以降、大したレア枠アイテムも見つからぬまま、2層を探索することしばらく。我らは第一迷宮の中にしては珍しく広めの空間に出た。野営の準備か、多くの冒険者たちが動き回っている。
「第一迷宮だと広いスペースが限られているからね。浅い階層だと、ここみたいに野営場として利用されてるんだよ」
「そうなんだね」
クーリアの解説に頷く。
こうして集まることで、安全確保しているのだろう。人が集まると魔物を引き寄せやすくなるが、見張りの人数も増えるので誰かが気づく。寝込みを襲われるのが一番怖いので、それが防げるだけでもありがたいということだ。
「それにしては緊張感が凄いわね」
ミスルの言う通り、野営場は穏やかな雰囲気とは言えない。仲間内では和やかに話している者らもいるが、それでも他パーティには心を許していないように見える。
同業者とはいえ、仲間とは言えない。当然といえば、当然かもしれないが、それにしてもトゲトゲしい雰囲気だ。
不思議に思っていると、クーリアが渋い表情で呟いた。
「あんなことがあったばかりだからね」
「ああ、グレドの。すっかり元通りとはいかないんだね」
冒険者が大勢の同業者を殺害するという大事件。表面上は日常を取り戻したように見えても、あの日の傷は完全に癒えたわけではないようだ。
「まぁ、冒険者にもクズはいる。信じきって痛い目に合うよりは賢い選択だよ」
クーリアが眼帯を撫でながら、薄っすらと笑う。
うむ……こちらの傷もなかなか重傷のようだな。
「アタシたちはどうするの? こんなギスギスしたところは御免よ?」
「そうだね。ここじゃ落ち着いて眠れなさそう」
「団長たちがそこまで繊細とは思えないけどねぇ」
なかなか失礼なことを言っているが、有能な実務部長はこの展開を予想していたのだろう。特に考えこむこともなく、「こっちだよ」と我らを導く。
人の隙間を抜けるように進む。どうやら広間を抜けるようだ。しばらく進んだ先で行き着いたのは袋小路。
「行き止まりじゃない。道を間違えたの?」
「違うよ。ここに泊まるんだ。こういう場所のほうが見張りが楽だからね」
「正面だけを警戒すればいいってことか」
「階段へのルートから外れてるってのもあるね。他の冒険者があまり近づいてこないのさ」
なるほど。逆に近づいてくる者は警戒に値すると。
「まずは天幕を張るよ。魔法倉庫はその中に設置しよう」
「了解だよ」
「じゃあ、アタシは見張りを召喚するわ!」
早速、野営の準備をする。といっても、我らは魔道具によって大幅に手間を省いているので、大したことではないが。
わざわざ天幕を張るのは、魔法倉庫を隠すためだ。それなりに高価な品なので、いらぬ欲心を呼び起こさせないための配慮である。この程度のアイテムで目がくらむようなヤツは大した脅威にならないだろうが、夜はゆっくり眠りたいのでな。
熟練者のクーリアがいるので、天幕の設置にも手間取ることはない。みるみるうちに宿泊準備は整った。
「食事はロームが用意してくれた料理があるし……これなら、もう少し進んでもよかったかもしれないね」
「やっぱり魔道具は便利だね」
ふふふ。サバイバル能力のなさのせいで少々遠回りしたが、結果として効率の良い冒険が可能になったわけだ。悪くないのではないか。
「あとは見張りだね」
「ふふん、そっちはバッチリよ! あなたたち、しっかり働きなさい?」
「「「クゥ!」」」
ミスルが会話に混ざってきた。見張り要員として3匹のアルム兎を従えている。
……おや、3匹?
「ミスル。その子たち、どうしたの?」
「どうしたのって、召喚したのよ」
「3匹とも?」
「3匹とも」
「……あっれぇ〜?」
おかしいな。リビカ流召喚術において、召喚できる幻想体は1種類につき1体のはずなのだが。
「どうしたの、変な声を上げて」
「察するに、複数召喚できるのはおかしいってことじゃないのかい」
不思議そうな顔をするミスルにクーリアが推測を口にする。説明することなく理解してくれるのはありがたい。
「そのはずなんだけどね」
「でも、普通に召喚できたわよ」
「うーん。そうなのか」
こちらの理に合わせたことで変化があったのかもしれんな。以前にはなかったはずの感情が垣間見えるようになったこともある。これも歪みの1つということか。
「あれ? でもそうなると、彼らの自己認識はどうなってるの?」
「自己認識? なんのことよ?」
「ええとね」
幻想体の強みは、再召喚で復活できる点だ。ルーザを追っていたアルム兎がそうであったように、偵察途中で倒されてもそれまでの記憶は保持される。そのため、召喚で現れるのは同一個体だという認識であった。しかし、3体同時に召喚できると話は変わってくる。
その辺りのことを説明すると、ミスルはコテンと首を倒した。
「難しいことはわからないけど、この子たちは別々の個体よ」
「どうしてわかるの?」
「どうしてって……見たらわかるじゃない」
ミスルは事も無げに言うが、我には見分けがつかない。どれも同じアルム兎に見える。
「クーリア、わかる?」
「ミスルはわかるけどね」
「それは僕にもわかる」
「もう、仕方がないわねぇ。だったら、これでどう?」
ミスルは偉そうに言うと、アルム兎たちに向き直った。
「ミミィはジャンプ、ミミットは伏せ、ミミゼルはそのまま立ってなさい!」
「「「クゥ!」」」
指示に従い、アルム兎たちがそれぞれ違う動きをした。どうやら、自分の名前を認識しているらしい。
「ね?」
「そうみたいだね。じゃあ、記憶の共有とかはないの?」
我の問いに、アルム兎たちは顔を見合わせると、中央の個体がクゥと頷いた。
記憶の共有もない。ということは、分身でもなく、完全に別個体のようだ。
うーむ。幻想体、奥が深いな。