2日目は、4層まで進んだ。階段そばの袋小路で初日と同じように宿泊する。
「今日はよくやったわ!」
「「「クゥ!」」」
魔法倉庫の中、居並ぶアルム兎たちにミスルが訓示をたれる。何処に向かってるかさっぱりだ。
「ねぇ、団長。あの子たち、だんだん動きが良くなってなかったかい?」
「……クーリアもそう思う?」
「ってことは団長も?」
「まぁ、さすがにね」
兎たちの集会を見ながら、クーリアとこそこそ話す。
道中、他の冒険者がいないところではアルム兎たちが魔物との戦闘を担当した。その中で、動きが洗練していくのが目に見えてわかったのだ。
技術の向上はもちろんあるだろう。だが、それだけでは説明のつかないアクロバティックな動き。明らかに身体能力の向上が感じられる。
「幻想体にレベルはないと思っていたけど、この世界ではそうでもないのかもね」
やはり理が歪んでいるのであろうな。
しかし、それにしたって変われば変わるものだ。アルム兎たちは臆病で争いを好まない性質のはずなのにな。成長できるようになったからといって、自ら戦いの道を選ぶとは思わなかった。
「この調子で鍛えていけば、きっといつか、あの変質者をはね退ける力だって手に入るわ! 自分の身は自分で守るのよ!」
「「「クゥゥゥ!」」」
凄まじく気合いの入った返事をするアルム兎たち。並々ならぬ意気を感じる。
「変質者って、まさか……」
「いや、他にないでしょ」
驚きの表情でこちらを見るクーリアに頷いて見せる。我とて予想もしていなかった事実だ。しかし、聞いてみれば納得できる。脅威は抗う者に成長を促すからな。
なるほど。アルム兎たちがミスルの訓練を歓迎するのはそれが理由か。
となれば、エイギルは我らの戦力アップに一役買ってくれたことになる。ほんの少しくらい感謝は……いや、無理だな。そんなことをしたらつけあがるだけだ。アルム兎たちの平和のためにも塩対応を続けよう。
思わぬ事実が発覚したが、2日目の夜も何事なく過ぎていく。魔物の奇襲があったとしても、アルム兎だけで処理できるので我らが起こされることはないのだ。そういう意味でも、彼らの成長はありがたい。
そのまま、ぐっすり眠って翌朝――
「クゥクゥ!」
「リビカ、起きなさい!」
我はアルム兎とミスルに騒がしく起こされた。クーリアもすでに目を覚ましているらしい。慌てた様子はないので、厄介事というわけではなさそうだ。
「どうしたの?」
「冒険者よ!」
あくびを噛み殺して尋ねると、簡潔な答えが返ってきた。簡潔すぎて、よくわからん。
「たちが悪そうな連中?」
「いや、そういうのじゃなさそうだよ。聞いた感じ、まだ駆け出しに毛が生えたって程度みたいだね。冒険者の暗黙の了解ってものがまだわかってないんじゃないかね」
冒険者に限ったことではないだろうが、活動する上での暗黙の了解というものは存在する。その1つが、袋小路の天幕には不用意に近づくな、だ。
わざわざ、階段までのルートから外れた場所で野営しているのだ。そこに近づくのであれば、寝込みを襲う目的があると思われても仕方ない。トラブルを防ぐためにも、袋小路の天幕を見たら引き返すのが不文律の掟となっている。
ただ、そう。不文律なので、駆け出しは知らないことも多い。他の冒険者との付き合いの中で自然に学んでいくものなのだ。彼らも知らずにここまできたのだろう。
「そういうことか。それなら、教えてあげるのが先達の務めってヤツだね」
「くく……先達って。たぶん、団長のほうが冒険者歴は短いだろうに」
クーリアに笑われてしまった。
ここは第一迷宮の4層だ。本当の駆け出しが来るには少々厳しい階層である。そもそも我も、昨日初めて足を踏み入れたばかりだからな。
「いいんだよ。うちには冒険者歴の長いベテランがいるんだから」
「それって、私のことかい? だから、私はまだ20なんだよ。若手なんだ」
「うんうん。まあ、とにかく出てみよう」
クーリアの言葉を聞き流し、魔法倉庫の外に出る。さらに天幕の布をめくり上げ、迷宮の通路へ。
「クゥ」
「あはは、可愛いね」
「なんでこんな場所に兎がいるんだ? 本当に首刈り兎じゃないんだよな?」
「クゥ!」
「わ、悪かったって、怒るなよ……」
そこにいたのは男女4人ほどの冒険者だった。年齢はメイベルと同じくらい。まぁ、15、16と言ったところだろう。駆け出しという推測に間違いはなさそうだ。
「アンタたち、そこで何をしてるんだい?」
「「うわ!?」」
我に続いて出てきたクーリアが、駆け出し冒険者らに声を掛ける。彼らは完全に気が緩んでいたらしい。強い口調ではなかったのだが、飛び上がるように体をビクリと震わせた。
「あの天幕が見えるかい? 私たちは、ここで野営をしていたんだよ。こういう場所で野営している冒険者に近づいちゃ駄目だよ。賊と間違えられても文句は言えないからね」
「「「ご、ごめんなさい!」」」
クーリアが説明すると、冒険者たちは揃って頭を下げた。どうやら、不文律については知ってるらしい。
「じゃあ、なんで近づいてきたの?」
我が尋ねると、少年冒険者が気まずげな表情で答えた。
「いや、冒険者の天幕だと思わなくて……兎が見張りだったし……」
な、なるほどなぁ。
普通は仲間内の誰かが見張りにつくものな。ところが目張りが兎だ。逆に興味を引いてしまったか。