我らがレッサーアポの木立に辿り着いたとき、クラン員たちは大いに盛り上がっていた。
「団長! レア魔物見つけたよ!」
「灰色の透き通ってるヤツだった!」
「クー姉、ほら、これ!」
「何のアイテムかな?」
うむ。まぁ、途中からは見ていたのだが。クラン員たちがゲルガー相手に【盗む】を試みはじめたときには、おいおいと思ったが……まさか本当に効くとはなぁ。幻魔とやらは魔物に近い性質なのか、それとも対象は魔物に限らないのか。なかなか興味深い結果であった。
「団長、どうしたの……?」
「クー姉?」
「も、もしかして、あの魔物、倒しちゃ駄目だった……?」
我らが無言でいると、クラン員たちがそわそわしはじめた。いかんな不安にさせてしまったか。
未知の存在に彼らだけで挑んだのは少々無謀だったとも言える。だが、ゲルガーから接近してきたのだから、それを迎え討つのは間違った判断ではない。その上での大勝利。叱責することなどなく、むしろ称えられるべきだろう。
「そんなことないよ。お手柄だね!」
我が褒めてやると、クラン員たちはわぁと歓声が上げた。嬉しそうに笑い合っている。
「いや、本当によくやったね。アンタたち」
「クー姉も嬉しい?」
「ああ、もちろんだ! どうなるか、ちょっと心配だったけどね」
「あんなのに、負けないよー!」
あの厄介な幻魔が、あんなの扱い……いや、まぁ、盗む7回で死ぬのだからクラン員にとってみれば、その程度か。
クーリアがもみくちゃにされるのを見ながら、メイベルに話しかける。
「復讐を果たしたね」
「そうですね……まだ実感が湧きませんけど」
メイベルは曖昧な表情で頷く。まだ、心の整理がつかないようだ。
「最後があんなだったしね……」
ミスルが慰めるように、メイベルを足をぽんぽん叩いた。メイベルははにかんでミスルを抱き上げる。
「たしかに、ね。僕らが倒したというより、ゲルガーの裏切りで死んだようなものだからなぁ……いや」
ふと頭によぎったのは、ヤツを最初に殺したときのこと。あのとき、グレドは死んですぐに復活したわけではなかった。ということは、時間差で蘇ることもあり得る……?
いや、今回に関してはゲルガーとの契約が切れている。ならば、復活することはない、のか?
「どうしたんです?」
「いや、ちょっとね。グレドが本当に死んだのか、確かめてないなと思って」
我が懸念を話すと、メイベルの顔が険しくなった。ミスルも顔を強張らせている。皆も我の危惧を否定しきれないらしい。
やはり、確かめておくべきだろうな。何事もなければそれでいいのだから。
「クーリア、こっちは任せるよ。僕らは、向こうを見てくる」
クラン員たちとクーリアを残し、我らはグレドと戦った場所まで戻ってきた。その場には、黒い塊が変わらず残っている。
「これ、よね。死んだままみたいね」
「はい……」
ふむ、考えすぎだったか? いや、念には念を入れよう。
「時間をかけて復活するかもしれないから、一度持ち帰ろうか」
「えっ、本気!? それに入れるつもりなの!?」
ミスルが素っ頓狂な声を上げる。いやまぁ、気持ちはわかるが。
我がグレドの死体の運搬に用いようとしているのは魔法鞄だ。この中には遠征用の料理が入っている。炭のようになっているの一見すると死体っぽくないが、だからといって食べ物と一緒に入れるのは気が進まない。
とはいえ、いつ復活するかわからないからな。その点、魔法鞄の内部は時間経過がないので安心だ。この中に入れている限り、ヤツの復活はないはず。
「安全のためだから」
「むぅ……仕方ないわね」
ミスルを説き伏せ、グレドの死体の収納を試みる。だが……
「うーん、なるほど。入らないね」
「……ということは?」
「この状態でも生きているってことじゃないかな?」
魔法鞄に生き物は収納できないのだ。この結果は、黒い塊がまだ生きているということを示唆している。
危ないところだったな。ちゃんと確認しておいて良かった。あのゲルガーというヤツ、宿主を見捨てたような
「ねぇ、ちょっと! 死体が消えるわ!」
「復活ですか!?」
考え事をしている間に、復活がはじまったようだ。少し離れた場所で無傷のグレドが現れる。
「が……はぁはぁ……俺は、まだ生きてる……のか?」
「今はまだ、な」
「ひぃ!?」
我が詰め寄ると、グレドは情けない顔で後退った。が、そちらにはメイベルがいる。取り囲まれていると気づいたヤツは蹲った。
「勘弁してくれ、死にたくない……死にたくないんだ!」
醜い命乞いだ。苛立ったメイベルがギリリと歯を鳴らす。
「黙れ! お前にそんなことを言う資格はない!」
剣を構え、今にも首を切り飛ばしそうな勢いだ。
「メイベル、少し待って」
「何で!?」
制止をすると、視線だけで射殺されそうな目つきで睨まれる。なかなかの気迫だ。
「まさか、ソイツを生かすつもりじゃないでしょうね?」
ミスルの視線も鋭い。
だがまぁ、それは良い。それよりも縋るようなグレドの視線が不快だった。
我がコイツを生かす? そんな可能性、僅かたりともあるわけがなかろうに。
「まさか。そんなわけないでしょ。ただ、ちょっとした実験に付き合ってもらおうと思って」
「実験……ですか?」
思いもよらぬ言葉だったのか、メイベルの殺意が薄れた。ミスルも訝しげだ。たしかに、この状況で聞く言葉ではないからな。
だが、我としては確かめておきたい。
「【盗む】の実験だよ。僕らの攻撃を無効化した幻魔すら倒せたんだ。これが人間にも通用するか、確認しておきたくない?」