さて、カーミアの胃の調子は心配だが、いつまでも歓談を続けるというわけにはいかない。我らは具体的な値段交渉に入った。
「あのダガーは……そうだね。1本で金貨5枚というところでどうかな?」
「なるほど。トルスさんは『暁の勇士』の団長の価値をその程度と考えているんですね。意外です」
「というと?」
トルスが不思議そうな顔をする。すっとぼけたところで無駄だぞ。
「いやいや、別に深い意味はないですよ。ただ、安く見積もったなぁと」
「……そうかな? 効果は有効だけど、発動条件が少し厳しいから、これくらいが妥当かと思うけど」
まぁ、実際のところ、鑑定したらその程度に落ち着くかもしれないがな。別に金に困っているわけではないので、それで妥協しても構わんのだが、ここはふっかけておこう。牽制のためにも。
「でも、効果は強力ですよね。迷宮都市で十指にも入ろうかという実力者をそれなりに長い間拘束するアイテムですからね。僕からすると金貨10枚はくだらないと思ったのですが、トルスさんがつけたのは半値以下でした」
トルスの頬がひくりと動いた。気にせず、我は続ける。
「値段の差は何処から来るのかといえば……エイギルさんの戦闘力に対する評価の違いから来るんじゃないかなぁ、と。つまり、トルスさんは僕ほどエイギルさんの強さを認めていない……おや、これってもしかして……?」
「その辺りでやめてくれないかな。クラン内で俺の立場がなくなっちゃうから!」
トルスが苦笑いで両手を上げる。降参ということかな。
「では、少なくとも僕よりはエイギルさんを高く評価しないと駄目ですよね」
「……わかった。1本金貨12枚でどうかな?」
「ええ、いいんじゃないでしょうか」
絞ろうと思えばまだ絞れると思うだろうが、この辺りにしておこう。今後の付き合いもあるだろうからな。
「団長……えげつないね」
クーリアが何故か引いている。ふっかけすぎだと思っているようだ。
「いやいや、重要なことだからね。最初の値段づけが今後に関わるんだから」
「今後?」
「そう、今後。だって、こんな便利なアイテム、大手クランだって欲しいと思うんじゃない?」
「ああ……」
クーリアの顔に理解の色が浮かぶ。同時に、トルスの顔には苦笑い。
「お見通しか。もし可能なら、うちに卸して欲しいんだけど」
そら来た。そう思ったので、値段を吊り上げておいたのだ。大量に卸せと言われると面倒なのでな。値段を吊り上げて、購入を躊躇うくらいにしようと。
転移石は数を売却することで、希少性を落とす方針をとった。あのときは、友好的かどうかはわからないクランに目をつけられていからな。
さらに言えば、使用した事実を隠しづらいという問題もある。入り口に転移したらどうしてもバレるのだ。我らが自由に使うなら、広く流通させたほうが都合が良いという事情もあった。
しかし、影縛りのダガーは秘匿する方向だ。戦闘中にしか使わないので、我らが使うところを見られるリスクは小さい。あえて開示する必要はないのだ。
さらには、暗殺向きのアイテムであるというのもある。そんなものを扱って、標的や同業者を無闇に警戒させるのは握手だ。
「そうですね。月ごとに最初の5本までは金貨5枚。そのあとは相談というのはどうですか?」
「おや、金貨5枚? ずいぶんと譲ってくれるね」
「その代わりに条件があります。このアイテムについてはクラン外には明かさない。クラン員にも、無闇に入手先を伝えない。それが破られた場合、優遇はなしです」
「なるほど、口止めか。そういうことなら……うん、それでお願いしようかな」
よしよし。月5本くらいまでなら、クラン員たちについでに採集させることは負担にならんだろう。今回の負担分でクラン員を増員したっていいしな。
「それにしても……その口ぶりだと、ダガーのほうも数を揃えられそうな感じだね?」
トルスがにやっと笑う。おっと、もっと渋るべきだったか。我も詰めが甘い。やはり商談の才能はないか。
「……いや、大手クランの圧力に屈して、しかたなくといったところですね」
「よく言うよ。本当に」
呆れた顔でトルスが言う。カーミラはともかくクーリアまでが同じ表情だ。解せぬ。
「これで補填の話はおしまいですね。ダガーの納品はしばらくお待っていただければ」
「はいはい、そっちはまた日を改めて、ね」
トルスからダガーの補填として金貨60枚を受け取った。今月分の納品はこの場ではせずに、後日とする。5本くらいなら在庫はあるが、それを明かすのは面白くないのでな。
「今回の件は申し訳なかったわね。今後、アレがこちらに来るのはできるだけ阻止するけど、そちらはあまり期待しないで」
カーミラが改めて頭を下げる。
エイギルについてはどうしたものか。もう自分のクランで兎でも飼えばいいのではないかと思うんだがなぁ。
「ところで――――」
これで話は終わりかと思ったが、そうはならなった。胃痛のことなど感じさせないピンとした姿勢で、カーミラが我らを見据える。
「今回の事件の発端、あの兎はギルド長を探っていたように見えたけど……あれはどういう思惑があってのことなのかしら?」
ふむ、なるほど。それがあったか。
さて、どうするか。