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第57話 因縁の敵

 そして、ついに5層へと到着した。転移ポイントも登録できたので、あとは転移石で行き来することができる。


 当初の予定ではすぐにもホームへと帰還するつもりだったが、先にアルム兎たちの用事を済ますことにした。すなわち、因縁の兎対決である。


「首刈り兎なら、全域に出るのから探すのは難しくないよ。でも大丈夫なのかい? あれは、5層の壁になってる。これまでの魔物とは一味違うはずだよ」


 クーリアの説明にミスルは重々しく頷いた。


「問題ないわ。このときのために、厳しい修練に取り組んできたんだもの。そうよね?」

「「「クゥ!」」」


 アルム兎たちの戦意は高い。なかなか、面白い勝負になりそうだ。


「クゥ!」

「あら、さっそく来たのね」


 物陰に潜み、突然襲いかかってくるのが首刈り兎の嫌らしいところだ。しかし、警戒能力の高いアルム兎に奇襲戦法は通用しない。接近に気づいた1匹が警告を発し、すぐさま臨戦態勢に入る。


 我らの様子に奇襲はできないと見たのか。通路の影からゆらりと首刈り兎どもが姿を現した。その数は3。


「うーん。たしかに、凶悪そうだね」

「だろう?」


 小さい体に長い耳。全体のフォルムとしては間違いなく兎なのだが、凶悪さがにじみ出ている。特に顔。よくこのパーツでここまで悪そうな顔にできたなと感心するほどだ。さすがのエイギルも、これにはなびくまい。


「まずはミミィ。あなたが行きなさい」

「クゥ!」


 ミスルが名前を呼ぶと、アルム兎の1匹が前に出た。それに頷くと、今度は首刈り兎に告げる。


「一対一の勝負よ。そちらの先鋒を決めなさい」


 おいおい。魔物相手にそんなことを言ったところで、通じるわけなかろうに。


 だが、我の予想に反して、首刈り兎側も1匹が前に出た。ミスルの申し出に応じる構えだ。


「どうなってるの?」

「私にわかるわけないよ。私に教えられるのは冒険者に関する一般的な知識だけだ。これはどう見ても団長案件だよ」


 我の呟きに、呆れた声音でクーリアが答えた。そんなことを言われても、我には何の心当たりもない。ただ、少なくとも一般的な出来事ではないことはわかった。


 ジリリと距離を詰めるミミィと首刈り兎。徐々に高まっていく緊張に思わず息をのむ。


「クゥ!」


 先に仕掛けたのはミミィ。低い姿勢で、首刈りの懐に入り、鋭い爪の一突きで心臓を狙う。


 対する首刈り兎はそれを横手に躱した。攻撃を避けられたミミィの背中は無防備に見える。この背中を……いや、首元を首刈り兎が狙った。


「キキキ……」

「クゥ!」


 首刈り兎の爪は空を切り、地面を抉るだけの結果に終わった。ミミィも敵の反撃は予想していたのだ。初撃の空振りを察してすぐに体を捻って回避行動に出たようだ。


「どうですか。解説のクーリアさん」

「団長も意外とノリノリだね。両者の実力は拮抗している……と言いたいところだけど、首刈り兎のほうがやや優勢かもしれないね」

「ほほう。それはいったいどういう理由で?」

「動きの無駄が少ないのさ。戦いが長引けば、その影響は如実に表れるだろうね」

「なるほど」


 さすがはベテラン。よく見ているな。身体能力にさほど差はないようだが、ミミィは動かされている。この状況が続けば、徐々に戦況は首刈り兎側に傾いていくことだろう。その前にケリをつけたいところだが、果たして。


「おっと、これは!」

「なかなか思い切った手に出たね!」


 ここで、ミミィが思わぬ行動に出た。目を閉じ、体の力を抜いて棒立ちになったのだ。


「カウンター狙いでしょうか?」

「だろうね。攻撃を誘い、最小限の動きで敵を仕留めるのが狙いだ。自分の弱みを理解し、対応してきたね」

「問題は敵が応じるかということですが……」

「首刈り兎に遠距離攻撃手段はないからね。応じるしかないはずさ」

「と言っている間に、仕掛けた!」


 首刈り兎がそろりと動き、ミミィの首を狙った。物音一つ立てない、とても静かな一撃。


 だが、アルム兎の警戒能力はそれすらも凌駕した。


「キキ……?」


 必殺のはずの一撃が空振りして、首刈り兎が戸惑う。ヤツからすれば、ミミィが当然消えたように見えたであろう。そのミミィは首刈り兎の脇をするりと抜けて、今は背後に立っている。


 そして――その爪が音もなく振るわれた。


「キ、キキ……?」


 信じられないといった様子で、首刈り兎が自らの首元に手をやる。一本線を描くように、赤い血が滲む。その血を境に……胴と首が永遠に別れた。首刈り兎の体が仄かの光を放ち消えていく。


「クゥ」


 その最期を見届けることなく、ミミィは背を向けた。勝利の余韻に浸ることなく、小さく呟いたその声は敗者に捧げる祈りのようにも見えた。


「これは驚きましたね。鮮やかな勝利です」

「そうだね。動きの拙さを自らの特性でフォローした。見事な戦いだったよ」

「ええ。次の戦いも目が離せません」

「それはそうだけど……いつまで続けるんだい、このノリは」


 一騎打ちで敗れた首刈り兎側がどんな反応を示すかと思ったが、意外にも冷静だ。静かに結果を受け入れているらしく、一対一の勝負は続けられた。


 ミミィのあとには、ミミットとミミゼルが指名を受け、同じように首刈り兎を倒した。展開も1戦目と変わらない。アルム兎は機を窺い、一撃に賭ける戦い方が向いているようだ。


 この結果には鬼教官のミスルも大喜びである。


「よくやったは、あなたたち! この調子で、アイツらに兎魂を見せつけてやるのよ!」

「「「クゥ!」」」


 このまま連戦しそうな勢いである。


「それはまた今度ね。一旦戻るよ」

「もう、これからってところなのに! でもまぁ、転移石でいつでも来られるものね」


 ミスルも納得し、いざ戻ろうとしたときだった。3匹のアルム兎が我に小さなカードのようなものを差し出してきたのだ。

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