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第59話 クラン員を増やす

 転移石で迷宮入り口まで戻りクランに戻る。混乱がないように、アルム兎が黒化したことはクラン員に通達しておいた。アサシン化という物騒な変化ではあるが、見た目には体毛の違いくらいなので、特に忌避されることもなく受け入れられたようだ。


 そして、夜の報告会。ここ数日のお互いの状況を話したあと、メイベルが切り出してきた。


「クラン員を増やしたほうがいいかもしれませんね」


 ふむ。前々からそのような話は出ていたが、今回はより切迫している気配があるな。我らが遠征に出る前は、現状でもどうにか運営できるだろうという見込みだったのだが。


「人手が足りないの?」

「はい。みんな、作業効率がよくなってますけど、それ以上に求められる量が増えてますから」


 これまで積極的に集めてきたアイテムは2つ。


 1つ目は言わずと知れた転移石。我がクランの主力アイテムだ。直接卸しているのは『切り裂き烈風』だけだが、冒険者ギルドへの納品数が増えている。転移石の需要は我らが思っていた以上だった。


 転移石がなくても迷宮探索はできる。今までがそうだったので当然だ。しかし、一度その利便性を知ると、手放せなくなるらしい。


 転移石がなければ、迷宮は1層から地道に進まなければならない。必然的に往復に日数がかかり、食料その他補給品の経費が嵩む。


 また、移動中は稼ぎがない。持ち運べる荷物には限りがあるので、途中で獲得したドロップ品は諦めざるを得ないのだ。無論、金になりそうなものなら持っていくこともある。だが、希少性と品質は深層のドロップ品ほど高い。それにともなって、値段も吊り上がる。従って、メインで攻略している層以外で獲得したドロップは結局破棄することになる場合が多い。つまり、その間の収入は0である。


 それらに鑑みて、転移石の利用価値は非常に大きい。ギルドの直販店では金貨2枚で売られているが、中級以上の冒険者ならば、確実にそれ以上の利益が見込めるらしい。


 となれば、買わない理由がないわけで。定期的に納品しているにもかかわらず、店頭からすぐに消えてしまうようだ。供給量を増やそうとしているが、全然追いついていないというのが現状である。


 2つ目は再生のリンゴ。こちらは転移石ほど重きを置いていないが、現状でもそれなりに集めている。


 主な目的は備蓄と食材としての利用だ。再生と名がつくだけあって、食べるとしばらく体の調子が良い。ホワイトな労働環境を標榜する我がクランでは、みなの健康を慮って定期的に提供しているのだ。


 なのでクラン員たちは元気いっぱい。毎日休まず熱心に働いてくれる。


 うむ……何か間違っているような気がしないでもない。


「それもあるだろうけど、やっぱり採集アイテムが増えたのが問題なんじゃないのかね」

「そうですね。特に“身代わり坊主”は仕入先が別ですから」


 クーリアの指摘にメイベルが頷く。


 なるほど。そっちがあったか。


 最近になって取り扱いを増やしたアイテムが2種類ある。影縛りのダガーと身代わり坊主だ。


 影縛りのダガーはエイギルの一件で有用性を実感したので、クラン員による採集品目に加えた。『暁の勇士』へ納品する分も必要であるし、エイギル対策として我がクランでも必要とされている。アルム兎を守るのだと、クラン員たちが張り切っているらしい。アサシン化したアルム兎は守られるほど弱くないが……まぁ、まだエイギルに及ぶほどではない。やはりダガーは必要だ。


 身代わり坊主は、第一迷宮の魔物テルボーから盗んだレア枠アイテムだ。効果が“悪い効果を身代わりになってしばらく請け負う”というもの。なかなか有用そうなアイテムである。


 これについてはギルドからも納品を期待されている。まだアイテム解析に手を出す前だったので、ウォードに鑑定を依頼したからな。買取価格は金貨1枚也。


 身代わり坊主に関しては、無理をしてまで納品する必要はない。だが、自分たちで集めたものが求められているという事実が、クラン員たちには嬉しいらしい。できればそちらも頑張りたいと言われれば拒否もしづらい。


「うーん。無理はしなくていいんだけどね」

「でも、役に立ちたいって気持ちもわかりますから」

「そうだね。あの子たちも、居場所を守ろうと必死なんだよ」


 話し合いの結果、やはりクラン員の増員は必要ということになった。彼らのやる気を尊重しつつ、個々の仕事量を減らすためだ。


「増員するクラン員はまた奴隷なの?」

「うちは秘密が多いからどうしてもね」

「そうだね。それにあの子たちの下になるわけだし……同じような境遇の子がいいんじゃないかね」

「そうですね」


 というわけで、クラン員の増員は決まったが……


「そうなると、僕はしばらくそっちに手を取られるね」


 我がクラン『逆さの鱗』で働くなら【盗む】は必須技能である。現状、我の師弟伝授によってしか習得することはできない。


 ちらりとクーリアを見ると、彼女は軽く肩を竦めてみせた。


「ルーザの足取りは私で調べて見るよ。団長はクランを優先して欲しい」

「いいの?」

「いいのさ。復讐を捨てる気はないけど……それでも、クランを蔑ろにするつもりもないよ。私にとっても、ここは帰る場所なんだから」


 なかなか嬉しいことを言ってくれる。


 そうだな。必要に迫られて作ったクランではあるが、我も今の生活は気に入っている。クランを守るためにも、人を増やそう。

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