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第51話 追跡失敗のちに迷宮探索

 思わぬトラブル兎好きの変質者によって、ブラストの追跡は失敗に終わった。が、追手を放っていたのはそちらだけではない。クーリアの標的である処刑人――ルーザにもアルム兎をつけてある。『暁の勇士』との衝突を避けるためにも、まずはそちらから手をつけようと思っていたのだが。


「そっちも気づかれちゃったの?」

「残念ながらね」


 定例となっている夜の集まりで、クーリアから追跡失敗の報告を受けた。


「突然繋がりが途絶えてね」

「ってことは、やられちゃったか」


 アルム兎は戦闘能力を持たない警戒と情報収集に特化した幻想体だ。追跡に気づけば消滅させるのはたやすい。運が良ければ見逃してもらえるかもしれないと思って、愛嬌ある兎の姿にしてあるのだが……そう甘くはないか。


 まぁ、相手も警戒している。明らかに追跡されているとわかれば消滅させておくか。カーミラにもブラストを尾行させていたと気づかれたしな。その辺りは、追跡特化というわけじゃないので仕方がない。


「兎に優しくしないヤツはクズよ!」

「はいはい、そうだね。でも、大丈夫。幻想体だから、死んだわけじゃないよ」


 消滅しても、復元できるのが幻想体の強みだ。すぐにとはいかないが、半日も休ませれば再召喚できる。


 というわけで、続きは翌朝。クーリアのアルム兎を再召喚してからとなった。




「クゥ、クゥ!」

「あら、そうなの?」

「クゥ!」


 早朝から集まって、アルム兎から報告を聞く。


 実を言えば、アルム兎には自身の言葉を伝える術を持たない。召喚者はなんとなく意思を感じとれるのだが、詳細な報告を汲み取れるほどではないのだ。


 しかし、我がクランにはミスルがいる。我が妹は何故かアルム兎と対話できるのだ。


 本当に何でだろうな。幻想体は見た目こそ兎だが、本物の兎ではないはずなのに。いや、それはミスルも同じか。


 まぁ、理由などどうでも良い。ともかく、そのおかげで、昨日の追跡の顛末を聞くことができるというわけだ。


「この子がやられたのは迷宮の中みたいね」

「クゥ! クゥ!」

「首刈り兎と間違えられて倒されちゃったみたい。自分はあんなのと違うって憤慨してるわ」

「そ、そうなんだ」

「クゥ!」


 首刈り兎と間違えられたことがよほど不服らしく、言葉がわからずともイライラが伝わってくる。


 ううむ。幻想体にしては、やけに感情豊かだ。我の知るアルム兎とは様子が異なるな。


 本来なら、幻想体は“自我が薄い”という性質を持つはずだが、最近の行動を見るに少々怪しい。この世界の理に沿うようカスタマイズされた結果かもしれん。


 と、幻想体についての考察はここまでにしておくか。


「首刈り兎と間違えられたということは第一迷宮かな?」

「クゥ! クゥクゥ!」

「壁だらけの迷宮だって話だから、そうでしょうね」

「ってことは5層か6層かい?」

「クゥ」

「5層だって」


 ルーザは単独で第一迷宮の5層まで行ったらしい。そこでアルム兎は倒れたので、この後の足取りは不明だ。


「何の目的でそんな場所に行ったんでしょうね?」


 メイベルが首を傾げた。


 処刑人の真似事をしていたが、ルーザも冒険者である。迷宮に潜ったとしてもおかしくはない。だが、処刑執行直後の行動としては違和感がある。アルム兎によれば、処刑を終えたあと、そのまま迷宮に向かったらしい。


「撹乱のため、かね?」

「もしかしたら、そうかもね」


 最初から尾行に気づいてたか、あるいは用心のためか。追跡者にアジトを知らせないため、あえてダンジョンに引き込んだのかもしれない。


「でも、この子を首刈り兎と勘違いしたんでしょ? ってことは、尾行には気づいてなかったことじゃないかしら?」

「うーん、そう言われると……そうなのかな?」


 どうだろうな。我としては、少々違和感が残るが。


「首刈り兎って、こんななの?」


 アルム兎を視線で示し、クーリアに尋ねる。


「いや、アイツらは兎といいつつ、もっと凶暴な面構えをしてるね。まともな観察力があれば、区別はつくよ」

「クゥクゥ」


 クーリアの説明に、アルム兎がこくこく頷く。


「ただ、迷宮探索中の不意の遭遇だとどうかね? 戦闘中は敵をじっくり観察する余裕はないよ。その状況で見分けられるかと言えば……」

「クゥ!?」


 そんなと、驚くアルム兎。信じていたのに裏切られた。そんな感情が見事に表現されている。演技派だな。


「つまり、ルーザは尾行に気づいていない。倒されたのは偶然という可能性も否定できないってことだね」

「まぁ、そうなるね」


 ううむ、どうするか。ルーザが第一迷宮に入ったのが撹乱のためなら、探索したところでヤツに繋がる手がかりが手に入るとは限らない。


 とはいえ、他に手がかりがない。ならば、うだうだ考えるよりも、動いたほうが建設的か。


 探索の経験は無駄にはならんしな。我らは充分に強くなったが、今後の標的はそれを上回ってくる可能性もある。能力強化の意味でも探索は進めたいところだ。


「よし。今日から第一迷宮の探索をすることにしようか。とりあえず5層を目指そう」

「異存はないさ。ただ、今回は私も連れて行ってくれよ」


 クーリアが同行を願い出た。彼女の目的を考えればごく当然のことなのだが、そうなると困ってしまう。


「クラン員たちはどうするの?」

「大丈夫だよ。仕事には慣れたし、私がいなくてもちゃんとやれるよ」


 うむ。クラン員たちは優秀だ。クーリアの指示が無くても採集作業は進めてくれるだろう。


 ただ、他クランが我らの秘密を探ろうとしたとき、敵を撃退する戦闘力がない。職業加護の習熟でそれなりに成長してはいるはずだが、主な活動はレアアイテム集めだからな。我らほど急激な成長を遂げているわけではないのだ。


「そういうことなら、今回は私が採集作業に付き添いますよ」


 名乗り出たのはメイベルだ。彼女自身の復讐はすでに果たした。だからサポートに回るということだろう。


「わかったよ。じゃあ、しばらくは僕とミスル、クーリアで第一迷宮の5層を目指すってことで」

「ああ、感謝するよ」


 さて、それならば善は急げだ。早速、迷宮探索に向かうとするかな。

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