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第48話 謝罪と商談

「本当にごめんなさい」


 場所を移して応接室。向かいに座るカーミラは深々と頭を下げた。迷宮都市でもトップクラスのクラン『暁の勇士』の副団長が、吹けば飛ぶような新興クランの団長にここまで下手に出ることは珍しいだろう。


 まぁ、それだけのやらかしでだったという認識なのだろう。なにせ、団長が他所のクランで兎を追い回す変質者となっていたのだからな。


 うん、そう。団長らしいのだ、アレエイギルが。絶対に人選をミスっている。カーミラが団長になったほうがいい。


 では、何故そうではないかと言うと、圧倒的な強さが原因だ。エイギルはあれでタンデル最強の一角らしい。冒険者は所詮荒くれ者集団だ。必然、強いほうが敬われる傾向にある。トップは強い者が務めるというのが一般的なのだ。まぁ、例外はいくらでもあるらしいが。


 強さ優先で団長を決めるため実務処理が苦手な場合も多いらしく、副団長はそれを補佐する者が選ばれやすい。『暁の勇士』で言えば、それがカーミラである。


 今もエイギルの尻拭いをさせらていると思えば強くも責められない。それも考慮の上でこの態度なら強かだが……いや、諸々考慮してもやはり同情を禁じえない。あの光の消えた瞳、日常的に苦労している証だ。


 ちなみに、エイギルはすでに搬送されて我がクランからは退去している。『暁の勇士』のクラン員が手慣れた様子で梱包し運び出していった。


 今、カーミラ側に同席しているのは別の人物だ。トルスという爽やかな容姿の男である。一応冒険者らしいが、グレドを引き渡したときにはいなかったので、最精鋭のメンバーではないのかもしれない。


 こちら側に同席しているのは、クーリアのみ。メイベルは逃げた。まぁ、交渉事は得意そうじゃないからな。


「謝罪は結構ですよ。アイテムの補填と今後このようなことがないようにしていただければ」

「いえ、今後も迷惑をかけると思うので謝っておくわ。ごめんなさい」

「いや、諦めるのではなく努力してほしいのですが」

「無理よ……アイツはここが楽園だと知ってしまった。これからは、ここに入り浸ることになると思うわ」

「勘弁して欲しいんですが?」

「本当にごめんなさい」


 さっきから、会話ループがしている。エイギルを立ち入らせたくない我と、その阻止を諦めているカーミラ。両者の意見は平行線だ。


「団長、それに関しては一旦おいといたらどうだい。話が進まないよ」

「……仕方ないね。とりあえず、補填についての話をしよう」


 クーリアの意見を採用して、話を進めることにした。アイテムの補填についてだ。


「こちらが現物ですね、名前は“影縛りのダガー”です」

「ふむふむ。これでエイギルさんの動きを封じていたのか。凄いね」


 テーブルに置いてみせると、トルスが大きな反応を示した。こちらの交渉はヤツが担当ということかな。


「影に刺すことで対象の動きを封じることができます。ゆっくりと口を動かすことくらいはできるようですが、呪文の詠唱はまず無理でしょう」

「効果時間はどのくらいなんだい?」

「対象に依存するかもしれませんが、あなたたちが来るまでに消費した数は5本ですね」


 クーリアがカーミラらを呼びに出てから、到着まではおよそ四半刻。それだけの時間、動きを止め続けることはさすがにできない。最初の1本は例外としても4本は時間切れで砕けたことになる。


 まぁ、それでも破格の効果だが。戦いの最中、それだけ長く拘束されれば普通は決着がついている。


「なるほど、5本か。大盤振る舞いだね。じゃあ、それほど貴重な品でもないのかな?」


 おっと、トルスが着目したのはそちらか。貴重ではないと評価して値下げ交渉でもする気かな。


「貴重かどうかの判断は僕らではなんとも。まぁ、こちらとしてはきっちり5本用意してもらえればいいので」


 影縛りのダガーはコボルトのレア枠だ。再生のリンゴや転移石のことを考えると、こちらも数多く出回っているとは思えない。が、貴重でないというなら用意してもらおうじゃないか。


「参ったね。降参だよ。『暁の勇士うち』でも見たことのないレアアイテムだ。補填は金銭で、と言いたいところだけど相場もわからない。ギルドの鑑定は?」

「出してないのでわかりません」

「それでよく使い方がわかったね?」


 トルスは探るような目だ。まぁ、鑑定にも出してないのにアイテムの効果を把握しているのは怪しいか。買い取ってもらうかどうかはともかく、普通は鑑定には出すよな。鑑定料を惜しんで……はさすがに無理があるか。クランまで設立しておいて。


「ギルドで鑑定すると情報が漏れるかも知れませんからね。独自で調査しました」

「ああ、転移石のこともあるからか。でも、そのときは鑑定に出してるんだよね?」


 ふむ、転移石のことは知っているのか。つい最近まで遠征に出ていたのに……いや、それはエイギルたちの話だった。コイツは居残り組か。


 なるほど。アイテムの補填に関する交渉のついでに我がクランを探りに来たということか。まったく、大手クランなのだから、もっとどっしり構えていれば良いものを。


「アイテムの補填の話をするのでは?」

「ああ、すまない。今、注目を集めている『逆さの鱗』のことだからね。つい気になってね」


 やましいことはありませんとばかりに、トルスは微笑んでみせる。爽やかな笑顔だが、悪びれた様子は欠片もない。


 謝罪と補償の場でこの態度だ。何という強メンタル。隣のカーミラなど、居心地の悪さで胃の辺りをさすっているというのに。


 あとで再生のリンゴでも出してやるか。さすがに不憫だ。


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