新米の面倒はクラン員に任せて、我はミスルとメイベルを連れて第一迷宮までやってきた。目的はもちろん【師弟伝授】の伝授だ。
第一迷宮にしたのは、ついでにテルボーから“身代わり坊主”を採集するため。クラン員を増やしたとはいえ、新米はしばらく戦力とならない。先輩クラン員もその世話に手を取られる。一時的にはむしろ負担が増えるので、少しくらいは我らで請け負わなければならないというわけだ。
とはいえ、最優先は伝授の伝授だ。本人の強い希望でミスルから伝授することになった。
伝授するためには、まず師となる我がそのスキルを使ってみせる必要がある。今回の場合、伝授するスキルが【師弟伝授】そのものなのが、少しややこしい。
まず、我はメイベルに適当なスキル――今回は〈曲芸師〉の【ダンシングソード】の伝授を宣言し、同時並行でミスルにも【師弟伝授】の伝授を宣言した。この状態で我が【ダンシングソード】を使えば、メイベルがスキル仮習得状態になる。
「アタシのほうはまだ仮習得にもなってないわ」
「メイベルが正式に【ダンシングソード】を習得してから伝授が始まるんじゃないかな」
「じゃ、どんどん使ってみますね!」
ミスルの耳を頼りに魔物を探す。テルボーなら【盗む】、それ以外ならばメイベルが【ダンシングソード】で倒した。
ダンシングソードは踊るようなステップで敵を数度切りつける剣技だ。ここらの魔物には威力が過剰だが、スキル取得が目的なのでガンガン使っていく。
「正式取得できましたよ」
「うん。こっちでも確認できたよ。おめでとう」
「アタシも【師弟伝授】が使えるようになったわ!」
数度の戦闘の末、ようやくミスルが【師弟伝授】を仮習得した。正式習得するには、ミスル自身が何かのスキルを他の誰かに伝授する必要がある。
「こうなるとちょっと困ったね。クラン員を連れてくれば良かったかな」
メイベルとミスルは習得スキルが似通っている。我が使えそうなスキルを伝授で共有しているので当然だ。だが、その弊害が出た。相手が習得済みのスキルを伝授することができない。そのせいで、【師弟伝授】習得のために伝授するスキルがないのだ。
とはいえ、クラン員はクラン員で仕事がある。新米の世話まであるのだ。その上、ミスルのスキル習得にまで突き合わせるのはな。
だが、ミスルは不敵に笑ってみせる。
「あら、それなら問題ないわ。アタシ、弟子に不足してないのよ!」
「弟子って……まさか!?」
「そのまさかよ!」
ミスルが呼び出したのは、やはりアルム兎だった。コイツ、何匹同時召喚するつもりなのだ。
「幻想体にスキルを伝授するの?」
「そうよ? 問題ある?」
問題というか、普通なら不可能だ。幻想体は再召喚がたやすい代わりに成長しない存在なので。しかし、その常識は少し前に覆されたばかりである。
まぁ、上手くいけば儲けもの。失敗しても損はないのだ。試してみれば良いか。
「いや、問題はないよ」
「そうこなくっちゃ! じゃ、早速試してみるわよ!」
「クゥ!」
次の魔物で早速伝授を試みる。対象として選んだのは【盗む】だ。戦闘力のないノーマルアルム兎に習得させるならば悪くない選択だろう。
「じゃあ、やって見せるわよ。よく見てなさい」
「クゥ!」
敵はマッシュリザード。まずは、ミスルがやってみせ、それをアルム兎がじっと見守る。
「どう?」
「クゥ!」
「なら、やってみなさい!」
ミスルがマッシュリザードを押さえつけた。兎とは思えない怪力なので、それだけでマッシュリザードは動けなくなる。安全に【盗む】が試せる環境だ。
その状態で、アルム兎が数度で手を動かした。そして、ついにその手にはキノコが!
「クゥ!!!」
「でかしたわ!」
ぴょんぴょん跳ねるアルム兎に、ミスルが駆け寄る。自由になったトカゲが噛みつこうとするのを適当にいなしながら、弟子を褒めている。
「本当にできちゃったね……」
「ウサちゃん、凄いです!」
試してみればいいとは思ったが、いざ成功するところを見ると呆然してしまうう。いかんな、我もまだまだ常識に囚われているということか。
「さあ、まだ仮習得しただけよ。何度も繰り返して正式に習得するのよ!」
「クゥ!」
「ふふふ……思ったとおりね! これで、最強の兎軍団が作れるわ!」
やけに【師弟伝授】の伝授を推してくると思ったら……コイツ、そんなことを考えていてのか。
「ミスル……クランのことを考えて提案してのかと思ったのに」
「そ、それはもちろんそうよ! さっきのは、ついで! ついでの目標よ!」
我が冷ややかな視線を向けると、ミスルがわたわた慌てはじめた。
「本当に?」
「本当よ! リビカの負担が減るのは間違いないでしょ? それに考えてみて。幻想体にスキルを伝授できることの有用性を! クラン員でもアルム兎1匹くらいなら召喚できるでしょ? その子たちにも【盗む】を覚えさせれば……」
「お、おお……?」
最初に手間はかかるが、それなら労働力は倍増する。クラン員たちの負担も減るだろう。間違いなく有効な手立てだ。
「さすがは、ミスル! こういう悪知恵は働かせれば右に出る者はいないね!」
「それって……褒めてるのかしら?」
何が気に入らないのか、ミスルがジロリと睨みつけてくる。もちろん、褒めているとも。
「ク、クゥ!」
「あ、忘れてた!」
言い訳に忙しくなったミスルがマッシュリザードを自由にしてしまった。相手をしていたアルム兎から泣きが入ったので、慌てて助けに入る。
ミスルの思惑はともかく、この発見は大きいぞ。クランが今後も発展することは間違いなし。きっと、我らの復讐の力になってくれることだろう。