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第62話 不穏な知らせ

 ミスルとメイベルが【師弟伝授】を正式取得したあとは、我とメイベルのアルム兎にも【盗む】と【一か八か】を仕込んだ。


「ウサちゃんたち、凄いですね!」

「それに関しては僕も驚いたけどね」

「兎の可能性は無限大なのよ」


 大袈裟な……と言いたいところだが、現状では反論する材料がない。


「無限……無限ですか」


 妙なところで反応したのはメイベルだ。


「どうしたの?」

「いえ。ちょっと気になったことがあって……ウサちゃんにウサちゃん召喚を習得させることってできるんでしょうか?」

「えっ……?」


 目から鱗が落ちる思いであった。幻想体に幻想体を召喚させる。新たに呼び出された幻想体にさらに幻想体を召喚をさせる。それを繰り返せば無限に幻想体を増やせるのだ。


 これは発明だな。この方式を入れ子召喚方式と呼ぼう。


「凄いわ! 天才よ、メイベル!」

「あ、ありがとうございます?」


 ミスルはひどく興奮している。ヤツの考えていることなどお見通しだ。入れ子召喚方式で大規模兎軍団を作ろうというのだろう。


 まぁ、それも悪くない。数を揃えればエイギルの脅威にも立ち向かうことも……いや、駄目かもしれん。兎まみれになってヤツが喜ぶ光景が目に浮かぶ。


「あの……でも、ウサちゃんが召喚できるかどうかわかりませんよ」


 おずおずとメイベルが告げる。


 おっと、そうであった。まずは実現できるか確かめなんとな。


「きっと大丈夫よ! 兎の可能性は無限大だもの。早速、チャレンジよ!」


 善は急げと、ミスルが伝授をはじめる。だが、アルム兎の様子がおかしい。


「ク、クゥ?」

「どうしたの? さあ、呼んでみなさい!」

「クゥ! クゥクゥ!」


 何度か手をばたつかせたアルム兎。必死に召喚を試みているようには見えるが……肝心の幻想体は出現しなかった。


「クゥ……」

「そ、そんな!」


 最終的にフルフルと首を振り、それを見たミスルが崩れ落ちる。


「兎の可能性は無限大じゃなかったの……?」


 大層ショックだったようだ。無限大ではないにしろ、可能性の塊だと思うがなぁ。


 そんな一幕はあったものの、迷宮探索は順調だ。一番の目標であった【師弟伝授】の伝授は完了し、身代わり坊主を採集も進んでいる。


「テル、ル……」

「クゥ!」

「よくやったわ!」


 アイテムを盗まれ、また1匹テルボーが消えた。一時は落ち込んだミスルも、すでに気を取りなおして、弟子の活躍を喜んでいる。


「今ので何個目だっけ?」

「ええと……もうすぐ50個ですね!」

「そこそこ集まったね。今日はこれくらいで切り上げようか」


 中途半端な時間から始めたにしては充分な成果だ。やはり、ミスルやアルム兎の索敵能力は便利だな。


「面倒だし転移石で戻ろうか」

「そうね!」

「歩いてもそんなに時間がかからないと思いますけど……」

「でも、転移石を使えばもっと早く戻れるんだよ?」

「そうですけど……他のクランが聞いたら怒りそ――――」

「そんな! 嘘でしょ!?」


 メイベルの言葉を遮って、ミスルが叫ぶ。異論がある、という様子ではない。


「どうしたの、ミスル?」

「ミミットとの繋がりが途絶えたのよ!」


 ミミットと言えばアサシン化したアルム兎の1匹だ。今はクーリアと一緒に5層の探索をしているはず。形態進化で強化されているので、あの辺りの魔物に遅れをとるとは思えないが……


「クーリアさんたちに何かあったんでしょうか?」


 メイベルが不安そうな顔で我を見る。


 5層と言えば、ルーザの足取りが掴めなくなった場所だ。どうしてもその影がちらつく。


「行ってみよう!」

「はい!」

「そうね!」


 幸い、5層ならば転移石で移動できる。入り口に戻る予定を変更し、我らは5層の転移ポイントへと跳んだ。


 第一迷宮は石壁の迷路が続く迷宮。階層を移動しても、周囲の光景はほとんど変化がない。うっかり瞬きでもしていれば、転移したのかしていないのか判然としないほどだ。


 だが、今回に限っては、階層を移動したことがはっきりとわかった。視覚による変化を感じとったわけではない。何とも表現しづらい……だが、鮮烈な違和感があった。


 あえて表現するなら――――死を予感させるような不吉な気配がする。


「ク、クゥ」

「クゥ……」


 我らが連れているアルム兎たちも、不気味な雰囲気を感じ取っているようだ。身を寄せ合って震えている。


「な、何が起きているんですか……?」


 異様な空気に飲まれたのか、メイベルの声も震えていた。


「わからない。でも、きっとろくでもないことだろうね」

「……クーリアさんは大丈夫でしょうか?」

「当たり前よ! アタシの弟子がついてるんだからね!」

「ミミット以外はまだ健在?」

「ええ……って、ああ、ミミゼル!?」


 どうやら、新たな犠牲者が出たようだ。となれば、偶然ではない。はっきりとした脅威が迫っているらしい。


 幻想体ならば再召喚ができる。だが、クーリアはそうもいかない。


「一刻の猶予もなさそうだね。急ごう!」

「ええ、もちろんよ! ミミット、ミミゼル……仇はとってあげるからね!」


 おそらく、この強烈な気配がミミットらを消滅させた元凶だろう。気配の発生源に近づけば、クーリアたちと合流できるはずだ。


 迷宮の壁に阻まれ、真っすぐには進めない。だが、アルム兎は怯えながらも優れた気配察知能力を発揮して我らを導いた。

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