アルム兎にブラストのあとを追わせたのは、本拠地を探るため。ひいては、復讐対象であるヤツを殺すためだ。当然ながら、馬鹿正直に目的を告げるわけにもいかない。
かと言って適当な理由で誤魔化すのは危険だ。不自然な点があれば、ますます怪しまれてしまう。その結果、『暁の勇士』がどういう行動に出るか。これがわからない。
グレドのように評判が悪い日陰者ならばともかく、仮にもブラストは冒険者ギルドの長だ。復讐だと言って納得してもらえる保証はない。もし、『暁の勇士』と敵対することになれば厄介だ。
ここは、ある程度カーミラが納得できる筋書きを用意してやったほうがいいだろう。
そうだな。クーリアには申し訳ないが、彼女の因縁を利用させてもらおうか。
「ギルド長を探ってたのは事実です。知りたかったのは、あの処刑人との関係ですね」
「処刑人?」
予期せぬ言葉だったらしく、カーミラが訝しげな表情を浮かべた。
目配せすると、クーリアは静かに頷いた。意図は伝わっただろう。
「カーミラさんは『月下の剣』ってクランがあったのを知ってるかい?」
「……ええ、それはもちろん。勢いのあるクランだったもの。あなたが、そこに属していたのも知ってるわ」
「そうかい」
クーリアが眼帯を撫でながら、薄ら笑いを浮かべた。普段はあまり感じさせない昏い感情が垣間見える。カーミラとトルスは僅かに息を呑んだ。
「どう聞いてるか知らないけど、私は嵌められたのさ。クラン資金を使い込んでいたルーザって野郎にね。それで私は奴隷落ち。クラン員の多くは私を支持してくれてみたいだけど、ルーザの野郎が裁かれることはなかった。ヤツには強力な後ろ盾があったからだ」
わかるかいと言いたげにクーリアが視線をやる。それを受けたカーミラが表情を曇らせた。
「それがギルド長だったということ?」
「少なくともルーザはそう言っていたそうだよ。実際にギルドの動きは鈍かった。だから、ある程度信憑性はあると思ってる」
「なるほど……」
カーミラは考え込む様子を見せた。しかし、疑っている様子はないな。つまり、彼女をブラストならばそうした行動をとってもおかしくないと考えているということか。ならば、多少踏み込んだことを話してもいいかもしれない。
いや、そう考えるのは早計か。表情を隠している可能性もある。こちらの正当性というか、ギルド長を追跡した理由だけ納得させれば充分だな。
「さっきの処刑人というのは?」
続けてカーミラが聞いてきた。実のところ、我もヤツが何者かは聞いてない。まぁ、あのときのクーリアの表情を見れば聞くまでもなかったというのが、正直なところだ。
「ルーザだよ。まさか、ギルド長のところに転がりこんでいたなんてね……!」
クーリアが笑っている。心底楽しそうに。しかし、そこに穏やかさはない。獲物が手の届く場所に現れたことを喜ぶ狩人の笑みだった。
ルーザを見つけてどうするつもりか。カーミラたちは問いもしない。その必要もない。クーリアの笑みこそが何よりの決意表明だ。見つけたからには必ず殺す、とその顔は雄弁に物語っていた。
「そういうこと。クラン内の対立なら、私たちが口に出すことではないわね。もちろん、法の許す範囲では、だけど」
カーミラが表情のない顔で言う。
殺人は当然、法に反する行為だ。ならばこれは復讐を咎めているのか。
おそらく、違う。要はやるなら露見しないようにやれということだろう。それならば、見て見ぬふりをしてやれる、と。
注意を払うべきは“クラン内の対立なら”という言葉だ。無関係な者を巻きこむなという釘刺しに聞こえる。
当然、我らもその程度のことは弁えている。復讐のために、無関係な者を犠牲にするつもりはない。
問題は、何処までが無関係なのか、という点だ。クラン内というからには旧『月下の剣』の関係者にとどめよということだろうか。そうなると、ブラストはその範疇に含まれない。
我らの目的を考えれば、ヤツを見逃すという選択肢はない。場合によっては、『暁の勇士』と事を構えることになるかもしれん。
まぁ、それを今から心配しても仕方があるまい。ブラストの悪行を証明できれば、戦いは避けられよう。
となれば、先にルーザとやらを当たったほうがいいだろうな。処刑人などをやっているくらいだ。ブラストの手駒として働いているのだろう。ヤツの悪事について知っている可能性は高い。クーリアの復讐もあるし、ちょうど良い。
「リビカ団長?」
少し自らの思考に沈んでしまっていたようだ。対面するカーミラから声をかけられてはっとする。
「ああ、すみません。もちろん、無法なことをするつもりはありませんから。安心してください」
ニッコリと笑って答えると、カーミラが妙な顔で俯いた。どういう意図かと思っていると、隣のトルスが呟く。
「笑顔が胡散くさすぎる……」
おい、それはどういう意味だ。天真爛漫な純度100%の笑顔であろうが。
カーミラを見ろ。お前が不躾なことを言うせいで、また胃を擦っているぞ。
「トルス、お願いだから思ったことをそのまま口にすることを止めて」
「ということは、カーミラさんも同じことを思ったんですよね?」
「……そんなことはないわ」
カーミラ!?
なんだ、その妙な間は。
「クーリア、そんなことはないよね?」
「私は団長のことを尊敬してるよ」
いや、そんなことは聞いとらんが。とりあえず、我の目を見ような?
■
クラン『逆さの鱗』のホームを辞して、拠点に戻る。あの
「カーミラさん。うちの事情についてはしなくて良かったんですか?」
その途中、トルスが話しかけてくる。
「いいのよ。あちらが納得するとは限らないもの」
私が告げると、トルスは表情を曇らせた。
「できれば敵対したくはないんですけどね。取引相手としては非常に優秀ですし……何より得体がしれない」
「そうね」
そこは疑いようもない。新設クランに、あの
それに、あのグレドのこともある。アイツは完全に怯えて切っていた。それだけならまだしも、何故、あそこまで力を失ってしまったのか。あれは、単に衰弱というだけでは説明がつかない。いったい、何をすればあんなことになるのか。全く想像がつかない。
「慎重に立ち回る必要があるわね。あの、ルーザーという男、こちらでも調べてみましょうか」