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第39話 二種のクリスタル

 人間を対象とした【盗む】の行使。グレド相手に実行してみようという提案に異論は出なかった。


「では、早速!」

「ひぃ!」

「お、幸先がいいね。いきなり成功だ」

「な、な、なんだ。何をした?」


 グレドは怯えと困惑ですっかり小物めいた存在になっている。ヤツの言葉など当然スルーして、我は手の中の物を見た。青味がかった透明な結晶体だ。魔石に似ていなくもないが、比較するとかなり大きい。


「それは何です?」

「さぁね。解析は時間がかかるから、後にしよう。でも、人からもアイテムが盗めるとわかったね」

「服とかが剥げるわけじゃないのね! ちょっと安心したわ!」

「それは、本当にね……」


 おっさんの服を剥ぎ取っても楽しいことはない。いや、装備品の類はそれなりに貴重なのだろうが、絵面がな……。


「ともかく、実験継続だよ。みんなも協力して」

「了解だよ」

「殺す前に有効活用ね!」

「じわじわ弱らせてあげますから……」

「ひぃ!?」


 魔物なら3回目のアイテム奪取以降から衰弱していくが、人間は果たしてどうか。


「盗れたわ! 今度もクリスタルね!」

「色が少し違いますね」

「レア枠?」

「たぶん、そうだと思うわ!」


 ミスルがレア枠アイテムの盗みに成功した。似たような結晶体だが、色が違う。通常枠は青、レア枠は緑らしい。


「な、なんなんだよ……なんなんだ……」


 グレドは我らの行動が理解できずに、亀のように縮こまっている。ブツブツ呟く声が多少煩わしいが、大人しくしているので都合は良い。


 そして、いよいよ3度目。


「な、なんだ!? 体から力が……何をした! 何をしたんだよ! ぐっ……」


 異変を感じ取ったグレドが暴れ出したので、影縛りのダガーで動きを封しておく。


「3度目から衰弱が起きるのは間違いなさそうだね」

「そうなのかしら? それにしては元気そうよ」

「たしかに。私見だけど、魔物だともっとはっきり弱ってると思うね」


 想定通りの結果かと思いきや、ミスル、クーリアから異論が出た。


 そのまま実験を継続して、6度目。


「ぐ……ぐぐ……!」


 魔物なら消滅一歩手前。重度の衰弱で動けなくなるはずだが、グレドにそんな気配はない。影縛りで動けないのは変わらずだが、逃れようと藻掻く元気はあるようだ。


 ここまでくれば、我にもはっきりとわかる。


「人間相手に【盗む】をすると、魔物とは違う挙動をするみたいだね」

「そうですね。でも、力が抜けるって言ってませんでした?」

「言ってたね。何らかの弱体効果はあるんじゃないかい?」


 わからないならば実験で確かめるしかない。


「とりあえず、続きね。普通なら7度目で死ぬけど、どうかしら?」

「ぐ!? ぐぐ……ぐ……!」


 死と聞いてグレドが激しく藻掻く。だが、誰も意に介さない。【盗む】を繰り返し、7度目の成功を迎えた。


「やっぱり、死なないか」

「まだ継続するかい?」

「そうだね。続けよう」

「アイテム、取り放題ね!」

「役に立つアイテムならいいんですけど……」


 こうなればとことん試すまで。本人の証言から弱体化している可能性を考えて、我が目でグレドの能力を測りながら、【盗む】を繰り返す。すると、なかなか面白いことがわかった。


 通常枠の青いクリスタルを盗むとレベルが下がり、レア枠の緑のクリスタルを盗むと6種の能力値のいずれかが2、3下がるらしい。


 散々繰り返した結果、グレドはこうなった。


――――

グレド

職業加護:神業闘士

レベル:  8

生 命: 45

マ ナ:  7

腕 力:  8

魔 力:  3

体 力: 10

精 神:  4

敏 捷:  5

幸 運:  6

――――


 影縛りの効果はすでに切れている。自由に動けるはずだが、グレドはしゃがみ込んで小さくなるのみ。繰り返される怪現象に心が折れたようで、すっかり怯えきっている。


「ここまでくると、はっきり弱体化してるのがわかるわね!」

「レベルや能力値が0になると、どうなるんでしょう?」

「それは試してみるしかないんじゃないかい?」


 そんなグレドを見下ろしながら、幹部らが話し合う。もはや、仇敵というよりは実験体の扱いだ。


 実験を提案したのは我だが……こうなると少し哀れだな。無論、同情する気はないが。


「……あら?」

「どうしたの、ミスル」

「マズいわね。誰かくるわよ」


 おっと、実験に時間を使いすぎたか。


「速いわ! すぐに来るわよ!」

「団長、どうする?」


 と言っている間に、入り口方向から砂煙が上がる。誰かが爆走してきているようだ。


 さて、どうするか。実は、グレドを殺したあとの後始末についてはあまり考えていないのだよな。


 ヤツがあの凶行を起こしていけなれば、さほど問題はなかった。迷宮で人が死ぬことなど珍しくはないのだからな。街の中で死体さえ見つからなければ、事件にもならなかったろう。


 しかし、今やグレドは多数の冒険者を殺害した凶悪犯。冒険者ギルドはその面子にかけて、ヤツの処罰を成そうとするだろう。


 となると彼らにもはっきりとわかる形でグレドの死を示す必要がある。でなければ、調査が長期化して面倒なことになりそうだ。


「……か! ……たぞ!」


 入り口から駆けてきた何者かが大声で叫んでいる。この声、どこかで聞いたことがあるな。


「誰だっけ?」

「この声はエイギルってヤツね!」

「ああ……」


 兎好きのベテラン冒険者か。ならば、交渉の余地はあるかもしれんな。

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