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第54話 才能開花した兎たち

 幻想体召喚に関して、少し実験をしたのち、魔法倉庫に入った。


 倉庫内はかなり広々としている。大きさとしては、冒険者ギルドの受付のある大部屋と同じくらいだ。宿泊スペースとしては申し分ない広さである。だが、だからこそ、家具すらない今の有り様は酷く殺風景だ。


「うーん。さすがにもう少し整えたいね」


 高級宿並みとは言わないが、せめてベッドくらいは欲しい。遠征中はどうせ使わないんだから、ホームのものを入れてくればよかったか? いや、自力で運ばねばならんから、何度も出し入れするのはな。


 まぁ、仕方あるまい。グレドの件もあり、遠征の準備を急いだという理由もある。家具の用意までは間に合わなかったのだ。


 しかし、発注くらいはやっておけばよかったな。なんだかんだ事件が続いたので、後回しにしてしまった。街に戻ったら忘れずにやっておくとしよう。


 ちなみに、転職の女神像を魔法倉庫に設置しようという意見もあったが、それは見送った。持ち運ぶには便利だが、あれを必要とするのは我らだけではなくクラン員もだからな。むしろ、ある程度職業加護の成長が終わった我らより、彼らのほうが必要としているものだ。なので、女神像はホームに設置したままだ。


「リビカ、あっちのスペースを訓練に使わせてもらっていいかしら?」


 遅れて入ってきたミスルが、倉庫の奥側を指さす。


「使うのは構わないけど……本当に訓練するつもりの?」

「もちろんよ! ね、あなたたち?」

「「「クゥ!」」」


 ミスルの言葉に返事をするのは10匹以上のアルム兎たち。ちなみにこれで全てではない。見張り要員として2匹を外に残しているのでな。


 この兎の群れはさきほどまでやっていた実験の一環で呼び出した者たちだ。


 実験によって様々なことがわかった。例えば、同一幻想体の複数召喚について。我の知る理では不可能だったはずだが、この世界に適応した今は問題なくできるらしい。


 ただし、制限はある。2体目以降の召喚はコストが跳ね上がるらしく、幻想体の維持に大きなマナを消費するのだ。短時間……例えば、戦闘中だけならば3体くらい維持することも可能だが、常時召喚は無理だ。


 しかし、これには例外があるらしい。それが、ここに大量のアルム兎がいる理由でもある。


 実は、この者らは全てミスルが呼び出した個体なのだ。アルム兎に限ってだが、ミスルは召喚コストを大幅に軽減できるらしい。原理は不明。兎ボーナスでもあるんだろうか。


 ちなみに、全てに名前が付けられているらしい。名付けによって幻想体は別個体として独立するようだ。再召喚も、名前を指定して同一個体が呼び出せるのだ。


「訓練するって言うけど、幻想体は成長しないんだよ。それは説明したよね?」

「覚えてるわよ。でも、記憶が残るなら、経験は積めるんじゃない?」

「それは間違ってないよ。でも、この世界ではレベルの影響が極めて大きいんだ。訓練くらいじゃ、実力は覆らないよ」

「それも知ってる。けど、この子たちは、リビカの知ってる幻想体とは違うんでしょ? もしかしたら、レベルアップするかもしれないよ」

「うーん……そう言われるとそうかも?」


 幻想体にレベルは存在せず、成長もしない。それが我の知る理だ。


 だが、ミスルの言うことにも一理ある。すでに複数召喚や自我の強さといった齟齬が確認されているのだ。レベルに関しても我の知る幻想体とは異なる可能性は大いにある。


 まぁ、良いか。アルム兎を鍛えることで失われるのは、ミスルの時間くらいだ。これも実験と思えばよい。


「わかったよ。でも、寝るときはうるさくしないでね?」

「当たり前じゃない! アタシもそこまでするつもりはないわよ。夜はぐっすり寝たいもの!」


 うむ。さすがは我が妹。安定のサバイバル弱者である。


「じゃあ、問題ないよ」

「良かったわ! じゃあ、あなたたち、行くわよー」

「「「クゥ」」」


 ミスルは奥にアルム兎たちを引き連れていった。その様子をクーリアが不安げに見送っている。


「どうしたの?」

「あ、いや、良かったのかなと思って」

「え? 何が?」

「訓練の成果が出るとするだろ? そうすると、首刈り兎との違いが……」

「ああ……」


 ただでさえ、兎という共通点があるのに、戦闘力まで持てば、ますます勘違いされやすくなる。首刈り兎と間違えられるのを不服そうにしていたのに、進んで寄せていってる感じはするな。


「あなたたち、よく見てなさい! 首刈りは……こう! さぁ、あなたたちもやってみなさい?」

「「「クゥ!」」」


 いや、これはもう駄目であろう。首刈り兎化待った無しだ。


 そんな我らの予測は的中してしまったらしい。翌朝、出発前にミスルから提案があったのだ。


「あ、途中の魔物はアタシたちに任せてくれないかしら?」

「アタシたちって……そのアルム兎たちのこと?」

「「「クゥ!」」」

「ふふふ、訓練の成果を見せてあげるわ!」


 自信ありげなミスルを見て、我とクーリアは顔を見合わせる。が、止める強い理由もなかったので、それを許可した。


 その結果――――


「ちょうどいい敵ね! さあ、あなたたち、やっておしまいなさい!」

「「「クゥー!」」」


 現れたのは、ゴブリンより少しだけ強いゴブリンファイター。その首を戦闘力を持たないはずのアルム兎たちが刈り取っていく。


 そこにはすでに首刈り兎の片鱗が見えた。いや、姿形が可愛らしく、相手の油断を誘う分、余計にたちの悪いかもしれない。


 とんでもない才能を開花させてしまったものだな……。

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