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第36話 ゲルガーの裏切り

 再度、ミスルが首を刈り取る。ヒュンと跳んでいったグレドの頭部は、溶けるように消えた。と同時に、少し離れた場所にグレドが蘇る。


「あら、またハズレね!」

「しぶといですね!」

「ひぃ、やめ……やめてくれ!」


 まだ3度目の死亡。しかし、明らかにグレドから余裕が消えている。


「ふむ。早くも焦りはじめたか。これは、当たりも遠くないかもしれんな」

「おっと、それなら私ものんびりはしてられないね」


 我の言葉に、クーリアも動き出す。我ら4人に取り囲まれると、グレドは這いつくばってふざけたことを言いはじめた。


「謝る! 金なら全部やる! だから、助けてくれ……助けてくれ!」


 何とも都合の良いことを言う。


 コイツは自分の利益のためにメイベルの父を殺し、我が父の仲間も殺めている。今回の凶行でも何人死んだことか。命乞いが許される立場ではないのだ。当然ながら、グレドの戯言に耳を貸す者はいなかった。


「あらあら、そろそろみたいね? アタシが殺るわよ?」

「いえ、ここは私が!」


 ミスルとメイベルに至っては次の死をどちらが与えるかで争っている始末だ。


「団長はいいのかい?」

「我は直接手を下すことにこだわりはないからな。メイベルかミスルが殺ればいいだろう」

「そういうことなら、私も遠慮しておこうかね」


 我の意を汲んだのか、クーリアも引き下がった。


 我の場合、復讐の理由は恨みではなく父への恩義だからな。ミスルは父の恨みに引きづられているようだが、我はそこまでではない。ヤツに死を与えさえできれば、それでいいのだ。


「何故だ……何故、俺がこんな目に! くそっ!」


 命乞いに意味がないと悟ったグレドが、地面に頭を叩きつけながら恨み言を口にする。当然ながら、それで何が改善するわけでもない。追い込まれたヤツが頼ったのは、不気味な悪魔もどきだ。


「おい、ゲルガー! いいのか! このままでは俺は死ぬ! お前と世界との繋がりも絶たれるぞ!」

「いまさら、それを言うか? 私はあれほど油断するなと言ったであろうが」

「それは……! いや、この状況に油断は関係ないだろうが! 慎重に立ち回っていたらしどうにかなったか?」

「それは……まぁ、そうだな」


 余裕がないグレドとは対象的に、ゲルガーは淡々としている。種族的な性質かもしれんが、少々不気味に思えるな。


「……頃合いか」


 ポツリとゲルガーが呟く。その響きに嫌な予感がした。


「メイベル、ミスル、気を緩めるな!」


 警告をして身構える。が、その前に変化が起きた。


「あが……が……何が。何が……!?」


 グレドがもがき苦しみはじめたのだ。


「お前の言う通りだ、グレド。このままでは、私もお前とともに消滅してしまう。だから……お別れだな」

「何を……何を言って! ぐあぁああ!」


 グレドの体が炭化するように黒く縮んでいく。


「くっ!」


 嫌な予感を覚えて、我はグレドの首を撥ね飛ばした。しかし、何の意味もなかったらしい。いや、一足遅かったと言うべきか。


 すっかり黒い塊となってしまったグレドは、二つに別れたまま変化はない。すでに復活の力は失われているようだ。


 そして、ゲルガーは健在。ただし、明らかな変化があった。ヤツの体は霊体となったかのように半透明になっている。


「お前……グレドに何をした?」

「別に何もしておらん。ただ、契約を破棄しただけだ。中途半端に同化した状態だったので、その負荷に脆弱な肉体が耐えられなかったのであろう」


 グレドを見下すゲルガー。その評定には何の感情も浮かんでいない。ヤツにとって、かつての宿主など路傍の石と変わらぬのだろう。


「一つ聞く。お前は、コイツの犯したかつての殺しに関わっているか?」

「私がそそのかしたとでも思っているのか? それは違う。此奴こやつは此奴の欲望のために此奴自身の意思で殺したのだ」


 ふむ。ゲルガーの言葉を信じるならば、かつての殺人はあくまでゲルドの意思。ゲルガーは関わっていないらしいが……


「信じる信じないは貴様たちの勝手だ。だが、いずれにせよ、手を下したのはグレド自身だ。そのヤツはこの有り様。それで満足せよ」


 しかし、だからと言って、コイツを許すわけにはいかんだろう。


「お前の言葉が正しければ、我らの復讐には関係ないかもしれな。が、多くの冒険者を殺したのは間違いあるまい? ここで貴様を逃がせばその者らが浮かばれん」

「やれやれ面倒なことだ」


 我らが剣を構えてもゲルガーは嘲るような笑顔を浮かべたままだ。さきほどの戦いを見たというのに、この余裕……この状況から生き残る術があるのか?


「ごちゃごちゃ、うるさいのよ! 死になさい!」


 気の短いミスルが飛びかかった。恐ろしいほどに鋭い爪は、ゲルガーの首をすり抜けた。


「て、手応えがないわ! やっぱり幽霊!?」

「失礼だな。私は幻魔だ」

「幻魔がなんだか知らんが、厄介な……」


 どうやら、ゲルガーへの攻撃はすり抜けてしまうようだ。それが余裕の理由らしい。


「ご覧の通りだ。この状態の私を滅することはできん」


 だから、グレドとの契約を破棄したのか。自分だけは生き残るために。

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