してくれるかな? すぐに片付けるから」

「は? え?」

「メイベルは彼らを守ってあげて」

「わかりました、師匠!」


 そこからの展開はよくわからなかった。リビカが右手を振るたびに悪魔が真っ二つになり、左手を伸ばせば炎が迸って悪魔が焼け焦げる。たくさんの悪魔たちは、あっという間に消えてしまった。


 しかも、それだけのことをやったのに、リビカは誇るでもなく平然としている。さらには、とんでもないことを言った。


「さてと。それじゃ、クーリアを助けに行こうか。クラン員を助けるのも団長の役目だからね」


 ………………団長?


 団長!?

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