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第34話 幻魔の力

 現場は血みどろだった。目に入るだけで、数人が血の海に沈んでいる。この場だけでこれほどの犠牲者がいるとは。迷宮入口ではどれほどの死者が出たことか。


 多くの者は逃げ出したようだが、数人の冒険者がグレドに挑みかかっている。実力的には少なくとも中級以上だろう。それでもグレドの相手は厳しいらしく、劣勢に立たされている。


「なんだ、あれは?」


 我が気になったのはグレドの背後に立つ人影。立つと言っても、地に足をつけているわけではない。宙に浮いた状態で右斜後ろあたりにピッタリとついているのだ。ヤツが動けば、それに追随して人影も動く。大まかな造形こそ人に近いが、灰色のボディや額の左右に生えた角から言って、人ならざる者であるのは間違いない。


「ま、まさか幽霊じゃないでしょうね!?」


 ミスルが悲鳴を上げた。


 幽霊。ゴースト系の魔物に共通する特徴を持つと言われる存在だ。しかし、その実態は謎……というより、実在するかどうかも不明だ。


 正体不明の捉えどころのない存在。そういう意味ではグレドの背後に立つ灰色とは共通しているが……


「グレドは多くの者に恨みを買っていそうだ。アレが幽霊ならヤツの味方はすまい」

「そ、そうよね! わかってたわよ、最初から! なんなら、アイツの首も刈ってやるわよ!」


 幽霊じゃないとなると、急に強気になったな。


「グレド……!」


 メイベルは険しい表情で前方を睨みつけている。だが、先ほどと違い急に走り出すようなことはない。我の指示には従うだろう。


「正面には我が立つ。メイベル、ミスルは予定通りに動け」

「わかりました」

「了解よ」


 あの幽霊もどきがグレドの用意して切り札か? どれほどの強さなのか。見たところ、グレド自身は以前とさほど変わらないように見えるが。


「グレドよ。あれがお前の排除すべき存在ではないか?」

「何!? おお、そうだな! くくく……来たな、死神!」


 真っ直ぐ近づく我に気づいたのは灰色の幽霊もどき。そいつの警告で、我に気づいたグレドがニタリと嗤う。圧倒的な実力差で殺してやったといえのに、我に対する恐れはないようだ。


「仕事を仕損じたようなのでな。舞い戻ってきた」

「くく……くく……以前のようには行かんぞ? 俺は……俺は力を手に入れた」

「力、ねぇ。愉快な仲間はできたようだが……そこの幽霊もどきがお前の切り札か?」

「幽霊もどき……? はははは! ゲルガーか! コイツは悪魔だ!」

「幻魔だと言っておるだろうが、失礼な……」


 メイベルらの準備ができるまでに少しでも情報を引き出せたらと思ったのだが、意外と簡単に乗ってきたな。


 しかし、幻魔か。初めて聞く言葉だな。悪魔ならば、知っているが、御伽噺ほ範疇でしかない。


 いずれにせよ、まともな存在ではあるまい。血に酔ったグレドの姿。あのゲルガーという幻魔が唆した結果だとすれば、コイツこそがこの惨状を引き起こした元凶だと言える。


「のんびりしゃべってる場合ではないぞ、グレドよ。今がチャンスではないか? 死神から妙な威圧感が消えている」

「くく……そうだな。貴様、弱くなったか?」


 さすがに気づかれたか。しかし、どこまでとはわかるまい。


「何の話だ?」


 言いながら剣を構えた。グレドの顔には好戦的な笑みが浮かんでいる。いつ襲いかかってきてもおかしくはない。


 我らのほかに人影はなし。直前まで戦っていた冒険者らはどうにか逃れたらしい。


 グレド討伐に上級冒険者が駆けつけてくるということも今のところない。連絡がつかないのか、それとも戦力を集中させてぶつけるつもりか。いずれにせよ、我らの手でグレドを討ち取るには都合の良い状況である。


 おっと、配置が完了したようだな。


「グレド……覚悟ぉぉ!」


 グレドを背後から襲うのはメイベルだ。腰元に剣を構え、刺突を狙う。


「小娘……! 貴様も生きていたか!」


 メイベルを迎え撃つべく、クレドが振り向いた。同時に我も走り出す。狙いは前後からの挟み打ち……ではなく


「馬鹿者、ソイツらは囮だ!」

「もう遅いわ!」

「なっ!?」


 我らが注意を引いている間に忍び寄っていたミスルが、クレドの影に短剣を突き刺した。迷宮で手に入れた影縛りのダガーだ。


 それを見た我も腰のベルトに据え付けたポーションケースから小瓶を引き抜く。黒く淀んだ色合いの液体は呪いのポーション。それを身動きの取れないグレドに投げつける。向かい側では、メイベルが同じように呪いポーションを投げた。効果が発揮されたなら、ランダムなマイナス効果を2つ付くはずだが。


「ぐ……ぐぐ……」

「効いてるみたいよ!」

「これなら……殺せる!」


 どれほどの効果があるか不安だったが、意外にもグレドは身動きが取れないようだ。影縛りのダガーは格上相手にも有効らしい。


 呪いのポーションのほうは見ただけではよくわからんが、苦しげな表情から判断すれば何かしらの効果はあったように思える。


 このまま畳み掛ければ終わるのではないか? アイテムの力だけなら隠す必要もない。クーリアには悪いが、ここで仕留めてしまっても構わんだろう。


 だが……


「まったく、何をやっておる」


 ゲルガーとやらが軽く手を振ると、つんのめるようにグレドが動き出した。影縛りのダガーは……砕けておるな。


「油断しすぎだ。力を得てもそれでは困るぞ」

「く、くそっ! 貴様らっ! くそっ! くそっ!」

「……ふぅ。宿主に恵まれんな……」


 グレドとゲルガー。仲良しこよしというわけではないようだ。が、我らを共通の敵と見ているのは間違いあるまい。反目させるのは難しいか。


「殺す……殺す!」

「っく……!」


 悪態をついていたクレドが突然飛びかかってきた。情緒が不安定だな。だが、その動きは素早い。


「リビカ!」

「師匠!」


 どうにか剣で受けたが、思ったよりも速いな。我の見ているヤツの能力値は以前と変わらず……ということはゲルガーとやらが力を引き出しているのか?


 だが、対応できないほどではないな。


「我は大丈夫だ! 作戦通りに動け!」


 メイベル、ミスルに指示を出す。さて、どうにか第三迷宮までおびき寄せなくては。そこなら、思いっきり殺してやれるぞ。

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