「そっちの青いのはどうするの?」
ミスルがワクワクと言った様子で尋ねた。能力強化やレベルアップはやはり楽しいらしい。
ならば、もっとマラソンに興味を持っても良いだろうに。
そう思うのは我だけなのだろうか。口に出せば呆れたような目を向けられるのはわかりきっているので黙っておくが。
「今まで、レベルはあえて低く保っていたんだよね? 職業加護を成長しやすくするために」
クーリアが確認する。ミスルとメイベルのテンションが著しく下がった。やはり、マラソンがトラウマになっているようだ。
しかし、それならば朗報がある。我は新たな能力強化の方法を思いついたのだ。
「実はもっと効率の良い方法を思いついたんだよね」
我が切り出すと、みな微妙な顔つきになった。
「また、おかしなこと、言い出すんじゃないでしょうね?」
失礼な妹だ。せっかくマラソンから解放してやろうというのに。
「じゃ、ミスルは地道にコツコツ成長を目指すとして……」
「まぁ、待ちなさいよ! 話すだけ話してみなさい! ほら!」
途端に焦り出すミスル。そんなことなら、最初から大人しく話を聞いておけば良いのに。
「グレドに【盗む】を試していて気づいたんだよ。通常枠のレベルクリスタルを盗むとレベルが下がるけど……このとき、能力値は低下しないみたいなんだよね」
ここで一呼吸。皆の反応を窺う。
これは間違いなく大発見だ。レベルが上がると、能力値が2つ上がる。一方で、レベルダウンには能力値の下降がない。すなわち、レベルの上げ下げを繰り返せば、簡単に能力値が上げられるのである。
無論、普通はそのようなこと不可能だ。レベルの上昇は不可逆で、下げることはできない。
しかし、我らには【盗む】がある。その効果はグレドに試した通りだ。
我の言葉が浸透し――――皆、一様に顔をしかめた。
「やっぱり、おかしなことだったわ!」
「う、うーん……」
「いや、団長。それは……」
馬鹿な。その反応こそおかしいだろうが。
「あれ、意図が伝わらなかった? 盗むでレベルを下げて、クリスタルで即座にレベルアップ。これを繰り返すだけで無限に成長できるんだよ」
「大丈夫。ちゃんと伝わってるよ」
クーリアの返答に、メイベルとミスルも頷く。
「だったら、なんでそんなに嫌そうなの?」
「なんでって……それこそ、力の悪用じゃないのかい? 【盗む】の使用は認められたとはいえ、それは幻魔対策としてだろ。魔物からアイテムを奪うっていう本来の使い方ならともかく、団長の言う使い方は……大丈夫なのかね?」
「そうですよ〜……神様たちに叱られちゃいますよ?」
ぐぬ……なかなかの正論だ。許可を得ているので、普通に使う分には咎められないはずだが、我の提案はどうか。難色を示す可能性はある。
「ミスルはどう思うの?」
「神様のことはリビカが丸め込むと思うのよ。それができなくても、怒られるのはどうせリビカだし」
コイツ……いや、ある意味では支援となる意見か。我が責任をとるということにしておけば、メイベルたちと精神的負担は軽くなる。実際、少し表情が明るくなった。
「じゃあ、何が不満なの?」
「そりゃそうでしょ。よくわからないスキルを自分に使うなんて正気じゃないわ!」
ミスルの意見に、メイベルとクーリアがうんうん頷く。旗色が悪いな。
「よくわからないってことはないでしょ。そのために、グレドで実験したんだし」
「それよ!」
机の上に立ったミスルが、ビシリと我に指を突きつけてくる。いったい、なんだというのか。
「アイテムを盗んだとき、あの男はかなり苦しんでたわ! 危ないんじゃない?」
「む……」
これに関しては否定できない。最初は激しく抵抗していたグレドだったが、何度の繰り返すうちにぐったりしてきた。それなりに負担があるのは間違いないだろう。
「でも、効率を考えると些細なことだよ」
「出たわ! リビカの効率重視発言!」
何をいう。効率は重要であろうが。いや、ときに効率よりもゆとりが大事なこともわかっているが。特に、干し肉。お前は駄目だ。
おっと、思考が逸れたか。
「少なくとも、1度や2度で大きな負担になることはないと思うよ。グレドだって最初は平気そうにしてたでしょ? 調子が悪くなったらやめればいいんだから」
「それは……そうだけど」
「まずは僕がやってみるからさ。ミスルたちは、その結果を見て考えればいいよ」
「それならまぁ、いいかしら……?」
よしよし。説得はうまくいった。これで、大幅強化間違いなしだ。
「じゃあ、早速だけど試してみてくれる? あ、【一か八か】は使わないでね」
この方式の難点は時々レア枠の能力クリスタルが盗れてしまうことだ。30を超えた分は補填できないので、結果として能力ダウンしてしまう。
まぁ、普通に盗んだ場合、レア枠が選ばれる可能性はかなり低い。期待値ではプラスになるはずだ。
「本気なのね?」
「もちろんだよ! さぁ!」
両手を広げアピールすると、ミスルはやれやれと首を振った。
「処置なしね。じゃあ、やるわよ」
ミスルが我に手を伸ばた。何かを掠め取るような仕草のあと、その手の中には青く輝くクリスタルが出現する。
認識できたのはそこまでだった。突如我を襲ったのはひどい寒気。体から力が抜けていく。気づけば目が開けられていられなくって……我は意識を失った。