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第38話 実験の提案

 我らがレッサーアポの木立に辿り着いたとき、クラン員たちは大いに盛り上がっていた。


「団長! レア魔物見つけたよ!」

「灰色の透き通ってるヤツだった!」

「クー姉、ほら、これ!」

「何のアイテムかな?」


 うむ。まぁ、途中からは見ていたのだが。クラン員たちがゲルガー相手に【盗む】を試みはじめたときには、おいおいと思ったが……まさか本当に効くとはなぁ。幻魔とやらは魔物に近い性質なのか、それとも対象は魔物に限らないのか。なかなか興味深い結果であった。


「団長、どうしたの……?」

「クー姉?」

「も、もしかして、あの魔物、倒しちゃ駄目だった……?」


 我らが無言でいると、クラン員たちがそわそわしはじめた。いかんな不安にさせてしまったか。


 未知の存在に彼らだけで挑んだのは少々無謀だったとも言える。だが、ゲルガーから接近してきたのだから、それを迎え討つのは間違った判断ではない。その上での大勝利。叱責することなどなく、むしろ称えられるべきだろう。


「そんなことないよ。お手柄だね!」


 我が褒めてやると、クラン員たちはわぁと歓声が上げた。嬉しそうに笑い合っている。


「いや、本当によくやったね。アンタたち」

「クー姉も嬉しい?」

「ああ、もちろんだ! どうなるか、ちょっと心配だったけどね」

「あんなのに、負けないよー!」


 あの厄介な幻魔が、あんなの扱い……いや、まぁ、盗む7回で死ぬのだからクラン員にとってみれば、その程度か。


 クーリアがもみくちゃにされるのを見ながら、メイベルに話しかける。


「復讐を果たしたね」

「そうですね……まだ実感が湧きませんけど」


 メイベルは曖昧な表情で頷く。まだ、心の整理がつかないようだ。


「最後があんなだったしね……」


 ミスルが慰めるように、メイベルを足をぽんぽん叩いた。メイベルははにかんでミスルを抱き上げる。


「たしかに、ね。僕らが倒したというより、ゲルガーの裏切りで死んだようなものだからなぁ……いや」


 ふと頭によぎったのは、ヤツを最初に殺したときのこと。あのとき、グレドは死んですぐに復活したわけではなかった。ということは、時間差で蘇ることもあり得る……?


 いや、今回に関してはゲルガーとの契約が切れている。ならば、復活することはない、のか?


「どうしたんです?」

「いや、ちょっとね。グレドが本当に死んだのか、確かめてないなと思って」


 我が懸念を話すと、メイベルの顔が険しくなった。ミスルも顔を強張らせている。皆も我の危惧を否定しきれないらしい。


 やはり、確かめておくべきだろうな。何事もなければそれでいいのだから。


「クーリア、こっちは任せるよ。僕らは、向こうを見てくる」


 クラン員たちとクーリアを残し、我らはグレドと戦った場所まで戻ってきた。その場には、黒い塊が変わらず残っている。


「これ、よね。死んだままみたいね」

「はい……」


 ふむ、考えすぎだったか? いや、念には念を入れよう。


「時間をかけて復活するかもしれないから、一度持ち帰ろうか」

「えっ、本気!? それに入れるつもりなの!?」


 ミスルが素っ頓狂な声を上げる。いやまぁ、気持ちはわかるが。


 我がグレドの死体の運搬に用いようとしているのは魔法鞄だ。この中には遠征用の料理が入っている。炭のようになっているの一見すると死体っぽくないが、だからといって食べ物と一緒に入れるのは気が進まない。


 とはいえ、いつ復活するかわからないからな。その点、魔法鞄の内部は時間経過がないので安心だ。この中に入れている限り、ヤツの復活はないはず。


「安全のためだから」

「むぅ……仕方ないわね」


 ミスルを説き伏せ、グレドの死体の収納を試みる。だが……


「うーん、なるほど。入らないね」

「……ということは?」

「この状態でも生きているってことじゃないかな?」


 魔法鞄に生き物は収納できないのだ。この結果は、黒い塊がまだ生きているということを示唆している。


 危ないところだったな。ちゃんと確認しておいて良かった。あのゲルガーというヤツ、宿主を見捨てたような素振そぶりであったが、あれはフェイクだったのかもしれん。結果としてグレドは生き延び、ヤツは消滅したわけだし。


「ねぇ、ちょっと! 死体が消えるわ!」

「復活ですか!?」


 考え事をしている間に、復活がはじまったようだ。少し離れた場所で無傷のグレドが現れる。


「が……はぁはぁ……俺は、まだ生きてる……のか?」

「今はまだ、な」

「ひぃ!?」


 我が詰め寄ると、グレドは情けない顔で後退った。が、そちらにはメイベルがいる。取り囲まれていると気づいたヤツは蹲った。


「勘弁してくれ、死にたくない……死にたくないんだ!」


 醜い命乞いだ。苛立ったメイベルがギリリと歯を鳴らす。


「黙れ! お前にそんなことを言う資格はない!」


 剣を構え、今にも首を切り飛ばしそうな勢いだ。


「メイベル、少し待って」

「何で!?」


 制止をすると、視線だけで射殺されそうな目つきで睨まれる。なかなかの気迫だ。


「まさか、ソイツを生かすつもりじゃないでしょうね?」


 ミスルの視線も鋭い。


 だがまぁ、それは良い。それよりも縋るようなグレドの視線が不快だった。


 我がコイツを生かす? そんな可能性、僅かたりともあるわけがなかろうに。


「まさか。そんなわけないでしょ。ただ、ちょっとした実験に付き合ってもらおうと思って」

「実験……ですか?」


 思いもよらぬ言葉だったのか、メイベルの殺意が薄れた。ミスルも訝しげだ。たしかに、この状況で聞く言葉ではないからな。


 だが、我としては確かめておきたい。


「【盗む】の実験だよ。僕らの攻撃を無効化した幻魔すら倒せたんだ。これが人間にも通用するか、確認しておきたくない?」

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