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第40話 一つの復讐が地味に終わる

 とりあえず、実験は中断し、我らはエイギルの到着を待った。


「お前たち、無事か! …………いや、どういう状況だ、これは?」


 勢いよく登場したエイギルであったが、我らを見るなり闘気が萎んでしまったようだ。へにょりと眉を下げ、首を傾げている。


 続いて、数名の冒険者が駆けつけてきた。こちらも同じ反応だ。我ら……というより、地面に座り込み小さく身を縮こまらせているグレドに困惑しているようだ。


「いろいろあってこうなりました」

「どうやったら、こうなるんだ……あ、お前は、ミスルたんのおまけ!」

「リビカですよ」

「そうそう。そうだったな!」


 前回も名乗ったのだが、我の名前は記憶に無いようだ。今回も覚えられるとは思えない。何故なら、頷きながらも、我を見ていないのだ。ヤツの視線はミスルに釘付けである。


 我としても別に名前を覚えて欲しいわけではない。話さえ通ればそれでいいのだ。


「まぁ、いろいろはいろいろです。冒険者として手札を明かすわけにはいきませんから」

「とはいってもなぁ……」


 さすがに気になるのか、エイギルがチラチラとこちらに視線を寄越す。しかし、比率的には我に2、ミスルに8くらいだ。筋金入りの兎好きだな。なかなか都合が良い。


「召喚――アルム兎」


 小声でウサギの幻想体を召喚。ミスルに合流させる。


「クゥ?」

「はぅ……!」


 エイギルが胸をかきむしるような仕草を見せる。うむ、効いているな。


 その様子を見て、仲間たちも同様に召喚してくれたらしい。次々と兎が合流し、ミスルを合わせて計5匹の兎がエイギルにつぶらな瞳を向ける。


「こ、ここは、楽園か!?」


 狙い通り、エイギルはたちまち心を奪われた。兎を抱き上げようとわきわき手を動かす様はさながら変質者のようだ。


 召喚者に忠実なはずのアルム兎たちから勘弁して欲しいという視線が送られてくる。いや、我の罪悪感がそんな風に感じさせるだけで、たぶん気の所為だと思うが。


 ま、まぁ、さっさと話を進めてしまおう。


「僕らは、グレドに因縁がありまして。いつか戦うことになるだろうと、この日のために備えていたんです」

「ふふ……さぁ、どのウサちゃんを抱いてあげようか」

「グレドはメイベルの父の仇です。できれば、僕らで裁かせて欲しいんですが」

「この子にしようか……それとも、あの子か……」


 駄目だな。全然聞いておらん。兎作戦は失敗だったか。


 メイベルたちと目配せして、アルム兎を消す。残されたのはミスルが逃げるように我の背後に隠れた。


「ああ……」


 悲嘆の表情で崩れ落ちるエイギルに、にっこり笑いかける。


「任せてもらえます? もし、任せてもらえるなら、さっきの兎を出すことも……」

「本当か!?」

「うわぁ!?」


 言い終わる前に詰め寄られ、思わずのけ反る。恐ろしいまでの反応速度……さすがはベテラン冒険者だ。だというのに、僅かたりとも尊敬できない。


「本当か! 本当にウサちゃんを出せるのか!?」

「え、いや、僕の話を……」

「いいから出せ! ほら、出せよ!」


 兎の楽園は思った以上に刺激が強かったらしい。前回はもう少し話ができたんだが、今回は全然だ。完全に暴走状態である。


「馬鹿リーダー! そこまでにしておきなさい!」


 我を助けたのは、エイギルのあとに現れた冒険者の女。どうやらパーティメンバーらしく、容赦なくエイギルの頭に氷の塊を落とす。


「ぐおぉぉ……何しやがる、カーミラ」

「何って、頭を冷やしてあげたのよ」

「こんな冷やし方があるか!」

「あら、興奮してるようね。足りなかったかしら?」

「ぐっ……」


 猛然と抗議するエイギルを軽くあしらう。仲間ゆえの気軽さもあるんだろうが、なかなかの胆力だ。


 エイギルを引き下がらせたカーミラが意思の強そうな目を我らに向けてきた。コイツに兎は通用せんだろうなぁ。


「そちらの主張はわかったわ。グレドをこんな風にした“手札”とやらには興味があるけど……まぁ簡単には明かせないわよね。それはいいわ」


 カーミラはグレドをちらりと見て肩を竦ませる。


「問題はコイツの処遇よ。以前から悪い噂が絶えない男だから、貴方たちが恨みを抱いているっていう言葉を疑う気はないわ。ただ、身柄はこちら……というか、ギルドに引き渡して欲しいの」

「そいつをどうするつもりですか?」

「もちろん処刑するわよ。まぁ、その前に情報を抜き取ったりはするでしょうけどね。まぁ、恨みを持っているのは貴方たちだけじゃないって話よ。コイツの引き起こした事件については知ってるでしょ?」

「それはもちろん」


 やはり、冒険者ギルドの面子の話か。いや、どちらかといえば冒険者たちの溜飲を下げるためかな。公開処刑にでもするのだろう。


 我としては確実に処刑されるならそれで構わないが。


「メイベル。君が決めていいよ」

「私、ですか?」

「うん。自分で手を下したいなら断ってもいいし、ちょうどいい落としどころを話し合ってもいい」


 我らの中で最もグレドに恨みを抱いているは彼女だ。なので、決断を委ねた。


 メイベルは少し考えたが、ちらりとグレドをみて首を左右に振る。


「いえ……充分に復讐は果たしたので、ギルドに引き渡しましょう」


 さほど未練を感じさせることなく、メイベルが告げる。意外……でもないか。一度はその手でヤツを殺したわけだからな。さきほどまでは完全に実験体を見る目であったし、恨みも晴れたか。


「では、そういうことで」

「そう。助かるわ」


 カーミラは僅かにホッとした様子をみせると、頭を抱えてしゃがみ込んでいるエイギルに命じた。


「リーダー。コイツをギルドに運んで」

「俺がかよ!?」

「無駄に大きな体を活かす機会でしょ。働きなさい」

「ぐっ……なんで、俺がこんなおっさんを……!」

「そういうと思って、これを用意しておいたわ」


 カーミラが腰のポーチから何かを取り出す。それはウサ耳のカチューシャだった。カーミラはそれを淡々とグレドの頭にセットする。


「ほら、兎」

「そんなわけがあるか! 馬鹿にしてるのか!」

「馬鹿にしてるんじゃなくて、アンタは馬鹿なのよ! いい加減自覚しないさい! ほら、さっさと運ぶのよ!」


 エイギルが言い負かされるまで、さほど時間はかからなかった。渋々という表情でウサ耳グレドを抱えて去っていくエイギルらを見送る。


「……なんだか、どっと疲れたわ」

「本当にね」


 心底うんざりといった様子で呟いたミスルに、我も深く同意する。メイベル、クーリアも似たような表情だ。


 一つ大きな復讐が終わったはずなのだが……正直、その後のドタバタのほうがインパクトが強すぎてそちらの印象が薄い。


 まぁいいか。我らの復讐はこれで終わりではないのだ。感慨にふけるのはそれからでいいだろう。

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