「団長、無事かい!」
「何とかな。他のクラン員は」
「離れた場所で待機させているよ」
駆け寄ってきたクーリアと合流する。
グレドの攻撃をしのぎつつ、我らはようやく第三迷宮までやってきた。ここならば、他の冒険者の邪魔も入るまい。
「くく……なんだ? 追いかけっこはおしまいか?」
グレドが嗜虐的な笑みを浮かべた。いつでも仕留められたと言いたげな顔だ。あからさまに、我らを舐めきっている。
とはいえ、実際のところ、ギリギリの戦いだった。我が弱体化したのもあるが、確実にヤツは強くなっている。
筋力や敏捷性は間違いなく我よりも上だ。死を意識する瞬間は幾度もあった。生き延びられたのは、ミスルとメイベルによる呪いポーションの投擲、あとは再生のリンゴによる治癒効果のおかげだ。欠損治療が主な効能だが、その範疇には傷の治癒も含まれる。
「くく……こんなことなら早く力を得ていれば良かったな」
「油断するなよ、グレド。明らかに誘い込む動きだ」
「それがどうした? 死神は弱体化している。俺がその程度で負けることなど、万に一つもありえん。いざとなれば、命の器もあるだろうが」
「……力に酔ったか。度し難いな。この宿主は駄目か」
「ああん? 黙ってろよ。俺がいなけりゃ、こっちに顔を出せないんだろうが」
「ふん。勝手にするがよい」
ゲルガーが苦言を呈するが、グレドは聞き入れない。やはり、関係はよくないらしいな。
さて、気になるのは“命の器”という言葉。察するに、死を免れる何らかのカラクリだろうな。我が真っ二つにしてやったというのに生き延びていることと符号する。
少々厄介な能力だが……まあ、たいした問題ではあるまい。
「ミスル、メイベル、クーリア。我慢の時間は終わりだ。ここからは遠慮なく行くぞ!」
「もちろんよ!」
「待ってました!」
「さて、腕がなるねぇ」
我の号令で、各々がニヤリと笑う。この物騒さは如何なものか。まぁ、今は我もその一人なのだが。
「くくく……俺に勝てるつもりか? 言っておくが、これまでも手加減してやったんだぞ?」
まぁ、実際そのような面もあっただろう。ゲルガーとやらも言っていたが、グレドのヤツは力に酔っている節がある。そのせいか、獲物を
しかし、それはこちらも同じだ。
「召喚――ブレイブエレメント!」
我が呼び出したのは、靄のような幻想体。その名もブレイブエレメントである。我に続き、他の三人も同じ幻想体を呼び出した。
幻想体召喚はこの世界本来の術とは異なる、いわばリビカ流召喚術。それを何故三人が扱えるかといえば、もちろん師弟伝授を利用したからだ。幻想体ごとに伝授する必要があったので、全てではないが、役立ちそうな幻想体は伝授してある。
「召喚だと? どんな魔物か知らんが、そんなもので俺をどうにかできると思っっているのか?」
余裕ありげな顔でグレドが笑う。ブレイブエレメントを魔物だと思っている時点で、常識に囚われているな。幻想体はそこらの魔物とは一味違うぞ。
「ブレイブエレメント、憑依強化だ」
「オォォ」
指示に従い、ブレイブエレメントが我に重なるようにして消える。と、同時に、我の身体に力が宿った。
憑依強化はその名の通り、ブレイブエレメントを身体に宿して能力を強化する技。今の我らは、ゲルガーを宿したグレドと似たような状態にあると言える。
ただひとつ違いがあるとすれば、ブレイブエレメントは我がかつての理に準拠して設計した幻想体だということだ。
「さて、準備はいいか? 早いもの勝ちだぞ?」
「わかってます!」
「了解よ!」
「私はソイツに恨みはないけど……まぁ、これは予行演習ってところかね」
少し控えめなことを言っているが、クーリアの口の端は吊り上げ、好戦的な笑みを浮かべている。誰がどう見ても殺る気充分といった顔つきだ。メイベル、ミスルは言うまでもない。
「強化だと? ちょっとやそっとの強化など――――」
「たぁ!!」
呑気なことを言っている間に、グレドの体が上下に分かれた。
うむ、メイベルに先を越されたか。
「やった……! やったよ! え?」
喜ぶメイベル前で死体が掻き消える。少し離れた場所に傷ひとつない姿でグレドが現れた。
「な、なん、だ……? 何が起きた?」
「殺されたのだ。器が1つ失われた」
戸惑うグレドに、ゲルガーが事情を伝える。それでも、グレドは受け入れられないようだ。
「な、何故? 死神ならともかく、何故、小娘が?」
「わからん……なんだ、あの力は……」
混乱しておるな。まぁ、たいしたカラクリではない。簡単に言えば、理が違う。それで説明がつく。
ブレイブエレメントは我のかつての理に準拠して作られた幻想体。能力値もそちらに合わせてあるのだ。当然、この世界においては桁違いの能力になる。
これは他の幻想体も同じだ。グレドを殺すだけなら、直接的な戦闘力のある幻想体を召喚するという手もあった。だが、メイベルは自分の手でヤツを殺したいだろうからな。憑依強化のできるブレイブエレメントを召喚すると決めていたのだ。
「隙ありよ!」
と言っている間に、ミスルがグレドの首を刈った。血を噴き出して倒れるグレドの体。さきほどのように掻き消えて、少し離れた場所に現れた。
「もう! また生き返ったわ!」
「くっ……どうなってるの!」
「やれやれ、団長も非常識だけど、あっちもなかなかだね」
ミスルがぴょんぴょん跳んで苛立ちをあらわにし、メイベルは悔しげに吐き捨てた。クーリアは油断なく構えている。
「ふ……ふふ、ふふふ! そうだ! 貴様らがいくら強くても、俺には勝てんぞ! 俺は何度でも生き返る。負けるのは貴様たちだ!」
動揺していたグレドが、こちらの態度を見て強気になった。無限に復活するならば、たしかに厄介だ。だが、それはあるまい。
「皆、気にする必要はない。何度も殺せば、そのうち死ぬ。永遠に復活することなどありえない」
「つ、強がりを言うな! ここで、貴様たちは俺に殺される運命だ!」
「強がっているのは、お前だろう? まぁ、試してみればわかることだ」
「く……なんなんだ! なんなんだよ、貴様は!」
我が断言すると、グレドは目に見えて動揺した。やはり図星か。
明確な根拠があったわけではない。だが、我にとっては明らかなことだ。神ですら、そんなことは不可能なのだからな。
「というわけで、早いもの勝ちではなく、運試しだ。誰がトドメをさせるかな?」
我が言うと、メイベルらの顔つきが変わった。やれやれ、みな負けず嫌いだな。無論、我とて負けるつもりはないがな。