グレドをエイギルらに引き渡したあと、さすがに探索という気でもなくなったので、我らはクランホームに戻った。クラン員らも一緒にだ。彼らがゲルガー撃破という大手柄を挙げたので、祝いと称して少しだけ豪華な食事をした。
そして、夜。目が覚めたか思えば、我は真っ白な空間にいた。以前にも来たことがある神の領域だ。
ふむ。やはりやり過ぎたか。
『……何度もすみません』
「良い。幻想体のことであろう?」
『はい……』
現れたのは以前ここで会った女神。たしか、秩序の神ルディアナだったか。あいかわらずの美しさだったが、そこはかとなくくたびれた感がある。
こうなることは予想できていた。理の違いにより、我の力はこの世界において桁外れに強かった。この状況を正そうとしたのが、前回の邂逅だ。しかし、幻想体は以前の理に準拠したまま。明らかな手落ちだった。
言い方は悪いが、我はそのミスにつけこんだわけだ。呼び出されるに足る理由がある。
「幻想体はどうなる?」
能力値をこの世界に合わせて下方修正されるのは仕方がない。そもそも、前回のときに修正されているべきだったのだから。
しかし、リビカ流召喚術を取り上げられるのは痛い。復讐のターゲットはまだのこっている。我らのアドバンテージとして、残しておきたいのだが。
『基本的には現状のまま、個々の幻想体の能力値のみを修正する形で対応することにします』
おお、それはありがたい。つまり、幻想体の能力は下がるが、それ以外はそのままということだな。我が望んだ通りの落としどころだ。
「良いのか?」
『ええ。というよりも、そうでなければとても手が回りませんので……』
女神が弱々しく笑った。よく見れば、目元にうっすら隈がある。取り繕ってはいるが、かなり疲労しているように見える。
その原因はおそらく我だ。正確には、我の理だな。
こちらの理に無理矢理押し込めた結果、様々な歪みが生じたはずだろう。リビカ流召喚術もその1つだ。
本来ならば、修正すべき歪み。しかし女神はこれくらいならば放置で構わないと判断したようだ。手が回らないという言葉から推し量るなら……かなりの歪みが発生したのだろうな。まだまだ歪みが見つかりそうな気配がするぞ。
女神には悪いが、今後も歪みは利用させてもらおう。世界運営の苦労は理解するが、今の我には関係のない話だからな。我を生み出してくれた父への恩義を優先させてもらおう。
「用件はこれで終わりか?」
『はい……あ、いえ、一件御礼を』
「礼?」
言ってはなんだが、好き勝手をやっている自覚はある。礼を言われる心当たりはないが。
『世界を蝕む悪魔を撃退していただき、ありがとう御座いました』
「ふむ?」
世界を蝕む悪魔。そんな仰々しい存在を撃退した覚えはないが。
「もしかして、幻魔とかいうヤツのことか」
『その通りです。あれらは、害意ある異界から送り込まれてきた尖兵なのです』
なるほどな。人と人、国家と国家がぶつかり合うように、世界間で争いが起こることは珍しくもない。直接的な争いになることは稀だが、嫌がらせのような行為はわりとある。幻魔とやらも、その一端というわけか。
『アレの排除には手を焼いてまして。次から次に湧き出してくるのですよ……本当にウザい』
ウ、ウザい?
「お、おお、そうなのだな。それは大変だ」
『そうなのです。特に今は、理不尽に発生した歪みへの対応で滅茶苦茶忙しいんですよ。アレに対処してる余裕がないんです。そんなときにチョロチョロ動き出しやがって、コノヤロー』
コノヤロー!?
おかしい。女神の様子がおかしいぞ。相当に憤懣がたまっているのか、目が据わっている。しかも、さりげなく我のことも刺してこなかったか?
「そ、そうか。苦労をかけるな」
『いえ……取り乱してしまい申し訳ありません』
と言いつつ女神は微笑む。その顔からは、少しも申し訳なさを感じとれない。それどころか、謎の圧を感じる。
『しかし、貴方がもたらした特殊なスキルは極めて有効だったようですね。無闇に広めてもらっては困りますが、アレの撃退に協力してくれるのであれば、貴方がたの一党に限っては使用を認めましょう。どうでしょうか?』
おっと、そうきたか。特殊なスキルとは【盗む】のことだな。あれも、本来この世界には存在しないスキルだ。
まさか、それを取り引き材料にするとは。先ほどの口ぶりからすると、単に修正の手が回っていないだけな気がするが、神公認で使用できるのは悪くないのではないか。
「うむ。そういうことなら、協力しよう」
決して、笑顔の圧に負けたわけではないぞ。ただまぁ女神には迷惑をかけているし、少しだけ負担軽減に協力しても良いかと思ったのだ。他意はない。
真面目な話、秩序の神が歪みを取り引き材料にするくらいだから、相当に追い込まれていると見ていい。今では、我もこの世界の住人なのだ。協力できるとこりでは協力せねばな。
そうでなくとも、幻魔という存在は危険だ。遭遇したらぶつかることは必至。ならば、引き受けることにデメリットはない。
『ありがとうございます。それでは……』
女神の声が遠く聞こえる。どうやら目覚めの時らしい。