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第52話 鈍重結界符

 5層を目指すならば、日帰りとはいかない。クラン員たちには数日遠征に出ると伝えてある。予定では、3日で到達できる見込みだ。


 グレドの凶行がなければ第三迷宮のほうで遠征をするつもりだったので、食料などの準備はできている。我らはその日のうちに第一迷宮へと向かった。


「あんな事件があったばかりなのに、人が多いわね」


 我の肩に乗ったミスルが耳元で囁く。


 その言葉通り、迷宮のゲート前は多くの冒険者でごった返していた。先日の凶行の名残りは感じられない。


 隣を歩くクーリアが首を竦める。


「こんなもんだよ。新人冒険者なんていつも金欠だからね。危険があってもダンジョンに潜らなきゃ宿代もままならないのさ」


 なるほど、そういうものかもしれない。


「僕らも最初は収入がなくて大変だったものね」

「あれはリビカがリンゴ狩りにこだわったからでしょ」


 マラソン嫌いのミスルがてしてし頭を叩く。もうしばらくやっていないのに、いつまで文句を言うのやら。


 そんな我らを見た、クーリアが呆れの混じる声で言った。


「大変って……団長は一ヶ月足らずでクラン結成までやってるじゃないか。そういうのは大変とは言わないよ」


 まぁ……確かに。一時は金欠生活に片足を突っ込みかけたが、結局はそんな事態には陥らなかった。【盗む】の存在に気づけたおかげで、貧乏とは無縁であったな。ありがたいことだ。女神の目こぼしには感謝せんとな。


「ところで……なんだか、視線を感じるね?」


 ジロジロ見ているわけではないが、ふとした瞬間、我らを窺っているような視線を感じることがある。これは駆け出し連中のものではあるまい。露骨にならないように気をつけているものの、隠しきれない鋭さがある。おそらくは、中堅レベルの冒険者たちだ。


「まぁ、転移石については調べてるところも多いだろうさ。眼帯の私と兎を連れてる冒険者ってのは、目立つ組み合わせだしね。知ってるヤツには知ってるんだよ」

「なるほどねぇ」


 ある程度予測していたが、それ以上の注目度だ。我らが復讐のために動いていると悟られないなら、見られるくらい構わないのだが……それでも少し落ち着かない。


「ま、有名クランになるとこんなものだよ。そのうちに慣れるさ」


 クーリアは慣れた様子だ。以前所属していた『月下の剣』というクランもそれなりに有名だったらしいので、経験談かもしれんな。


「それより、方針を確認しよう。5層まで最短経路で進むんだったね?」

「うん。ルーザの足取りを追うのが第一の目的だからね。それに転移石の登録もできたほうが便利だしね」


 第三迷宮と同じく、第一迷宮も5層に転移ポイントがあるらしい。登録すれば移動が楽になるので、まずは真っすぐ5層を目指すつもりだ。


「魔物はどうするのよ?」

「とりあえず、レベル30を目指すことにしたから、遭遇したら倒すよ」

「まだ懲りてないのね!」


 ミスルがてしっと我の額を叩く。あいかわらず、レベル上げ下げによる能力強化には不服があるらしい。女神の許可をもらったのだから何も問題はないというのに。


 とはいえ、ここで激論を交わすわけにはいかない。話をすり替えるよう。


「ミスル。ここはまだ人がいるんだから静かにね」

「はいはい。言っても聞かないんだから」

「ほら、おしゃべりはそこまでだよ。急ぐんだろ」

「……そうだね」


 カーミラの言う通りだ。今日中に2層の半ばに到達しておきたいからな。時間を無駄にするわけにはいかないのだ。


 1層は素通りする冒険者も多く、最短経路を歩くと列に沿って歩くような状態になる。そんな有り様なので、魔物と遭遇することも滅多にない。結局、一度も戦闘にならず、下り階段まで到着した。


「探索っていうより散歩だね」

「浅層はそんなもんだよ。魔物と戦いたいなら経路から外れないと」

「わかってるんだけど、ただ歩くだけってのもね……」

「正直、退屈だわ!」

「じゃあ、2層では少し戦ってみるかい?」


 クーリアの提案に心が揺れる。


 そうだな。盗めるアイテムも確認しておきたいし、そうするか。


 というわけで、2層は最短経路ではなく少し遠回りして魔物との戦闘も試してみることになった。


 最短経路を進む行列から離れてしばらくすると、最初の魔物が現れた。ナーメックという軟体系の魔物だ。


 雑魚なので戦闘に関しては……特に語ることはない。雑魚なので。


「全然、大したことないわね!」


 トドメを刺したのはミスルだ。お手本のようなドヤ顔で胸を張っている。


 まぁ、実際に大したことがない。【盗む】を数度試して用済みになったら、ミスルが爪で真っ二つとなった。


「そりゃそうでしょうよ。ミスルも能力値でいえば、上級冒険者と手前くらいあるんだから」

「まだ上級冒険者レベルではないのね。どれくらいから上級冒険者って呼ばれるのかしら?」

「深層に至ると上級冒険者って呼ばれるようになるんだよ。第一迷宮だと21層以降だね」

「クーリアはどうなの?」

「私かい? 奴隷になる前は上級目前の中級ってくらいだったね。今なら上級にも手が届くと思うけど」


 ふむ、そんなものか。クーリアはなかなかの実力だと思ったが、上級にも至っていなかったらしい。意外と迷宮も手強いのだな。


「ま、魔物が雑魚のなのは仕方ないわ。それより、リビカ。アイテムの鑑定はおわったの?」

「一応ね。レア枠はこれだよ」


 鑑定というより、データ参照であるが。ともかく、目的は達してある。


 レア枠として盗んだアイテムは一見すると短冊状にカットされた紙切れに見える。呪符タイプのマジックアイテムだった。


「“鈍重結界符”なんだって」

「なによそれ?」

「一定範囲に鈍重結界を張るんだって。体が重くなって身動きが取りづらくなるみたいだよ」

「ふぅん。便利と言えば便利ね。でも、影縛りのダガーがあればいらないかしら?」


 ミスルがこてんと首を倒した。たしかに、効果だけを考えると、影縛りのダガーのほうが強力だ。


「メリットはあるんだけどね」


 とはいえ、こちらは結界範囲に入れば強制的に効果が及ぶ。複数の敵を巻き込めるというメリットもある。


「なるとほどね! そう言うと使えそうに思えてきたわ!」

「だけど、敵味方の区別しないんだ」

「駄目じゃない!」

「それは使いづらいね」


 まぁ、そうなのだ。呪符は手元で発動するタイプのアイテムなので、使用者を中心として結界が作られる。一人が囮になって多数の魔物を巻きこむという使い方はできるので全く使えないわけじゃなだろうが、非常に使い所を選ぶアイテムだ。


「通常枠のほうはどうなのよ?」

「そっちは素材アイテムだったよ。これ」

「小瓶じゃない。魔法薬じゃないの?」

「ナーメックの粘液だって」

「げ! そんなものいらないわよ!」


 我もいらない。レア枠のほうはともかく、通常枠は調べる必要もないかもしれんな。ドロップアイテムを調べれば、予想はつくだろうし。

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