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第46話 グレドの処刑

 我が平謝りすることになった日から3日が経った。今日はグレドの処刑の日だ。


 空は厚い雲に覆われて、昼間だと言うのに薄暗い。にもかかわらず、この広場には大勢の人が詰めかけている。皆、待ちわびているのだ。多くの冒険者を殺害した大罪人が裁かれる瞬間を。


 我らはその一部とはならず、近くの宿屋の一室を借り、そこから広場を眺めていた。奥まった場所に急造の処刑台があり、今はまだ無人だ。だというのに、誰もが台上を注視している。


 部屋にいるのは幹部のみ。クラン員らはいつも通り第三迷宮で転移石を集めているところだろう。我がそう命じたからな。


 クラン『逆さの鱗』に身を置いた時点で、彼らも我らの復讐と無関係ではいられない。それでも、できるだけ距離を置いてほしいと思うのだ。単なるエゴに過ぎないがな。


「メイベル、少し力を抜きな。窓枠が壊れちまうよ」


 クーリアが軽い口調でメイベルを窘める。


「そ、そうですよね」


 はっとして、メイベルが窓から離れる。彼女が手をかけていた窓枠は少し窪んでいた。相当な力が入っていたらしい。


「まぁ、気持ちはわかるけどね」


 クーリアが首を竦める。


 そのとき、広場の端がざわついた。歓声ともつかないどよめきはやがて罵声になり、広場全体に伝播していく。


「始まるみたいよ!」


 我の頭の上に居座るミスルが窓の外を指差す。


 広場の端。まず屈強な男たちが人をかき分けて道を作る。その中にはエイギルの姿もあった。


 その後をフードを被った人物が続く。処刑人だろうか。


 その人物がひったてているのが、グレドだ。腕を縛られているが、拘束はそれほど厳しくない。今も自分の足で歩いている。一時の錯乱状態からは脱したものの、大人しくしているようだ。


 まぁ、抵抗などしても無駄だからな。我らが散々絞り取ったので、今のグレドは駆け出しと変わらないほどの力しかない。騒ぎを起こしたところで、瞬く間に制圧されて終わりだろう。


 罵声を浴びてもクレドの足取りは乱れない。そのまま真っすぐ処刑台に上げられた。


 処刑方式は首切り。グレドは台上で膝をつかされ、首枷を付けられた。フードの処刑人が隣に立つ。その手には、いつの間にか巨大な斧が。どうやら、あれで首を刎ねるらしい。


 広場は一層沸き立った。処刑を期待する人々の声は、グレドに対する恨みつらみの大きさを物語っている。おそらくは今回の凶行だけ原因ではない。方々で恨みを買っていたのだろう。


「静まれ!」


 それを一言でかき消したのは中年の男だ。それがカリスマゆえかと言えばどうであろうか。


 はっきり言えば、ソイツはこの場で浮いている。処刑場にはふさわしくない華美な服装。その異質感が人々を戸惑わせている。


 台上でもさらに一段高い場所に立っているので、無関係な人物ではないはずだ。この処刑の立会人か責任者かであろう。


「……珍しく出てきたね」

「知ってるの?」

「もちろんさ。アレがギルド長だよ」

「ああ……」

「アレがそうなのね!」


 少し距離があるのではっきりとは見えないが、その姿を目に焼き付ける。


 ダンデル冒険者ギルドの長ブラスト。ヤツは元『聖光の標』のメンバー、すなわち我らの復讐の標的の1人である。


 ギルド長とは言うが、ヤツが冒険者ギルドに顔を出すことはほとんどない。運営は副ギルド長が担っているのだ。


 実を言うと、グレドかつての仲間を餌にすればブラストに動きがあるのではないかという思惑もあった。グレドの近辺を探らせていたアルム兎から接触するような人物がいるとは聞いてなかったが、まさか処刑当日に、しかも直接顔を見せるとは。


「これより、罪状を告げる」


 ブラストが読み上げたのは、グレドが犯したとされる罪の数々。基本的には今回の大量殺人がメインだが、幾つかは過去の犯罪に言及したものあった。


 しかし、全てはない。少なくとも、メイベルの父に関しては読み上げられなかった。当然、『聖光の標』への裏切り行為についても言及はない。まぁ、それはそうだろうが。その件はグレドだけではなくブラスト自身の罪に波及するからな。


「以上をもって、罪人グレドを首切りの刑に処す」


 最後まで読み上げたブラストが、ここでようやく罪人に一瞥をくれる。それを知ってか知らずか、これまで静かに聞いていたグレドが大声で笑いはじめた。


「くは、くははは! ブラストよ、お前はギルド長ではないのか? そうしていると、まるで領主の小間使いのようだな!」

「……何を言うかと思えば。貴様のような不届き者がギルドから出たので、後始末を買って出ただけのこと。つまり、貴様の尻拭いをさせれているのだよ、私あは」

「はっ、そうかよ! あいかわらず、俺を見下して、気に食わねぇヤツだ。だけどな、余裕でいられるのも今のうちだぞ。すぐにお前も落ちてくる……くはははは!」

「……もういい。処刑せよ」

「はっ!」


 話にならないと見たのか、それともマズい暴露話が飛び出すことを危惧したのか。ブラストが処刑人に指示を出す。巨大な斧が振り上げられた。


「来る……来るぞ! 死神が、お前のもとに……あっ」


 斧が振り下ろされ、血飛沫とともに首が舞った。人々から歓声が上がる。耳を塞ぎたくなるような騒がしさだ。そんな最中だというのに、小さな声が妙にはっきりと耳に届いた。


「ああ……そこにいたのかい」


 昏さをにじませた呟きはクーリアの口から溢れたものらしい。その視線は処刑台の上、フードの外れた処刑人に注がれている。


 ふむ……なるほど。


 復讐劇の第一幕は終わり。これから始まるのは第二幕といったところかな。


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